小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

イラク、風刺画、聞いた話+フランス


「非宗教を原則とするフランスで」

 イラクのshrineが破壊された件が大きなニュースになっている。

 夕方のBBCのラジオ番組PMでは、イラクのかつて副首相だったタリク・アジズ氏の娘と息子がインタビューされていた。特に娘の方が父親を一生懸命弁護していた。サダム・フセインを、現時点で、非難するかどうか?と聞かれ、しない、と答えている。「父はサダムフセインのために働いていたのでなく、イラクのために、良かれと思って、働いていた」。娘だからということで、愛情が見方を曇らしているのでは?と聞かれ、「違う。周りの人もみんな言っている」。イラク人のいろいろな人が、フセイン政権を批判していることを聞かれ、これをどう思うか?という問いには、「そういう人は、みんな、安全な(米軍のいる)『グリーンゾーン』に住んでいる」と答えていた。やはり、迫力がある。生の声だ。

 数人の在ロンドンジャーナリストたちと今日話をしていて、ある人から聞いた話なので裏づけを取っているわけではないが、英国の新聞社はいずれもデンマークの風刺画を掲載しなかった。編集長同士が電話をかけあって、出さないことに決めた、と前に書いたが、この人によると、首相官邸も主要新聞社にコンタクトをとったようだ。外務大臣のストロー氏が、後で新聞社が掲載しなかったことを誉めた、といういきさつがあった。少なくとも私には、信憑性が高いように聞こえた。

 一方、読売新聞が仏週刊誌の編集長に取材している。

 
仏週刊紙が風刺漫画掲載、6倍の売り上げ

 フランスの週刊紙「シャルリー・エブド」は8日発売の特別号で、「原理主義者に弱り果てたムハンマド」の見出しで、両手で顔を覆いながら、「愚か者に愛されるのもつらい」と嘆く預言者の風刺漫画などを掲載、通常の6倍の約42万部の売り上げを記録した。

 フィリップ・バル社長(編集最高責任者)(53)に掲載に踏み切った理由などを聞いた。(パリ 島崎雅夫)

 ――なぜ掲載したのか。

 「法治、民主主義の骨格を成す『表現の自由』が、中東イスラム諸国などの反発で危機に直面した。デンマーク紙のムハンマド風刺漫画を転載した独、伊など欧州マスコミと連帯し、表現の自由の重要性を訴えたかった」

 ――イスラム教侮辱との批判があるが。

 「イスラム過激派は、欧州の法治、民主主義体制を壊すことに挑戦している。過激派の伸長は欧州に混乱をもたらし、イスラム教徒が欧州で同化する上で障害になる。欧州の民主主義を守るにはイスラム教の侮辱もやむを得ない。ただ、風刺は過激派の危険性を問題としたもので、イスラム全体への批判ではない」

 ――キリスト教など他宗教だったら風刺しなかったのでは、との指摘がある。

 「キリスト教やユダヤ教は欧州の民主主義を否定していない。もしイスラム教過激派と同様、民主主義のあり方に挑戦すれば、当然、風刺する。差別ではない」

 ――風刺の精神とは。

 「正義だ。欧州各国は政教分離のために長年、闘ってきた。宗教が国家より高い位置を占めれば、この原則が崩れてしまう。歴史認識が正しいと思えば、たとえ批判を受けても、風刺で堂々と主張しなくてはならない」

 ――中東などのイスラム諸国で反発が強いが。

 「各国政府がこの問題を政治的に利用して混乱を拡大させている。事前届け出が必要なシリアやイランなどでデモが起きているのが証拠だ。デンマークの過激派がより挑発的な風刺漫画を中東で配布し、問題を複雑化させている」
(読売新聞) - 2月24日0時2分更新


 別のフランス報道では、「宗教」(非宗教も含め)が欧州のキーワードの1つという思いを強くした。

「宗教と人種」揺れる仏 「反ユダヤ主義」誘拐殺人

 【パリ=山口昌子】フランスで反ユダヤ主義に基づく残酷な誘拐殺人事件が発生し、ユダヤ系住民を中心に衝撃が広がっている。シラク大統領とドビルパン首相が二十三日夕の犠牲者の追悼会に異例の出席を決めるなど、非宗教を原則とするフランスで宗教と人種問題が重要課題であることをうかがわせる。
 パリ市内に住むユダヤ系住民イラン・ハリミさん(23)が全身を刃物で刺され、病院に運ばれる途中で死亡したのは二月十三日。勤務先の店に客を装ってやってきた若い女性に呼び出されて一月二十一日に誘拐された。
 その後、同様の手口の誘拐未遂事件が六件発生していたことや、狙われたのがユダヤ系住民だったことなどが判明。十三人のアフリカ人らのグループが容疑者として浮上し、出身地のコートジボワールに逃走していたリーダーらが逮捕された結果、彼らの供述などから、ハリミさんらを狙ったのは「ユダヤ人は金持ち」という固定観念からだったことが分かった。
 サルコジ内相は、こうしたユダヤ系への固定観念は「反ユダヤ主義」と指摘。ハリミさんの母親も「ユダヤ系ゆえに殺された」との認識を示し、「反ユダヤ主義者には非寛容を」と訴えている。
 フランスでは九〇年代からユダヤ系住民の墓地が荒らされたりシナゴーグ(ユダヤ教会)が放火されるなどの事件が発生しており、ユダヤ系住民から政府は「アラブ寄り」との批判の声が出ていた。一方で昨秋、暴動事件を起こしたアラブ系移民らからは「ユダヤ系に寛大」との声もあり、代々の政府にとって人種問題は難問の一つだ。
(産経新聞) - 2月24日3時11分更新


 話がやや戻るが、ロンドン市長が何故、前にムスリムの人々のデモを支持したのか、ということについて、説明しないといけないかもしれないのだが、私がロンドン市長で非常に印象深いのが、7月7日、ロンドンでテロが起きた直後のことだ。これは前にも書いたのだが、当時、市長はシンガポールにいた。前日、ロンドンで2012年にオリンピックが開催されることが決定した。

 そこで、歓喜が前日にあって、ロンドンに戻ろうとした日に、テロのことを知った。取材陣に、なみだ目でインタビューされていた。

 この場で、やや感動的なスピーチをしたのだが、それは、細かい文句は忘れたが、「様々な人種の人が様々な国から、ロンドンにやってくる。そして、みんながロンドナー・ロンドン人になる」というようなことを、述べた。私も聞いていて、ジーンとなった。

 それはそれとしても、多文化の英国、多文化のロンドン、というテーマが英国の中で頻繁に出てくる。

 ロンドンでは中国の新年のお祭りを、広大なトラファルガー広場を使ってやる。イラク戦争反対のデモも何度かあったが、これにもロンドン市長は自分がスピーチをするか、メッセージを送っている。イスラム教徒の団体のラリーなども、同じくトラファルガー広場で開催されることもあるし、学者やイマーンなどを海外から読んでロンドン市も主催者の一つになって、イベントを開いたりもする。こういう、多文化を肯定的に見れるような祭り、催し事を、ロンドン市は積極的にサポートしている。英国の場合、9・11や7・7のネガティブな影響はもちろんあるのだが、ムスリムたち、あるいは他の人種の人たちが、あまり目立たない。生活シーンの一部になっていて、例えば、スカーフをかぶっている人もものすごく自然にその場に存在している、という現実がある様に思う。
by polimediauk | 2006-02-24 02:53 | 欧州表現の自由