小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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「何故私があの風刺画を掲載したか」、ホロコースト


 デンマーク・ユランズ・ポステン紙の英語ウエブサイトに、19日付で、問題の風刺画掲載を決定した文化部長フレミング・ローズ氏の記事が載っている。「何故私があの風刺画を掲載したか」というタイトルの署名記事で、記事の最後にはメールアドレスが入っている。

 細かい点に関しては、原文を参照していただきたいが、以下は大体の訳である。ワシントンポストでも掲載された、と聞いた。

http://www.jp.dk/english_news/artikel:aid=3566642/

 
「何故私があの風刺画を掲載したか」
 ユランズ・ポステン文化部長、フレミング・ローズ

 「子供っぽい。無責任。ヘイト・スピーチ。挑発するための挑発行為。宣伝目的。デンマークの新聞ユランズポステン紙に掲載された預言者ムハンマドの12枚の風刺画の批判者たちは、言葉使いに容赦をしなかった。表現の自由とは人々の宗教に対する感情を侮辱して良いことではないし、メディア自身が毎日のように自己検閲をしているではないか、と。お願いだから、限度のない表現の自由に関してお説教をしないでくれ、と。

 出版の自由は何でも出版していいということではない、と、私も思う。ユランズ・ポステン紙はポルノ画像や死体のグラフィックな詳細を掲載しない。ののしりの文句が紙面に載ることは珍しい。

 私たちは、表現の自由を支持する原理主義者ではない。

 しかし、風刺画問題はやや違う。

 先に挙げた例は、倫理上や嗜好の点から抑制をかける、ということだ。つまり、編集の問題だ。これと対照的な動きとして、イスラム教関連の事柄に対して広まっている恐れや脅迫感が原因となっている、欧州でのいくつかの自己検閲の動きに対し、ユランズポステン紙の行動として、風刺画掲載を依頼した。今でも、穏健なイスラム教徒たちが声をあげるようにと呼びかけながら、私たち欧州人が向き合うべき問題だと思っている。不必要に挑発する意図はなかったし、イスラム教世界に暴力を含めたデモを引き起こす意図は全くなかった。私たちの目的は、単に、ますますきつくなっていくように思えた表現の自己抑制の限度を押し上げることだった。

 昨年9月末、あるデンマーク人のスタンドアップコメディアンが、ユランズ・ポステン紙のインタビューの中で、自分はカメラの前で聖書に排尿することに何の問題も感じないが、コーランに同じ事はできない、と述べた。

 これは、一連の自己検閲を代表する例だった。同年9月末、あるデンマーク人の児童作家が、預言者ムハンマドの生涯を描いた本のイラストを描く人を探すのに苦労した、と発言していた。ムハンマドの姿を描いた結果を恐れて、3人の画家がイラストを描くことを拒否したという。最後に仕事を引き受けた画家は匿名を希望した。これは私からすれば、自己検閲だ。ソマリア生まれのあるオランダの政治家がイスラム教に批判的な本を書いたとき、これを翻訳した複数の欧州人の翻訳家たちは、本の表紙に、この作家の名前の隣に自分たちの名前が出ることを拒絶したという。

 同じ頃、ロンドンでは、テート・ギャラリーが、前衛画家ジョン・レイサム氏が描いたイラストを展示しないことに決めた。コーランと聖書とタルムード(注:ユダヤの立法と注解の集大成本)がばらばらになっているイラストだった。ギャラリー側の説明では、7月のロンドンテロ以降、問題を起こしたくないから、ということだった。(この2-3ヶ月前、スエーデンのGoteborgにある美術館が、イスラム教徒を侮辱しないようにと、セクシャルなモチーフとコーランの一説が入っていた絵画の展示を取り下げた。)

 最後に、9月末、デンマークのラスムセン首相が、イマームのグループと会見したが、このとき、イマームたちは、イスラム教に関する肯定的な記事をもっと掲載するように政府がメディアに介入することを要望した。

 2週間で、イスラム教関連の問題に対決することへの恐怖感と言論の自由が戦いをし、自己検閲が起きた複数の具体例を目撃した。報道するべきまっとうなニュースだと思い、ユランズ・ポステンでは、よく知られているジャーナリズムの原則を使おう、と思った。それは、「語るのでなく、見せろ」、だった。デンマークの風刺画家の団体に手紙を書き、「ムハンマドを、自分が見たとおりに描いて欲しい」と言った。預言者を馬鹿にして欲しい、といったわけでは全くない。25人の風刺画家の中で、12人が承諾した。

 デンマークでは、王室や他の公的地位にいる人々を紙面で扱うときに、風刺の手法を使う伝統がある。この伝統が今回の風刺画にも反映された。風刺画家は、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教、そのほかの宗教を扱うときと同様の方法をイスラム教にも使ったのだ。

 風刺画は、いかなる意味でも、イスラム教徒を悪魔のように描いたり、ステレオタイプとして描いていない。実際、預言者の描き方はそれぞれの風刺画で異なっており、誰をターゲットにしたかもそれぞれ違う。ある風刺画はユランズポステンを笑っているし、保守的挑発者として文化部長を描いている。

 また、ある風刺画は画家を探せなかった児童作家が、本の宣伝費用が少ないので、この事実を公表した、としていた。ある風刺画は、反移民政策を提唱するデンマーク・ピープルズ・パーティーを犯罪容疑者として描いた。

 ある風刺画は、ターバンが爆弾になっている預言者を描いた。これが一番批判された。この風刺画に怒りを感じた人々は、預言者あるいは全てのイスラム教徒がテロリストであるかのように描かれている、と表明した。私は違うように受け取った。ある人々が、預言者の名前の下で、テロ行為を行っているために、イスラム教を人質として使っている、という状況を表している、と見たのだ。こうした人々が、イスラム教に悪名を与えたのだと思う。この風刺画は、アラジンの御伽噺を下敷きにしてあり、アラジンとオレンジがターバンの中に入って、アラジンがお金持ちになったというエピソードも示唆していたと思う。爆弾は外の世界から来ているのであり、預言者自身から来ているのではないことも示したと思った。

 かつて、ユランズ・ポステンは、キリストに関する風刺画を掲載することを拒否したことがある。しかし、これは2重基準があることを意味しない。実際、ターバンと爆弾の風刺画を描いた風刺画家は、十字架にはりつけになったキリストの風刺画を描いたことがある。キリストの目にはドル札が貼られていた。また、ダビデの星が爆弾にくっついている風刺画も描いた人物だ。それでも、こうした風刺画を掲載したときには、大使館が焼かれたり、殺人予告が出たりはしなかった。

 ユランズ・ポステン紙は、イスラム教を侮辱し、敬意の念を欠いただろうか?全くそういう意志はなかった。しかし、敬意とはどういう意味だろうか?モスクを訪れるとき、敬意を表して、私は靴を脱ぐ。教会や、シナゴーグ、あるいは他の同様の場所でそうするように、私は習慣に沿った行為をする。しかし、その宗教を信仰する人が、信仰をしていない私に対して、公的場所で、その人にとってのタブーを私も守るように要求するとしたら、その人は私の敬意を要求しているのでなく、服従を要求しているのだと思う。こうした態度は、政教分離の民主主義社会には合致しないと思う。

 これは、まさに、影響力が大きい「開かれた社会とその敵」で、哲学者カール・ポパー氏が主張したこと、つまり、人は、不寛容さに寛容であってはいけない、ということだと思う。表現の自由が基本的な権利になっている民主主義社会では、多くの宗教が共に平和的に存在している。サウジアラビアでは、十字架を身に着けていたり、スーツケースに聖書があることが分かっただけで逮捕される。一方で、政教分離のデンマークに住むイスラム教徒には自分たちのモスクがあり、学校、テレビやラジオ局を持っている。

 ユランズポステンに掲載された風刺画で、人々が侮辱を感じたことは認識している。ユランズポステンはこの点を謝罪した。しかし、侮辱するようなものも含めて掲載をする権利に関して謝罪することはできない。何らかの侮辱を起こす可能性があると心配し、呆然としていては、新聞を作ることはできない。私も、毎日のように、新聞に掲載されていることに侮辱を感じる。例えば、ウサマ・ビンラーディンのスピーチを書き取ったもの、アブグレーブ刑務所の写真、イスラエルが地球上から抹殺されるべきだと言う人々やホロコーストが起きなかったという人々の記事を読むときだ。しかし、だからといって、法律の限度内にあって、新聞の倫理コードに反しない限り、こうしたトピックの掲載を避けることはない。他のエディターは違う判断をするだろうし、これが多元主義の基本だと思う。

 元ソ連特派員だったので、侮辱という理由を使って検閲が行なわれる状況には敏感だ。全体主義が非常に良く使う手だ。いかなる批判も、議論への誘いも侮辱としてレッテルを貼れ、違反者を罰しろ。これが人権運動家たちや作家たち、つまりサカロフ、ブコフスキー、ソルジェニツイン、シャランスキー、パステルナクに起こったことだ。当時のソ連体制はこうした人々が反ソビエトのプロパガンダを行っている、としていた。イスラム教徒たちの一部が、デンマークの新聞に掲載された12の風刺画を反イスラム教的だ、としたように。

 冷戦の教訓は:全体主義の勢いに一度でも負けたら、次の要求が出てくる。西洋が冷戦に勝てたのは、私たちが基本的な価値観を守り、全体主義者の暴君に宥和策をとらなかったからだ。

 9月30日、風刺画が掲載されてから、デンマークや欧州の国々で、表現の自由、宗教の自由、移民や人々の信念に対する敬意について、建設的な議論が起きた。多くのデンマークに住むイスラム教徒たちが、タウン・ミーティング、読者欄への投稿、解説面、ラジオやテレビでの討論に参加した。こうした人々が、これほどまでに公的な対話に加わったことはなかった。反イスラム教徒の暴動は起きなかったし、デンマークを追われたイスラム教徒もいなかった。暴力行動を起こしたイスラム教徒もいなかった。中東に出かけ、デンマークのイスラム教徒の状況に関して間違った情報を出した過激派のイマームたちは社会から取り残された。もはやデンマークのイスラム教徒のコミュニティーを代表として発言することはできない。穏健なイスラム教徒たちが、こうしたグループに対して反対の声をあげる勇気を持ったからだ。

 今年1月、ユランズポステンは3ページに渡る特集で、穏健なイスラム教徒たちのインタビューを掲載した。紙面に登場した人たちは、イマームたちに自分たちの声を代弁されたくない、と述べた。近代的な政教分離の民主主義社会で生きることとイスラム教徒であることは一致すると述べていた。

 憲法を遵守する、穏健派のイスラム教徒たちのネットワークが立ち上げられ、反移民のピープルズ・パーティーは、過激なイスラム教徒と穏健なイスラム教徒とを区別するように、と党員に呼びかけた。つまり、シャリア法を広めようとするイスラム教徒と政教分離の法律を認めるイスラム教徒の違いだ。デンマークのイスラム教徒のイメージは変わった。そして、これは「彼ら」と「私たち」(注;彼らはとは非ムスリム、私たちはムスリムを通常さす)の議論ではなく、デンマークの民主主義にコミットしている人々と、コミットしない人々の間の議論なのだ。

 ユランズポステンは、イスラム教徒のタブーに挑戦するために、風刺画家に呼びかけて自己検閲の限度をテストすることを決定したが、現在のこうした議論は私たちが作りだそうと思っていた議論ではない。(自己検閲の限度をテストする、という)目的は果たされただろうか?答えはイエスとノーだ。表現の自由の猛烈な弁護は、感動を与えるほどのものだった。しかし、中東やアジア諸国での悲劇的なデモは私たちが期待したものではなかった。さらに、ユランズポステンは104の脅しを受け取り、10人が逮捕され、風刺画家たちは脅しを受けて身を隠すことになった。ユランズポステンの本社でも何度か爆弾が仕掛けれたと言う情報のために、避難する事態があった。これは、決して、自己検閲を解くような状況ではない。

 今回の風刺画問題は2つの異なる文脈の中にあると思う。1つは欧州で、もう1つは中東である。ソマリア生まれのオランダの政治家アヤーン・ヒルシ・アリ氏の言葉によれば、欧州に住むイスラム教徒の社会への融合は、風刺画のために300年早まったと言う。多分、(18世紀の)欧州の啓発運動でのような戦いをする必要はないのだろう。中東での文脈は、もっと複雑だが、これは風刺画との関連性はほとんどないようだ。

 (メモとして訳したものなので、正確には原文をご参照ください。)

ーーアラブ紙に謝罪広告―一体誰が?

 翻訳をしているうちにまた別のニュースが配信されたが、アラブ系メディアAsharq Al Awsatとzamanというところのレポートによると、19日付の中東の新聞のいくつかに、アラビア語でユランズポステン紙の謝罪広告が掲載されたそうである。しかし、ユランズポステンが出した広告ではない。このレポートが出た時点では、広告主は正確には不明だった。

http://www.zaman.com/?bl=international&alt=&hn=29973
http://aawsat.com/english/news.asp?section=1&id=3854

 ユランズポステンの謝罪は、既にウエブサイトでなされており、現在でも読めるようになっているそうで、デンマーク外務省が確認したところでは、ユランズポステンのサイト上の謝罪文と広告内での謝罪文は同じものだった。

 副編集長のJorgen Mikkelsen氏がAsharq al Awsat紙に語ったところによると、ユランズポステンでは広告を出していなし、広告費も払っていない。しかし、デンマークの経済界が広告費を出しているのではないか、としている。ウエブの文章が他の新聞の広告面に出たことに関して、ユランズポステンの副編集長は怒っておらず、法的手段に訴えることも考えていない。「むしろ、感謝している。私たちの謝罪の気持ちを伝えたいし、なるべく頻繁に掲載されたほうがいい」。

 Asharq al Awsat紙は、デンマーク企業に勤める「筋」の話として、経済界が広告費を出した、としている。
 
 この広告が掲載されたのは、サウジアラビアの地方紙と国際紙al-Shark al-Avsatなど。

 一方、風刺画家の一人Kurt Westergaard氏は、スコットランドの新聞のインタビューの中で、風刺画を描いたことを公開していない、と述べたという。

 イスラム教に由来するテロからインスピレーションを得て風刺画を描き、民主主義のための表現と報道の自由を 弁護した、という。

 氏の風刺画は、デンマークと西欧の「2重基準」に対する彼なりの分析、反応だという。「2重基準」とは、イスラム教に対するタブーと直面する時の態度を指しているそうだ。

  一方、別件だが、今日英国で一日中ニュースになっていたのが、英国の歴史家デビッド・アービング氏のケースだ。ホロコーストはなかった、と発言しており、オーストリアで裁判の結果が出たのだ。禁固3年の刑だったが、控訴する予定であるという。ホロコーストの存在を否定すると違法になる国は、BBCによると、11カ国ある。オーストリア、ベルギー、チェコ、フランス、ドイツ、イスラエル、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スイスだ。

 関連記事が出たので、貼り付けます。

ホロコースト否定の英歴史家に禁固3年…ウィーン地裁
 【ウィーン=石黒穣】ウィーン地方裁判所は20日、英国人歴史家デービッド・アービング被告(67)に対し、ナチスによるユダヤ人大虐殺、ホロコーストを否定した17年前の発言を理由に、禁固3年の実刑判決を言い渡した。

 「ヒトラーの戦争」などの著作があるアービング被告は、1989年、ウィーンとレオベンで「アウシュビッツ(強制収容所)にガス室はなかった」などと演説。これが有罪の根拠となった。

 ヒトラー誕生の地であるオーストリアでは、第2次大戦中ナチスにくみしたことへの強い反省もあって、ホロコースト否定を喧伝する行為を法律で禁じている。指名手配がかかっていたアービング被告は昨年11月、極右団体の会合に出席するため入国したオーストリアの南部で逮捕された。

 アービング被告はこの日の罪状認否で、「ガス室を否定したのは誤りだった」と認めたが、裁判官は「うわべの改心」として情状酌量しなかった。

 欧州では現在、ムハンマドの風刺漫画問題をめぐり表現の自由のあり方が問い直されており、今回の裁判結果は、新たな波紋を投げかけている。

(2006年2月21日11時50分 読売新聞)



by polimediauk | 2006-02-21 08:27 | 欧州表現の自由