小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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テロ容疑者として撃たれた兄弟が会見

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 6月2日、自宅にテロ捜査が入り、「容疑者」かもしれないとして逮捕されていた兄弟2人が、先ほど、会見をした。1時間ほどの会見だったが、涙が出てくるような場面も多々あった。

 逮捕され、数日前に釈放されたのは、アブール・コヤル氏(20歳、写真左)と兄のモハマド・アブダル・カハル氏(23歳、右)。兄のほうは、捜査中に右胸を撃たれている。

 東ロンドンのフォレスト・ゲイトという場所にある、ある家を、2日の午前4時ごろ、警視庁の捜査員が直撃。警察だ、という説明など、一切なしに入ってきたと言う。

 家族は、てっきり強盗だと思ったと言う。

 窓が割れたような音が聞こえ、ベッドから抜け出し、階段を下りてきた兄は、右胸を捜査員に撃たれた。

 倒れた兄は、殴られるなどして、路上に引きずり出される。その後も、暴行にあいながら、警察の車に乗せられた。

 弟もこのとき、手錠をかけられ、同時に連れて行かれた。

 母や父も怪我をおったようだった。

 兄は、殺されるかもしれない、と思ったと言う。

 これまでの報道では、警察側は250人の捜査員を導入して、化学兵器を探していた。家の中はめちゃくちゃになった。現在のところ、何も見つからず、結局兄弟は釈放された。

 ブレア首相はこの捜査を101%支持する、と述べていた。

 捜査は、「信頼性の非常に高い」情報によるもの、とこれまで説明されているが、兄弟・家族は、何故拘束されたのか、撃たれたのか、全く説明を受けていない。

 「自分はこの国で生まれ、ここで育った。何の悪いこともしていない。このコミュニティーを愛している。なのに、何故・・・?」兄が悔しそうに言った。「首相の息子と僕は同じ23歳だった」というところで、ジーンとしてしまった。違いは、一方が白人で一方がアジア人・ムスリムであることだ。

 見た限りでは、この捜査は大失敗だった。7・7ロンドンテロ以降、たくさんの捜査があって、ほとんどが成功しているのかもしれないが、失敗もあろう。今回は失敗ということでいいのだろうか?

 どんな「非常に信頼性の高い情報」があったというのだろうか?

 警察側は通常、情報の筋に関しては一切コメントしない(正式には)ことになっているだろうが、今回に限り、かなりの透明性が要求されている。

 ロンドンテロの後で、7月21日、無実のブラジル人男性が、自爆テロ犯と間違われて、電車内で射殺されている。一体何が起きたのか、独立調査委員会の報告書は、そろそろ事件後から1年になるのに、まだ出ていない。誰を守ろうとしているのか?

 「いつでも、誰でも、自分でも、捕まるかも・・・。そんな思いが強い」と、私が会ったムスリムの人は言っていた。「こんなひげをはやしているから、信心深くなったから・・そんな理由で警察に通報されてはたまらない」。

 兄弟は、今回の捜査・襲撃に関わった人たちが、法の裁きを受けること、正義が行われるのを望んでいる、といった。

 「賠償を求めるつもりか?」と何度も聞かれ、「お金は問題じゃない」「お金のことは、ほとんど考えていない」と兄、弟がそれぞれに答えた。報道陣は、納得がいかないらしく、この質問を繰り返していた。

 「警視庁トップのイアン・ブレア氏が辞任するべきだと思うか?」この質問も、よく出た。

 「今回の発砲や捜査に関わった人は責任をとるべきだ」「説明や謝罪が欲しい」と兄弟は繰り返した。

 当局からの、何らかの謝罪なしでは済まされない状況になってきた。そうすると、ブレア英首相とか、今後のテロ捜査とかに、どのような影響があるのだろう?

 今回、無実の人たちにひどいことがなされたが、去年のテロの実行犯たちのことを考えると、捜査はどうすればいいのか、とも思う。兄弟達も、テロ捜査そのもの、あるいは警察全体を批判しているわけではなく、むしろ支持しており、弟の方は、かつては警察官になりたいと思っていた、という場面もあった。

 無実の人たちが怒り、悲しみ、傷つく中で、一方では、去年のように、ひっそりと自爆テロを計画し、実行しつつあった人もいる・いた。なんという皮肉だろう。



 
by polimediauk | 2006-06-13 21:40 | 英国事情