英国の「北の帝王」バーナム氏、熱いハートで有権者を魅了 目指すは首相の座
「北の帝王(King of the North)」の異名を持つアンディ・バーナム氏が、6月18日、英北西部メイカーフィールド選挙区の下院補欠選挙で圧勝し、英国の政局の中心に再浮上した。
同氏は2017年からグレーター・マンチェスター市長として高い支持を維持してきたが、今回の勝利で国政復帰を果たした。将来的な与党・労働党党首選への出馬資格も得た形だ。
労働党規則では党首選には81人の下院議員の支持が必要で、現職のスターマー首相は自動的に候補となる。一定の議員支持が集まれば、事実上「首相への信任投票」となる。
補選は「異例の経緯」で成立
今回の補選は、現職ジョシュ・サイモンズ議員がバーナム氏のために辞職するという異例の形で実施された。
バーナム氏は今年1月にも、マンチェスター近郊のゴートン&デントン選挙区の補選への出馬を申請したが、労働党の最高意思決定機関「全国執行委員会(NEC)」の幹部会が却下。スターマー首相も却下に賛成した。
NECは、グレーター・マンチェスター市長辞職に伴う新たな市長選の実施や、5月の地方選を前にした党資源の集中を理由に、出馬申請を却下したという。スターマー氏の有力ライバルとみなされるバーナム氏に対する申請却下は「挑戦者封じだ」との指摘もあり、党内外で「民主主義の否定」との批判が噴出した。
2月、この補選で勝利したのは緑の党で、労働党は議席を失うことになった。
潮目が変わったのは5月の地方選だった。労働党は各地で大敗し、右派ポピュリスト政党「リフォームUK」が躍進した。党内でスターマー降ろしの機運が高まる中、NECはバーナム氏の出馬を認めた。
今回の補選の舞台となったメイカーフィールド選挙区は長年労働党の地盤だったが、地方選ではここでもリフォームUKが急伸していた。労働党の支持基盤が揺らぐ中で行われた選挙は、事実上、労働党とリフォームUKの一騎打ちの構図となった。
結果は、バーナム氏の約9000票差での圧勝となった。
英国の選挙分析を専門とする政治学者ジョン・カーティス教授は、通常の補欠選挙では政権与党が議席を減らす傾向にあるにもかかわらず、バーナム氏は労働党の得票率を前回比でほぼ10ポイント押し上げたと指摘している。
アンディ・バーナム氏とは
バーナム氏は1970年、イングランド北部マージーサイド、エイントリー生まれ。父はBT(英国の電話会社)のエンジニア、母は診療所の受付係で、リバプールとマンチェスターの間にあるチェシャー州カルチェスという閑静な通勤圏の村で育った。15歳で労働党に入党する。
地元のカトリック系総合制中等学校に通い、一家で初めて大学に進学した3人兄弟の一人として、ケンブリッジ大学で英文学を学んだ。大学で知り合った女性と結婚する。私立学校出身者が多いケンブリッジでは「自分は場違いな存在だ」という感覚に苦しんだと、本人は後に振り返っている。
政治家への道
卒業後はジャーナリズムの世界を経て、労働党政権下で閣僚を歴任した経験を持つ。2001年に下院議員に初当選し、保健相や文化相などを歴任した。
2010年と2015年の党首選では2度とも敗北したが、2017年に新設されたグレーター・マンチェスター市長選に転身して当選。以降3期連続で再選を重ねてきた。任期終了は28年5月までのはずだった。
市長としての代表的な政策は、公共交通の再公営化と統合ネットワーク「ビー・ネットワーク」の導入である。これにより、バス・鉄道・トラムを一体的に運営する仕組みを構築し、地方自治体主導の交通改革として注目を集めた。
2020年の新型コロナ対応をめぐっては、地域への追加支援を渋る保守党政権と公然と対立し、「ロンドンは北部を見捨てている」という有権者の不満を代弁する形で支持を広げた。この頃から「北の帝王」という異名で呼ばれるようになった。バーナム氏は行政能力の高い政治家というよりも、地域アイデンティティを体現する政治家として認識されている。
スターマー首相が抱える「物語の不在」
一方のスターマー首相の評価は複雑だ。検察トップという法曹エリート出身で、党内左派が主導権を握っていた労働党を立て直し、2024年の総選挙で労働党を政権に復帰させた功績を持つ。労働党は411議席を獲得したが、これは過半数326議席を大きく上回った。「大勝」だった。
一方で得票率はわずか33.7%程度にとどまり、戦後としては極めて低い水準とされる。つまり「議席は歴史的圧勝、しかし得票率は低調」という、ねじれた勝ち方だった。
しかし政権発足から2年がたつ中で繰り返し指摘されてきたのが、「この政権が何を実現しようとしているのか分かりにくい」という評価である。
英国では近年、単なる政策実行能力以上に「信頼できるか」「共感できるか」といった要素が重要視される傾向が強まっている。欧州連合からの離脱「ブレグジット」以降、その傾向は一層顕著になっている。
その中でスターマー首相は、保守党の混乱後に政権を担った「安定した管理者」としての評価は得たものの、支持層に強い感情的な結びつきを生み出すことには成功していない。政治的には「有能だが魅力に欠ける」という評価にとどまっている。
数々の失策
政権発足後は政策の一貫性を欠く場面が目立つ。
年金生活者向けの冬季燃料手当の大幅縮小、献金問題、福祉改革の大幅後退に加え、労働党の重鎮ピーター・マンデルソン氏の駐米大使起用を巡る混乱では側近辞任や更迭が相次いだ。さらに今月には国防相が辞任し、過去1カ月で6人目の閣僚辞任となった。
こうした状況は、政策論争ではなく「統治能力そのものへの疑念」を広げている。
バーナム氏が持つ「共感力」という武器
バーナム氏の政治スタイルは、専門的な政策論争よりも、有権者の感情や不満を言語化することに重きが置かれている。特にコロナ禍における中央政府批判では、「ロンドンが北部を見捨てている」という感情を代弁し、多くの支持を集めた。
この点は、右派ポピュリスト政党「リフォームUK」のナイジェル・ファラージ氏にも共通する要素である。政策内容の是非ではなく、「本音を語っているように見えるかどうか」が支持の基盤となっている。バーナム氏はファラージ氏とは政治的立場は正反対だが、政治的コミュニケーションの構造としては同種の強さを持っていると指摘される。
スターマー氏が制度運営重視の「管理型リーダー」とされるのに対し、バーナム氏は「共感型リーダー」と位置づけられる。
「北部アクセントの首相候補」という象徴性
英国政治では出身や発音も政治的意味を持つ。
首相は長らく南部出身が中心で、標準英語が権威と結びついてきた。
ハロルド・ウィルソン首相(在任1964〜70年、1974〜76年)は北部のアクセントを残したが、地域代表というより個人の特徴として扱われた。
その意味でバーナム氏は、単に出身地が北部というだけではなく、「北部の声そのものが首相候補として立ち上がっている」という点で、現代英国政治においてきわめて異例の存在となっている。
ヒルズバラ事件
バーナム氏の政治家としての評価を語る上で欠かせないのが、ヒルズバラ・スタジアム事故への向き合い方である。1989年、英北部シェフィールドで起きた群衆事故により、リバプールFCのサポーター96人(後に97人)が命を落とした。当初は観客側に原因があるかのような説明がなされ、遺族は長年にわたり「真実が覆い隠されている」と訴え続けてきた。
転機となったのは、2009年の追悼式だった。文化相として式典に出席したバーナム氏は、遺族やサポーターから「96人に正義を」と繰り返し訴えられ、激しい抗議を受け、深く突き動かされる経験となる。
その後バーナム氏は、地元議員らとともに未公開文書の開示を求める動きを主導した。これが2012年の独立委員会報告につながり、警察対応の不備と隠蔽が公式に認定された。さらに2016年には再審理で、全ての犠牲者について「不法に死亡させられた」との評決が確定する。
完全な司法的決着にはなお至っていないが、この過程は遺族の長年の訴えが制度として認められた象徴的な転換点となった。バーナム氏自身も後年、この問題を「政治家として最も重い責任を感じた仕事の一つ」と振り返っている。
これから、どうなる?
6月22日、スターマー首相は官邸前で会見を開き、労働党党首を辞任すると表明した。
党首選が行われるかどうかは未定だが、バーナム氏に対抗する候補が出てきそうにないため、同氏の首相就任はほぼ確実と見られている。
いま英国の有権者が求めているのは完璧な政策体系ではなく、政治が前に進んでいるという実感であり、バーナム氏に向けられた期待も「この人なら何かを変えてくれるかもしれない」という感覚に近い。「スターマー以外なら誰でもいい」という消極的な感情と、「変化を起こせる人物なら支持したい」という期待が重なり合う中で、その受け皿としてバーナム氏の人気は高まるばかりだ。
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生活者としての筆者の感想
ここまでは事実関係と分析を中心に書いてきたが、最後に一人の英国在住者としての感想を付け加えたい。
スターマー首相の空虚さは、英国外だとなかなか伝わらないのではないかと思うからだ。
「左に寄りすぎた」といわれたジェレミー・コービン党首の後継者となったスターマー氏は元検察トップであったということもあって、言葉にそつがない。外見も、特に首相になってから、さっそうとしている。2024年夏の政権発足時には、「これで落ち着いた、大人の政治が展開するだろう」という期待があった。
ところが、その言葉をたどればたどるほど、「いったい何を信条としているのか」が見えてこない。ほかのジャーナリストもそのように分析していることが分かると、「やっぱり」という思いがあった。
首相となるからには、「国をこうしたい」という自分なりの理想・信条・アイデアがあるはずだ。それがさっぱり、見えてこない。
そうこうしているうちに、次々と繰り出す政策がどうも「ずれている」。年金生活者向け光熱費支援金の中止が最初の大きな政策だったが、「労働党=大きな政府」だったはずで、「いったいどうしたの?」であった。特に「最初の大きな政策」として挙げるべきことなのだろうか。その後も次々と驚くような政策が出され、結局は大きな批判を受けて引っ込める、つまり、実質的に中止する事態が相次いだ。
最後の大きな衝撃が国防大臣の辞任だった。首相は「国防費を増大する」と言ってきたが、実際にはその増加額は十分とは言えないものだった。それに抗議して辞任したのである。
これは「国防にどれぐらいの予算が必要か」という問題「だけ」ではない。スターマー政権の根幹にかかわる重要なことを示している。つまり、スターマー首相は「これをやる」と宣言するのだが、行動が追いつかないのである。言っていることとやっていることが一致していない。
これはかなり致命的ではないだろうか。
一方、バーナム氏が首相となった時、どれほどの力量があるかはわからない。政治・経済では経験を積んでいるとしても、外交はどうなのか。ロシア・プーチン大統領やトランプ米大統領にどう対処していくのか。未知数だ。
ただ、ここが重要だと思うのだが、彼には「熱がある」。この国を「こうしたい」という思いがある。そこに筆者は希望をかけたい。ダメだったら・・・また変えればいいのだから。




