強権的な統治はメディアをどう壊したのかーハンガリー、ポーランド、スロバキアの証言
近年の欧州で問題となってきたのが、民主主義の選挙制度を維持しながら、報道の自由や司法の独立といった制度的な均衡を徐々に弱めていく統治のあり方だ。
2014年、ハンガリーのオルバン首相(当時)がこの方向性を「自由主義的(リベラル)」な価値観を制限する「非自由主義的な国家」として言語化し、この概念は広く知られるようになった。
こうした統治のもとでは、メディア環境そのものが政権の意向に沿う形へと再編されていく。この体制から政権交代によって抜け出せたとき、メディアは再生できるのだろうか。
5月13日、ハンガリー、ポーランド、スロバキアの中欧3カ国の現状について開催されたオンライン・セミナー「急激な政治変動の時代におけるメディアの役割」を紹介したい(主催はジャーナリズム教育機関「fjum」とプレスクラブ・コンコルディア)。
なぜハンガリー、ポーランド、スロバキアか
この3つの国は近年、いずれも「メディアと政治権力の関係」が大きく揺らいだ経験を持つ。
ハンガリーとポーランドは、権力集中型の統治が一度終わり、政権交代によって制度の再設計が始まった国である。一方スロバキアは、かつて一定の制度的独立性が保たれていたが、再びポピュリスト政権が復帰し、統制強化の方向に舵が切られている。
それぞれ異なる軌道にありながら、「壊されたメディア制度をどうするか」、「政治から距離を取る制度をどう再構築するか」という共通の課題を抱えている。
登壇者と問題設定
登壇者は以下の4名である。
ポーランド通信社(PAP)副編集長ズザンナ・ドンブロフスカ氏
ハンガリー・エトヴェシュ・ロラーンド大学教授ガーボル・ポヤーク氏
ハンガリー独立系メディア企業セントラル・メディア・グループ副CEOローベルト・ヴァーギ氏
スロバキア日刊紙「デンニークN」記者フィリプ・シュトゥルハーリク氏
司会のミリャナ・トミッチ氏は冒頭、こう問いかけた。
「外から見ると、正しい人物が権力の座に就けばすべてうまくいくように思える。実態はどうか」。
ハンガリー「政治的圧力より、経済的圧力」
ハンガリーでは、16年間にわたりオルバン政権のもとでメディア環境の劣化が進行してきた。今年4月の総選挙で政権交代が起こり、親EU・中道右派的なペーテル・マジャル氏率いるティサ党が勝利したことで、制度の再設計が始まった段階にある。
オルバン政権下のハンガリーで、独立系メディアはどのような状況に置かれていたのか。

約30の媒体を運営するセントラル・メディア・グループのローベルト・ヴァーギ副CEOは、「政治的に敏感なテーマを避ければ生き残れる」という見方を否定する。
「私たちのグループで国内政治を扱っているのは、約30媒体のうちわずか1媒体、それも一部にすぎない。それでも『敵』と見なされた」。
政権が目指していたのは個別の沈黙ではなく、情報空間そのものの再編だった。そのため圧力は直接的な政治介入ではなく、経済構造を通じて作用した。
象徴的なのが国家広告の配分だ。セントラル・メディア・グループは政府広告から排除され、広告市場そのものが公的資金によって大きく歪められた。
「ピーク時には、国内広告支出のほぼ半分が何らかの形で政府関連資金だった」(ヴァーギ氏)。
広告は報道機関への支援ではなく、特定のメディア空間を維持するための方法として使われた。
さらに2014年には広告税が導入され、最大税率は売上の50%に達した。制度は後に欧州連合(EU)の介入で停止されたが、政策リスクそのものは残り続けた。
結果として投資環境は悪化し、独立した経営判断は困難になった。取材アクセスや情報公開にも影響が及び、制度全体が徐々に硬直していった。
それでも同グループが生き残った理由は、市場競争の中で独立性を維持し続けたことにあるという。一方で政府周辺のメディアは公的資金への依存を強め、競争力を失っていった。
「千の切り傷による死」――ポーランド
ポーランドは、右派「法と正義(PiS)」による8年間の統治を経て、2023年にドナルド・トゥスク氏率いる中道連立政権が復帰した。公共メディアの再民主化が期待されたが、大統領とのねじれや制度的制約により改革は限定的で、公共メディアは依然として「清算過程」にある。
それでは、法と正義(PiS)政権時代はどうだったのか。
2015年、同党が政権を発足させると、間もなくして公共メディアへの統制が段階的に強化された。
政権は、従来の監督機関「全国放送評議会」では人事を十分に掌握できないと判断し、2016年に「国家メディア評議会」という新組織を設立した。その役割はほぼ一つ、公共メディアの経営陣を任命することだった。
「任命過程は形式上は透明だった。しかし実質的には完全に政治化されていた」とポーランド通信社(PAP)副編集長ズザンナ・ドンブロフスカ氏は語る。
報道内容にも変化が生じ、特定の事件では政治的文脈や人物情報が過度に強調される傾向が見られるようになった。

ドンブロフスカ氏自身もその変化の当事者である。出演機会は徐々に削減され、最終的にはゼロとなった。解雇ではなく、「自発的退職」を促す形で人材が排除されていったという。
「君を傷つけたくない。だから静かに去ってほしい」と編集長は述べたという。
こうした内部圧力の積み重ねは、ジャーナリストの間で「千の切り傷による死」と呼ばれるようになった。
ハンガリーが市場構造を通じてメディア環境を再編したのに対し、ポーランドでは制度内部の操作によって同様の効果が生じていた。
帰結――分極化と「情報空間の分離」
ハンガリーとポーランドの両国に共通していたのは、独立メディアの弱体化と、情報空間の分断だった。
独立系メディアの取材力や発信力が削られる一方、政権寄りのメディアが情報空間で優位に立つことで、人々が接する情報が政治的立場によって分かれていく。

トヴェシュ・ロラーンド大学のガーボル・ポヤーク教授はこう説明する。「ハンガリー社会のおよそ半分は、オルバン政権寄りのメディアが伝える情報だけを信じている。残りの半分は、その外側にあるメディア空間で語られることだけを信じている」
「それぞれの『バブル』の内側では、人々は自分が属する情報空間のメディアをそれなりに信頼している。しかし本来、私たちは一つの社会に生きているはずだ。ところが現実には、互いを理解することができず、相手が見ている世界に対してほとんど信頼を寄せられなくなっている」。
人々は異なるメディア環境の中で、それぞれ別の現実を生きるようになったという。 「社会が二つの情報空間に分かれている。それぞれが自分のメディアだけを信頼し、相手の現実を理解できなくなっている」( ポヤーク氏)。
スロバキア――「逆流」としてのメディア再編
そして現在のスロバキアでは、さらに踏み込んだ事態が進んでいる。

スロバキアでは2023年の総選挙で、ロベルト・フィツォ氏率いる左派ポピュリスト政党SMERが政権に復帰した。これにより、公共放送やメディア制度の再編が一気に進められることになった。
主要メディアの多くが親西側・自由主義的な立場を取ってきた一方で、社会の一部にはそれに対する不信感も根強く存在していた。その空白を埋める形で、偽情報サイトや「オルタナティブメディア」と呼ばれる媒体が影響力を強めていったとされる。
スロバキアの日刊紙「デンニークN」記者フィリプ・シュトゥルハーリク氏は、現状をこのように説明した。
「国家資金が偽情報系メディアや政権寄りのメディアに流れている。彼らが選挙でフィツォの勝利に貢献したことへの『見返り』として、政府広告や公的資金が配分されている」。
こうした構図の中で、制度面でも大きな転換が起きている。
2024年には、従来比較的独立性が保たれていた公共放送RTVSが解体され、新たにSTVRが設立された。この新組織は、政権に近い人物による任命によって運営構造が組み替えられ、公共放送の独立性は大きく後退したと指摘されている。
さらにメディア規制機関についても、議会による任命プロセスを通じて構成されているが、近年は与党連合による人事の影響力が強まり、結果として規制機関の中立性にも懸念が生じている。
国家広告の分配については、特定の透明な制度は整備されておらず、配分の全体像を把握できる仕組みも存在しない。その結果、政府に批判的とみなされたメディアは広告収入から排除される一方で、政権寄りのメディアや偽情報サイトに公的資金が流れるケースも指摘されている。
一方でメディア市場そのものも、オリガルヒ系企業による寡占的な構造が進んでいる。新聞市場の主要プレーヤーが少数企業に集中することで、多元性の低下が懸念されている。
こうした状況を踏まえれば、スロバキアでは単なる「政治的圧力」ではなく、公共放送の再編と資金配分の構造を通じて、情報空間そのものが組み替えられつつあるといえる。
政権交代の後に残るもの
3カ国の経験は対照的だ。ハンガリーは市場構造を通じたメディア空間の再編、
ポーランドは制度内部からの漸進的な侵食、そしてスロバキアは制度そのものの再政治化である。
しかし共通しているのは、政権交代そのものが自動的な修復を意味しないという点だ。
分断された社会と、信頼を失ったメディアは、元に戻れるのか。セミナーの後半で問われたのは、まさにその点だった。




