小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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風刺画事件 2月10日時点でのまとめ


 風刺画事件に関して、欧州に住む方、あるいは日本に住む方から様々な意見・インプットをいただいた。

 自分の考えが足りないところが随分あって(特に欧州のほかの国の見方)、自分の分析は英国、デンマーク、及び英文資料をもとにしたものであることの、限界も感じた。

 新聞通信調査会というところの、3月1日付の会報に、これまでの経過をまとめてみた。2月10日ごろまでの情報であること、他の欧州の国の見方のインプットが反映されていないことをお許しいただきたい。(デンマーク国内の状況にご興味のある方は、少し前から、デンマーク取材のインタビューを日刊ベリタに掲載中。中東を訪問して、問題を悪化させたと言われた、イマームのアーマド・アブ・ラバン氏のインタビュー記事を準備中。)

 預言者ムハンマドの風刺画の波紋
 欧州型表現の自由とイスラム教徒の対立


 デンマークの保守系有力紙「ユランズ・ポステン」紙が、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画十二枚を紙面に掲載したのは昨年九月。国内に住むイスラム教徒の一部が、偶像崇拝を否定するイスラム教ではムハンマドの肖像を描くことさえ許されておらず、ましてや戯画化は「イスラムへの冒とく」として抗議をしたものの、新聞からの謝罪はなく、デンマーク政府も「独立メディアの編集権には干渉しない」という理由から対話の機会を持とうとしなかった。業を煮やしたイスラム教団体幹部らが中東諸国を訪問し、抗議の支持を取り付けると、デンマーク大使の本国送還などが始まった。これを「表現の自由の危機」と見なしたノルウエー、フランス、ドイツなどの新聞や雑誌が、今年になって、風刺画を転載。この時点で、ムハンマドの風刺画事件はデンマーク一国ばかりでなく、一躍世界中に知られることになった。

 欧州の新聞各紙が「表現の自由」を主張し、これに賛同して風刺画を掲載する新聞が増える一方で、中東諸国に限らず、アジア、アフリカ諸国でもイスラム教徒による抗議デモが広がった。デモは次第に過激度を増し、死者が出るまでになった。  
 
 一方、欧州の表現の自由を「二重基準」と非難するイランでは、ハムシャハリ紙が、欧州でタブーとされるホロコースト(ナチドイツによるユダヤ人虐殺)の存在を否定するような風刺画のコンテストを開始する、と宣言し、対決姿勢をあらわにしている。

 一連の風刺画問題の背景には、イスラム教と西欧の価値観のぶつかり合いがある。国際政治の面からは、米国を含めての西側とイスラム教社会との覇権争いとも言えよう。直接的には、欧州社会に移民として住むイスラム教徒とホスト国になっている欧州各国の既存価値観の衝突でもある。宗教・表現の自由、民主主義を基本とする欧州社会で、自分の宗教に対する批判を良しとしないイスラム教徒は、どうやって折り合いをつけて生きていくべきなのだろうか?未だこの問いに対する答えは見つかっていない。

―「表現の自由」を試したい

 デンマークの風刺画掲載までの流れを振り返る。

 英各紙などの報道をまとめると、昨年夏、デンマークの児童作家カーレ・ブルイトゲン氏が、移民と非移民との間の理解と融合を深めるために、預言者ムハンマドに関する児童書を書こうと思いたった。イラストを描く漫画家を見つけるのが難しく、最終的には、ある風刺画家が匿名を条件に描いたという。

 この顛末をライバル紙「ポリティケン」紙で知ったユランズ・ポステン紙の文化部長フレミング・ローズ氏は、「メディアの自己検閲がどれくらいかを試すために」、ムハンマドの風刺画掲載を思いついた。

 ローズ氏は、二十五人の画家にムハンマドの風刺画を依頼したが、十三人が断り、十二人が承諾。九月三〇日、「自分が見たとおりのムハンマド」というテーマの風刺画が掲載された。

 風刺画の一つでは、ムハンマドのターバンが爆弾になっていた。また、ムハンマドが自爆テロ犯たちに向かって、「待てよ、もう処女がいなくなった」(自爆テロをすると、天国で処女が待っている、と考えるため)、と述べている風刺画もあった。イスラム教とテロを直接結びつけたかのようなこの二つの風刺画は、特に冒涜的だとして強い反感の対象になってゆく。

 風刺画掲載以前のデンマークだが、イスラム教を巡り、一定の緊張感が存在していたようだ。
英各紙の分析によると、プロテスタントの国デンマークでは、他の欧州諸国同様、風刺が強い政治漫画を新聞に載せる伝統があるが、近年はテロや移民増加を背景に反イスラム感情がうっ積していた。全人口約五四〇万人の中で約二〇万がイスラム教徒だが、「イスラム教はテロリストの宗教」と公言する極右政党の国民党が勢力を伸ばしていた。

 十月中旬、風刺画家の何人かがイスラム教徒過激派から殺害予告を受けた。同じ頃、国内のイスラム教徒五千人は抗議のデモを行っている。また、イスラム諸国からの十一人の大使が、風刺画に対する抗議のため、ラスムセン・デンマーク首相との会談を希望するが、首相はこれを拒否した。

 十二月、デンマークのイマーム(イスラム教の伝道師)たちは中東を訪問して抗議活動への協力を求めた。このとき、十二枚の本物の風刺画とは別に、ムハンマドが児童性愛主義者として描かれるなどさらに過激な風刺画も加えられた、と言われている。

 今年一月十日、ノルウエーのキリスト教週刊誌マガジネットが風刺画を「表現の自由」のために転載。

 二十六日にはサウジアラビアがデンマーク大使を送還。国内でのデンマーク製品のボイコットも始まった。

 三十一日、ユランズ・ポステン紙は風刺画掲載でイスラム教徒の感情を傷つけたことに関して謝罪。しかし、掲載自体に関しては謝罪せずに現在に至っている。ラスムセン首相も、「独立メディアに政府は干渉できない」という姿勢を崩していない。

―欧州新聞が追随

 二月一日、フランス、ドイツ、イタリア、スペインの新聞が風刺画を転載し、風刺画問題は一挙に世界の注目を浴びることになった。この中の一紙フランス・ソワール紙の編集長はその日のうちにエジプト系フランス人の社主に更迭された。

 シリアでは、首都ダマスカスにあるデンマークとノルウエー大使館をイスラム教徒のデモ参加者が襲撃。レバノンの首都ベイルートにあるデンマーク大使館はイスラム教徒らによって放火された。レバノン内相は放火の責任を取って辞職。アフガニスタンやソマリアでは、少なくとも八人のデモ参加者が警察とのもみ合いの中で命を落とした。暴力を行使するデモに対して非難の声があがりだした。

―英国では掲載なし

 英国では、大衆紙及び高級紙共に今回の風刺画の転載をしていない。

 掲載しなかった理由は、例えばデイリーメール紙は、「掲載した新聞の弁護のためには死もいとわないが、掲載の事実そのものには同意しない。権利は権利だが、責任はまた別のものだ」。デイリーテレグラフは、あからさまなヌードや暴力シーンを印刷しないのと同様の理由から、風刺画を掲載しないことに決めた、としている。「表現の自由」は大事だが、「故意に侮辱する」のは避けたい、というのが各紙の主旨だった。BBCなどのテレビ局が一瞬、風刺画が掲載された仏紙の紙面を放映しただけでも、イスラム教の団体が抗議声明を発表し、放送局の建物の前で抗議デモが起きる、といった背景要因もあった。

 メディア専門家らが推測した他の理由としては、イスラム教団体の反感を買うことで読者が減少するのを恐れた、新聞を販売する小売店の販売主の多くがイスラム教徒であることを考慮した、編集長の首が飛ぶことを恐れた、などがある。

 一九八九年、イランの指導者ホメイニ師が、小説「悪魔の詩」のインド系英人作者サルマン・ラシュディ氏に、イスラムを冒とくしたとして処刑を命じたが、英メディアはイスラム教徒の国民の感情に配慮する教訓を学んでいた、とする説もある。

 ただし、ウエブサイトでは見れるようになっていたため、ネットでリンク先を掲載しながらも紙媒体には載せない英新聞界を「臆病者」と呼ぶコラムニストもいた。

―対立から妥協へ?

 八日、仏漫画週刊紙シャルリー・エブドが、問題となった風刺画とあわせて新たなムハンマドの風刺画を掲載し、売れ行きを大幅に伸ばした。この頃から、欧州側の表現の自由に対する見方がやや変わってきたように思える。

 政教分離の原則から公的場所でイスラム教徒がスカーフをかぶることを許さなかったフランスだが、この方針を推進したシラク仏大統領が今回の雑誌の風刺画を「あからさまな挑発」と呼び、「表現の自由は責任を持って行使されなければならない」、と述べているのがその一例だ。

 「表現の自由」至上主義を主張してきた西欧のメディアだが、「責任」の意味合いを考える機運がわずかに見えてきた可能性もある。
by polimediauk | 2006-03-02 04:18 | 欧州表現の自由