外国人嫌いの中の風刺画 デンマーク
雑誌「新聞研究」(日本新聞協会出版)5月号が、欧州を中心とした風刺画事件の背後の要素を分析した記事を数本掲載している。欧州全体の話と、フランス、ドイツ、デンマークの事情だ。
私はそのデンマーク分を担当したが、特にフランスの事情が書かれてある「大きな暴動には発展せず」の記事(産経新聞の山口昌子さん執筆)には、目からうろこが落ちる思いがした。「イスラム教への理解も他の欧州の国より深い」フランスの話を、是非どこかで読んでいただきたい。
ご参考までに、私自身の記事は以下。もっといろいろな事情もあるのだろうが、一部の外国人=イスラム教徒の国民に対する、一種の挑発行為のように受け止められた、というデンマークの国内事情を中心にしてみた。ただし、風刺画を載せたユランズ・ポステン紙自身は挑発行為ではなかった、としている。これは嘘を言っているのではないと思う。担当した文化部長が、何度も、表現の自由のため、とメディアの取材に答えているのを見てきたし、本音だろうと思う。しかし、結果として、弱いものいじめ、というか、挑発的な行為として映ってしまった、という部分は否定できない、というスタンスで書いたものだ。
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―デンマーク国内事情とメディアの関わり方
(―外国人嫌いの中の風刺画掲載)
デンマーク最大の日刊紙ユランズ・ポステンは、昨年九月、「表現の自由の限界をテストする」という理由から、イスラム教の預言者ムハンマドの十二枚の風刺画を掲載した。
文化部長のフレミング・ローズ氏は、欧州内でイスラム教に関して表現の自己規制が働いている複数の例に遭遇し、こうした状況を変えるために、「イスラム教のタブーに挑戦し、風刺画家に呼びかけて自己検閲の限度をテストする」必要を感じた、と説明している(ユランズ・ポステンのウエブサイトより)。
同紙のカールテン・ユステ編集長によれば「決してイスラム教徒を挑発する目的ではなかった」。最も問題視されたムハンマドのターバンに爆弾の導火線がついていた風刺画は、「イスラム教の名の下に暴力行為を行う、狂信的なイスラム・テロリストへの問題提起のつもりだった」。
ユランズ・ポステン側の「表現の自由のため」とする説明をよそに、デンマークの知識人の多くは、風刺画に現政権の反移民策に通じる外国人嫌いのトーンを感じ、掲載は国内に住む約二十万人のイスラム教徒に対する一種の攻撃だと見ていた。
この見方には背景要因がある。デンマークでは十五年ほど前から反移民感情が強まっており、「イスラム教徒はガン細胞だ」と発言した議員を抱える極右政党のデンマーク国民党が支持率を上げている。国民党は右派中道政権に閣外協力しており、移民政策に大きな影響力を持つ。保守系ユランズ・ポステンは現政権に近い新聞とされており、政治的意図があったと言い切ることはできないが、少なくとも、今回の風刺画は、デンマークのメディア界で近年目立つ移民に関する否定的報道の流れに沿ったものだった。
政治、社会的要因、現地メディアの反応をたどりながら、ユランズ・ポステンの風刺画掲載の文脈に光を当ててみたい。
―反移民感情
現在、人口約五四〇万人のデンマークで外国人人口は八%。一九七〇年代からトルコ人などを労働力として受け入れてきたため、外見が異なる「外国人」が社会に共存する光景は珍しくなかったが、デンマークの人権問題研究家ヘレ・ステナム氏の報告書(〇五年九月)によると、反移民感情が表面化し、大きな政治課題になっていったのは一九九〇年代以降だ。難民・移民たちはデンマークの社会福祉制度や文化を「脅かす存在」、「重荷」であり、「移民は私たちと違いすぎる、私たちの一員には決してなり得ないし、ならないだろう」、という見方が強くなった。
一九九七年にはタブロイド紙「エクストラ・ブラデッド」が「外国人」と名づけたキャンペーンを展開し、非西欧諸国から来た移民を「社会保障を不等に受け取る犯罪人」と呼んでいる。
一九九八年、十四歳のイスラム教徒の少女が、あるデパートで学校の研修として短期間勤務することになっていたところ、少女側によると「イスラム教のスカーフ(ヘジャブ)を被っていることを理由に」、研修を断られている。複数のスーパーマーケットが、ヘジャブ姿の女性をレジには置かない、と同調し、労働大臣は反差別法に違反する、と非難したが、一部のスーパーマーケットは政府の非難を無視した。
当時、大多数のデンマーク人は学校で生徒がヘジャブを着用するのはいいが、スーパーのレジで働く場合は着用禁止を支持した。
一九九六年に結党したデンマーク国民党は、「デンマーク人の犠牲の下で、イスラム教徒が自分たちのやり方をどこでも通そうとしている」、「政府はイスラム教の操り人形となっている」、とコメントしている。国民党は九十八年の総選挙で初議席(十三議席)を獲得して以来、二十二議席(二〇〇一年選挙)、二十四議席(〇五年)と、着実に議席数を伸ばしている。
―移民に厳しい政権
〇一年十一月の総選挙で、九年続いてきた社会民主党率いる連立政権を破り、「小さな政府」を目指す右派連立政権が誕生した。同年九月の米国同時テロ以降、移民、特にイスラム教徒に対する否定的感情に一層の拍車がかかっており、厳しい移民規制策の実行を公約とした政党が票を伸ばした。
新政権では自由党のラスムセン党首が首相となって保守党と連立を組み、デンマークの欧州連合からの脱退など過激な政策を主張したデンマーク国民党が閣外協力する形を取った。
ラスムセン氏は、一九九三年、「社会国家から最小限の国家へ」(仮約)という自著の中で、政府の関与をできるだけ少なくする、「リベラル」社会の実現を描いた。それまでは社会の中の弱い人の面倒を社会全体でみる、という考え方が政治の中心となっていたが、リベラル社会では個人が自分で自分の面倒を見ることが期待される。「ネオ・リベラル派」ラスムセン氏は、選挙公約通り、移民規制策を打ち出していく。
〇二年、「外国人に対する新政策」を施行し、移民の居住認可の条件を厳しくしたことに加え、難民認定の定義も変更した。この結果、〇二年を境に難民認定件数、移民の居住認可件数が激減した。
例えば、難民申請件数は〇一年には約一万二千件で、一回の申請で難民認定となったのは全体の五十三%だったが、〇四年には申請件数は約三千二百件で、認定率は十%に落ちた。難民に対する社会福祉手当も〇一年当時と比較すると、三十―四十%カットとなった。
移民が出身国から家族を呼び寄せる条件のハードルを高くした結果、〇一年には申請件数約一万五千件(内一万人許可)が〇四年には申請数約五七〇〇件(二千八百件許可)となった。
先住デンマーク人であっても、結婚相手が外国籍の場合、夫婦としての居住許可は自動的には下りず、外国籍の妻(あるいは夫)を扶養できること、過去十二ヶ月に社会保障を受けていないこと、自国に対するリンクが夫や妻の出身国より強いことなどを証明しなければならない。
選挙公約を果たしたということでラスムセン首相の人気は上昇し、〇五年二月、総選挙で再選され、現在に至っている。
―「デンマーク人のように」
デンマーク西部にあるオーフス大学で英文学を教える、インド出身のイスラム教徒タビシ・ケアー氏は、風刺画事件以前から、国内で移民に対する同化への無言の圧力を感じてきた。「もしここに住みたいのなら、文句言うな」、という圧力だ。「ホスト国のルールを守る、というのはもちろん基本だ。しかし、法を遵守しながら、異なる意見、価値観を維持する権利は移民側にもある」。
今回の風刺画事件でも、「私たちと同じ価値観を持てというトーンが出ていた、とケアー氏は言う。「表現の自由というが、個人が社会の中で暮らす以上、何らかの制限を受けるのは当然だ」。
「西欧は自国にいる移民の異なる価値観や文化に、本気では関心を持っていないのだと思う。風刺画事件が典型だった」。
ユランズ・ポステンに風刺画を描いた画家の一人(警備上の理由で匿名)は、社会の中の異文化、異宗教、異なる価値観によって、社会の過半数である「私たち」の文化を曲げるべきではない、とする信念を、ユランズ・ポステンのウエブサイト上で語っている。
自分自身が無神論者という画家は、デンマークの「すばらしい風刺の伝統」の下では「すべてが、誰でもが風刺の対象になる」。風刺画が一部のイスラム教徒を侮辱したことを認めるが、「イスラム教は私の宗教ではないし、私は自分の国にいる。表現の自由が私たちの民主主義の基礎になっている伝統に従わなければならない。妥協は許されない。正しくない。境界線を引かなければならなかった」。
―許容範囲の広い風刺画
デンマークの新聞を広げると、裸身、排泄物などの鮮明な描写、政治家など権威を持つ人々に対しての徹底的な戯画化が目に付く。
ユランズ・ポステン紙のライバル紙左派ポリチケンの看板風刺画家ローエル・オルス氏の風刺画の一枚では、中央に環境大臣が自由の女神のような格好をして立っている。他の閣僚が周りを囲み、閣僚の中で男性二人が下半身裸で、環境大臣に向かって放尿をしており、背景にいる国民党の女性党首は体が後ろ向きだったが裸のでん部を露出し、排便していた。カラーのため、それぞれの閣僚の下半身部分や排泄物が鮮明に描き出されていた。
英字紙「コペンハーゲンポスト」の副編集長で米国人のケビン・マッグイン氏は、デンマークの新聞の「何でも掲載できる自由」に驚く、という。「米国の新聞では赤裸々な裸の画像や、罵りの言葉は紙面には出ない。宗教に関わる事柄の報道にも配慮する」。
風刺画掲載には、「非常に広い表現の許容範囲を狭められたくない、という強い思いがあったのではないか。イスラム教のタブーに考慮すると、描いてはいけない事柄がどんどん増える可能性に危機感を感じたのだろう」。
―「笑うことで相手を仲間に入れる」
風刺画に描かれた方の反応はどうか?
十二枚の風刺画の中には、児童作家カーレ・ブルートゲン氏を笑ったものがあった。氏は新刊「ムハンマドの生涯」という児童書に挿絵を描く画家を探したが、イスラム教徒からの報復を恐れた画家は匿名を条件に描くことを承諾した。この経緯がユランズ・ポステンに伝わり、風刺画掲載につながった。
風刺画は、ターバンを被ったブルートゲン氏のイラストで、「宣伝目的?」と言う文句がついていた。
ブルートゲン氏は自分が嘲笑されている風刺画を見て笑ったが、怒りを感じることはなかったと言う。
「戯画化、風刺を楽しむデンマーク人の考え方と、風刺画のために怒ったり、互いを殺しあうまでにいたる人々の考え方には、大きなギャップがあると思う。非常に大きなギャップだ」。
しかし、一般的には「悪意があって笑うのではないことを分かってほしい。笑うことで、相手をこちら側に受け入れている。私はあなたを笑うことができる、あなたも私を笑う。みんなが笑う。そして仲間になるのだと思う」。
氏は、「ユランズ・ポステンは政府を支持しているので、掲載には政治的な意図もあった」、と見ている。それでも、今回の風刺画は表現の自由の範囲内であり、ブルートゲン氏は掲載支持の立場をとるという。「神を笑ってもいいと思う」。
宗教とデンマーク国民との関わりだが、約九十%はルーテル派教会に属する信者となっている。定期的に教会のミサに出席する人は、信者の中の一%から三%と言われ、この数字は欧州の中でも最低の部類に入る。〇三年には、コペンハーゲンの北にある町の牧師が「神はいない、永遠に続く人生はない、キリストの復活はない」と発言し、物議をかもした。
英週刊誌「エコノミスト」(一月七日号)は、「予言的侮辱」と題された記事の中で、「デンマーク人の多くが表現の自由を支持するが、政教分離の社会であるがゆえに、一部の人々の宗教に関する敏感さに対しては盲目になっているのかもしれない」、とする分析をしている。
―「挑発」か否か?
ユランズ・ポステンの十二枚の風刺画を、デンマークの他の新聞は、ニュース報道の中で紹介する場合を除いては転載・掲載をしなかった。
掲載当初国内でそれほど大きなニュースにはならず、一部のイスラム指導者が抗議を表明しただけでは、他紙が転載する理由はなかった。風刺画自体の質がそれほど高いものではなかった、という理由もある。
ポリチケンのトゥーア・サイデンファーデン編集長は掲載の趣旨に同意せず、転載をしないことにした。「デンマークに住むイスラム教徒たちは社会の少数グループになる。この中でもさらに少数の、強い信仰心を持ったグループを故意に挑発する目的があった」と、瞬時に感じたと言う。「ユランズ・ポステンは、『イスラム教徒たちは近代的・民主的社会の中で、嘲笑されることを受け入れるべきだ』、と主張する。私は同意しない。『表現の自由』をこのような形で使うことに、どんな肯定的な意義も見いだせない」。
ユランズ・ポステンのユステ編集長は、ポリチケン紙の「挑発を意図していた」とする主張を強く否定してきた。自社ウエブサイト上の説明の中で、風刺画企画を認めたのは国内のイスラム教を巡る報道に関して風刺画家が自己規制をしているかどうかを調べる、メディアの自己検証が目的であって、「ジャーナリスティックな意義がある問いかけだ」と判断したという。
「もし風刺画が、例えばムハンマドがコーランに放尿をしているなどの描写であれば、掲載しなかった。これまでにもキリストを扱った風刺画で下品あるいは残酷すぎる作品は掲載を取りやめている」。
氏は、ユランズ・ポステンが表現の自由の下で何でも表現できるとも考えてない、という。「社内の倫理基準では、少数民族などに関して配慮をした報道をすることになっている。しかし、今回の風刺画を見て、いまだに、何故これほどシンプルで、当たり前で、無害の絵柄なのに、あれほどのドラマチックな反応があったのか、自問している」。
ー未解決の問題
表現の自由に関する国際的議論の発火点となったデンマークだが、風刺画掲載からほぼ七ヶ月経ち、大手新聞は連日組んでいた風刺画特集を紙面からはずし、一段落というところだ。
移民融合コンサルタントのファーミー・アルマジド氏は「これがムスリムと非ムスリム市民の対話のきっかけになってほしい」と望むが、果たして対話は落ち着いた環境で進むだろうか?
極右のデンマーク国民党は風刺画事件を通して、さらに支持率を伸ばした、と言われている。移民、外国人、イスラム教徒に対する否定的見方や偏見を増幅させる動きがここ数年強まっているデンマークで、ムスリム市民が好意的イメージを持たれるようになるには、かなりのてこ入れが必要だ。
風刺画事件をきっかけに、イスラム教徒で社会自由党の国会議員ナッサー・カーダー氏が中心となって、市民団体「民主ムスリム・ネットワーク」が結成された。二月の結成から現在までにムスリム及び非ムスリムの一万人を超える国民が名前を登録した。宗教的価値よりも、民主主義、法のルールを最優先する、という「十戒」を持つ。
この団体が将来的にデンマークのムスリムの新たな声として定着するのかどうかは予測がつかないが、多文化主義を奨励し、移民・難民の人権擁護を推し進める強い政治的勢力が不在の現在、デンマークの右化現象は止まりそうにない。新たな「十二枚の風刺画」事件が近い将来起きても不思議はない状態だ。