小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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NHK問題-2

ますます問題は大きくなってゆくようだ

 若干前になるが、ネット新聞JAN JANがこれまでの経緯をまとめている。

 「天皇が有罪判決を受ける映像をNHKならずともプライムタイムに全国ネットで放送できる放送局が果たしてあるだろうか。つまり、この問題の本質は、日本のジャーナリズムのタブーにNHKが踏み込んだということにほかならない」とする指摘に、はっとさせられる。

NHK大改革の潮目になるか 政治圧力改変問題 2005/01/17

 NHKが揺れている。度重なる不祥事、受信料不払いの増大、NHK会長批判。そして、泣きっ面に蜂。すでに、解決済みの問題の再燃である。突如、焦点化され、日増しにフェーズが格上げ状態になっている「政治圧力による番組改変」騒動、いや、事件である。

 問題の番組は、2001年1月30日放送の「NHK・ETV2001・シリーズ『戦争をどう裁くか』第2夜『問われる戦時性暴力』(22時~22時40分)である。

 4回シリーズの中のシリーズ2回目が、日本軍の戦時の暴力、天皇の戦争責任を「民衆法廷」という模擬裁判で裁くという、「VAWW-NET Japan=バウネット・ジャパン」(「戦争と女性への暴力」ネットワーク:松井やより代表)を核とする企画(九段会館で開催された)を中心に構成されたことから、想像を超えた反響が巻き起こり、結果として、当初の番組は大きく改変され、このことがNHKの報道姿勢の是非、報道の自由の問題、表現の自由の問題にまで発展、国会でも問題にもなった。2001年のことである。

 この国はいまだに過去の戦争責任を総括していないと考え、日本の軍隊を「慰安婦」制度、女性の人権、性暴力の観点から非妥協的に問題提起をするバウネット・ジャパン、弱者の視点から良質なドキュメンタリーを次々とテレビ界に送り出すドキュメンタリー・ジャパンという硬派なプロダクション、「人道の罪」「国際法廷」という新たな視点に、人間の持つ可能性を感じとり、それを人々に伝えることに情熱を燃やしたNHK教養番組部の制作者たち。これにNHKの関連会社エンタープライズ21が加わり、NHKプレゼンツの優れた作品が作られるはずだった。

 にわかに暗雲が垂れ込めはじめたのは2000年12月9日からである。九段会館で始まった『女性国際戦犯法廷』のニュースが流れたのだ。さっそく右翼団体から抗議が始まり、ETV2001でも取り上げられることが分かるや一層、NHKに対する抗議は激しさを増す。なぜか。『女性国際戦犯法廷』では、日本の軍隊の幹部、昭和天皇、日本政府が被告とされていた。韓国・北朝鮮、中国、東チモールの”慰安婦“の被害者証言、元日本軍兵士の証言なども予定されていた。

 事前の番組宣伝も手伝って、永田町でも大きな話題となり、批判的な声は当然、NHK記者等を通じて、NHKの幹部にも伝わっただろう。当事、関係者の書いたものやメディアの報道などを見ると、2001年、放送日が近づくに連れて、NHKの上層部の方で、“心配”が肥大化し、口出しが始まっている。

 番組制作者たちは、素人ではない。当然ながら、このテーマが極めてセンシティブなものであり、右翼の対応についても、報道の自由の裏側に担保されている公平・公正についても自覚的だったろう。しかしながら、現場の認識をはるかに超えた“危機感”がNHK幹部には醸成されていたのだった。しかも、1月末といえば、NHKにとっては最重要課題である予算審議が控えていた。こうして、放送直前には、NHK幹部のなりふりかまわない、ヒステリックな対応がなされたようである。

 思うのだが、「天皇が有罪判決を受ける」映像をNHKならずともプライムタイムに全国ネットで放送できる放送局が果たしてあるだろうか。つまり、この問題の本質は、日本のジャーナリズムのタブーにNHKが踏み込んだということにほかならず、換言すれば、この国のジャーナリズムの質こそが問われているとも言える。2人の政治家の露出は、その裏側に無数のサイレントマジョリテイがついていると見るべきで、解決はある意味、容易ではないだろう。

 杞憂は、“命がけ”で内部告発を行なった長井暁CPの今後である。「地雷をふんじゃった」と嘲笑されはしまいか。今の職場を追われ、関連会社に飛ばされるのではないか、ほとぼりがさめた頃に。海老沢会長にNOを出した日放労が非組合員である長井氏の防衛を宣言したのがせめてもの救いだが。

 知り合いのドキュメンタリー・ジャパンの女性ディレクター、坂上香さんは、実は、このETV2001・シリーズ『戦争をどう裁くか』の企画書を書き、シリーズ第3回目を担当したが、番組改変の過程で、長年、活躍したDJを2001年7月に突然、退社してしまった。日本の学校で辛酸をなめ、アメリカに渡って映像を学び、DJの橋本佳子代表取締役に手紙を書いて採用された経緯を持つ優秀なディレクターだった。これは非常に不幸な出来事だったと思っている。DJもまた下請け構造の中で経営的に対応が難しく、1社員の想いに十分、応えられなかったのだと想像する。

 現場から犠牲者はもう出して欲しくない。『踊る大捜査線』の警視庁刑事部 捜査一課管理官、室井慎次のような現場を大事にする幹部はNHKにはいないのか?


(年表は次のブログで)
by polimediauk | 2005-01-22 06:12 | 日本関連