風刺画 デンマーク2
人の善意
(風刺画に端を発した、欧州とイスラム、あるいはそれ以外のコメントを、たくさんありがとうございました。ブログを書いている私が、バシーっと答えのようなことを言わない場合が多いので、物足りなく思っておられる方もいらっしゃるかもしれません。わざと書かないわけではなくて、バシーッと反論できるほど、考えがまとまっていないのです。答えが分からないので、探り当てようとしている毎日です。欧州に暮らしていて、イスラム教徒の人が周囲にたくさんいて、ぼうっとしているわけにはいかない現実があります。欧州メディアの主論調の中では、ムスリムの人の声は小さく、自分自身が、こういうことに関してどう考えるのか、自問自答の毎日です。例えば、欧州白人の友人なり知人なりが、「ムスリムってこうだから、xxxなんだよねえ」といったとき、これに同調するのか、「何か、違うんじゃないの?」といってみるのか、どうか。逆に、ムスリムの人が「xxxなんだよね」といったら、自分は「私もそう思うよ」というのか、言わないのか。今、全体の状況としては、欧州に限って言うと、反イスラムの雰囲気があります。イスラム教のこと、あるいはムスリムに関して、批判的なことを言っても、「許される」雰囲気があります。ムスリムは欧州民族の中の「少数民族マイノリティー」的な位置ですね。本当は宗教の問題でなく、単に「少数民族と過半数のグループの戦い」なのかもしれません。こういう状況に対して、自分自身はどうするのか、どう判断をして、行動をするのか?毎日が、試行錯誤。これが現実です。)
デンマークで、二日目となった。
デンマーク語が分からないままに、新聞を買う。いろいろな人に会い、話を聞き、これをそのまま、このブログを読んでいる方に、そっくりそのまま伝えることができないものか?と考える。
ドキュメンタリー・フィルムでも、文章のルポでも、なかなか、「そっくりそのまま」とはいかない。きっと、写真でも、「そのままの雰囲気」を伝えるには、かなりの編集・特定のアングルや瞬間が必要なのだろう。
(・・・と思っていたら、きっとNHKあたりがそろそろ番組を作っているのでは?と思う。英国でイスラム関係の取材をしていると、NHKの人によく会う・既にNHKに取材されていた人だったりするのである。)
今日取材した感触では、「いろいろあったが、結局のところ、デンマーク内でイスラム教徒や移民に対する議論が起きるよいきっかけになる」・・・「かも」しれない、ということ。一方、「デンマークはますます右化する」という見方もあったが。私は、デンマークだけを見た場合、楽観的な見方に傾いている。
1つ驚いたのは、これは他の欧州の国でも経験することだが、取材のアポをとるのが、恐ろしいぐらいにスピーディーに決まってしまう点だ。私はフリーのジャーナリストとして取材依頼をするわけだが、電話、でしかも、相手の携帯電話に突然電話するという、私(=日本人)からすると、ちょっとどきどきするというか、「失礼な!」というやり方でも、特に失礼だとは思われないようだ。恐らく、電話を受けた相手は、「日本」という部分と、「ジャーナリスト」という部分しか、聞き取れていないと思う。私の電話番号さえも聞かないところもあった。(実際、ホテルの電話番号しかないのだが。)いたずら電話だったらどうするのだろう?
日本だったら、こういう具合に行くだろうか?と、ふと考えてしまう。
とにかく、人の善意に救われている毎日だ。自分も状況が逆の場合、できる限り助けたい、と思った。(しかしまた逆に、ゴミのように扱われる場合も多々ある。他の仕事でも同じだろうが。)
明日は電車で片道3時間のところにでかける。デンマークの地理が良く分からなかったので、アポを取ってから後に、遠いところだということが分かったのだ。デンマークの人に言わせると、「そんなに遠くないよ」。
よく考えたら、デンマークはアンデルセンの国だった。(そこはまた、コペンハーゲンからは、私の感覚からすると、ちょっと遠いのだった。)アンデルセン博物館があるのだが、私が買ったガイドブックによると、「嘘っぽい説明が多い」そうだ。また、アンデルセンは自分の生まれた土地が嫌いだったので、大人になってからの生涯をデンマーク外で暮らした、と書いてあった。こんな説明があったら、誰もこの博物館に行きたくなくなるのではないだろうか???
PS
(今、日刊ベリタwww.nikkanberita.comで、「イスラム教徒がリベラルな社会で生きるには?」という記事が出ています。オランダの教授のインタビューですが、自分自身勉強になったインタビューでした。月ごとの購読料を払わないと全部読めないので恐縮ですが、ご興味のある方は・・・。最初の段落のみ、そのまま読めます。)
追記
アンデルセンは、「生涯国外で暮らした」というのは、大間違いでした!!失礼!生まれた町を出てから、生涯他の場所で暮らした」ということでした。(ガイドブック。)
あるデパートの中にある、アンデルセンがコペンハーゲンで1年暮らした部屋を残してある場所を見た。ジーンとしました・・・。