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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

友軍のドローンが友好国を襲う バルト3国で起きた「現代の飛び火」

 「空襲警報!直ちにシェルターまたは安全な場所に移動してください!」

 5月20日、リトアニアの首都ビリニュスで、市民の携帯電話にこんな緊急メッセージが一斉配信された。人々は地下室や指定シェルターへと急ぎ、ビリニュス国際空港は運航停止。鉄道も止まった。ナウセーダ大統領や閣僚、国会議員らも避難を余儀なくされた。

 ロシアの攻撃か。そう思った市民も多かっただろう。

 しかし、領空に侵入したのは「ウクライナのものとみられるドローン」だった。

 ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まった2022年以来、EU・NATO加盟国で一般市民を含む全国民に避難命令が出たのは、これが初めてだ。

 ビリニュスで避難したカメラマンのアンドレイ・ワシレンコ氏はAFP通信にこう語っている。「不思議な感覚でしたが、同時に、ウクライナでは多くの人がこの4年間ずっとこんな生活を送ってきたんだと思いました」。

 ウクライナのドローン産業は2022年以降急成長し、年間生産台数は推計450万機(2025年)に上り、北大西洋条約機構k(NATO)全体をも上回るとされる。黒海ではロシア艦隊の3分の1を戦力外に追い込み、長距離自律攻撃でロシア深部のエネルギーインフラを繰り返し破壊してきた。その技術は今や輸出産業へと発展し、欧米・中東・アジアが競って獲得に動いている。

 しかしその「世界最強」と称される技術が今、ウクライナを最も支持してきた友好国の領空で、予期せぬ問題を引き起こしている。


バルト3国で不審なドローン飛行

 リトアニアの首都で緊急避難令が出る前日の19日、エストニア上空でNATO任務中のルーマニア軍F-16が、ウクライナ起源とみられるドローンを撃墜した。残骸は住宅地近くの森林に落下し、住民は「空からドローンが落ちてきた」と証言している。

 さらに21日にも、リトアニアとラトビアでドローン飛来警報が出され、NATO戦闘機が再びスクランブル発進した。ビリニュスでの事案を含めると、2週間で4度目の侵入となる。

 ラトビアでは政治危機にまで発展した。3月以降、ドローン飛来が相次ぎ、5月には燃料施設への墜落事故も発生。防空体制への批判から国防相が辞任に追い込まれ、連立政権が崩壊。シリナ首相も辞任を表明した。

 エストニア、ラトビア、リトアニアは、対ロシア強硬派として知られ、武器支援や対露制裁でも積極姿勢を取り続けてきた。敵国への誤爆ではなく、友好国への飛び火ともいえる現象が発生している。

 

ウクライナ製とは限らないが

 ただし、一連のドローンがすべてウクライナ製なのかどうかは確定しているわけではない。

 3月のエストニア・アウヴェレ発電所への命中については、残骸がウクライナ製であることが確認されている。

 ラトビアでは、3月の南東部クラースラヴァ地区(ベラルーシ国境に近い)での墜落は「ウクライナのものとみられる」と当局が発表している。一方、5月の燃料貯蔵施設への墜落・爆発については発射元も製造国も「未確認」として調査中だ。ロシアが拿捕したウクライナのドローンを挑発として使用した可能性も排除していない。


なぜ友好国の領空に迷い込むのか

 現在、最も有力視されているのがロシアによる電子戦(EW)の影響だ。

 ウクライナは近年、ロシア西部やバルト海沿岸の石油・エネルギー施設への長距離ドローン攻撃を強化している。長距離ドローンは数百〜1000キロ単位を飛行するため、第三国周辺の空域近くを飛ばざるを得ない。その途中でロシア側の電子妨害を受けるとみられている。

 手法は主に二種類だ。一つは「ジャミング」で、GPSや通信を妨害しドローンを制御不能にする。もう一つは「スプーフィング」で、偽のGPS信号を送り込みドローン自身に「正しい方向へ飛んでいる」と誤認させる。ドローンは正常飛行しているつもりのまま、徐々に別方向へ誘導される。電子妨害でコースを外れたドローンは通常より迎撃がはるかに困難で、民間人への危険も大きいとドローン専門家や安全保障当局者は指摘している。

 現時点では、ロシアが意図的にドローンをNATO諸国に誘導しているのか、それともロシア領土上の主要インフラを守るための電子戦の副産物にすぎないのかは不明だ。

 欧米当局はこれまでのところ飛来・激突を「事故」として説明している。一部専門家は「単純な制御喪失や航法エラーの可能性もある」と指摘しており、最大1000キロに及ぶ長距離飛行が軽微な航法上の誤差を増幅させた可能性もある。

 ウクライナのシビハ外相はSNSで、「ロシアの電子戦が意図的にロシア国内の標的からドローンを迂回させた」という調査結果を受けてラトビアへ謝罪したと述べている。ただしこれはウクライナ側の主張であり、第三者機関による独立した検証はまだ行われていない。

 バルト3国はロシアがこの状況を利用し、ウクライナの最も強力な支持国での混乱をあおっていると主張している。


歴史が繰り返す「制御の失敗」

 放った後、制御を失う兵器は過去にも問題を引き起こしてきた。

 第一次世界大戦では、ドイツ軍が塩素ガスを戦場で初めて大規模使用した。風上からガスを放出し、敵の塹壕へ流し込む戦術だったが、風向きが変わるとガスは自軍側へ流れ戻り、兵士たちを苦しめた。この経験は後に、1925年のジュネーブ議定書による化学兵器規制へとつながった。

 1991年の湾岸戦争でも、多国籍軍の死者の約4分の1が「同士討ち」によるものだったとされる。夜間、砂嵐、複雑な戦場環境の中で、高性能兵器を持っていても人間の認識は誤りを犯した。

 今回の一連の飛来については、AIが「似た形の施設」を誤認して攻撃した可能性も一部で指摘されている。


AI兵器の構造問題

 バルト3国の例が示したのは、AI兵器・自律兵器の時代には、戦争当事国以外も巻き込まれうるという現実だ。

 高度なAIや自律航法を搭載していても、電子戦環境では位置情報を失い、通信を遮断される。通信途絶後に自律飛行へ移行したAIが、類似したインフラ施設を誤認するリスクもあると言われている。

 法的にはどうなのか。

 安全保障の専門メディア「ジャスト・セキュリティ」に寄稿したマイケル・シュミット教授(英レディング大学国際法)らは、ドローンがAIで自律飛行していた場合、責任の所在が曖昧になるという。操縦者か、開発者か、使用を決めた国家か、現在の国際法はその答えを持っていない。

 今月21日、バルト3国の大統領は共同声明を発表し、NATOに対してパトロール中心の現行体制から、ミサイル防衛を含む本格的な防空体制への強化を求めた。

 26日、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長と欧州防衛担当のクビリウス委員はリトアニアを訪問し、バルト3国の首脳らとドローン問題について会談する予定だ。欧州委員会は今年2月、対ドローン安全保障強化の行動計画を発表していたが、主に民間向けの計画であり、軍事用ドローンへの対処という点では限界があると指摘されている。

 ドローン・電子戦・自律型兵器が飛び交う時代、戦争の影響は国境線の内側だけに留まらなくなっている。

 「戦争は空から降ってくる」。バルト3国で続いた一連の飛来事件は、その現実を示していた。


by polimediauk | 2026-05-30 21:44 | 政治とメディア