エコノミスト、元編集長エモット氏 これまでを振り返る
「失敗はある」
英週刊誌のエコノミスト。どことなく、えらそうにしているなあと思うこともあるが、「こんな細かいところまでウオッチングしてたのか!」と驚く記事もあって、ここ数年目を通すようになった。
「どことなくえらそうに」というのは、私が感じていただけではなく、英ガーディアン紙のコラムニストが書いていた(探せばあるのだが今手元にない)のを読み、なるほどなあと思ったものだ。エコノミストの記者の一人に、ガーディアンの記事の件を話すと、「分かりますよ、言っている意味は」と、苦笑いされた。「さて、今週は世界をどうやって(読者に)提示しようか」、という感じで編集会議が進むのだそうだ。つまり、世界情勢を料理するのはエコノミストで、どうやって解釈するかを読者に教える、と。
英ジャーナリストのアンドリュー・マー氏。2003年11月のあるメディアの会議で、「エコノミストにいたときに、言われたのは、ものごとを『短く要約して、それを誇張しろ』ということだった」。
「さて、今週は世界をどうやって(読者に)提示しようか」ーーこれも一つのジャーナリズムの手法であろう。もしエコノミストの分析が「違う」と思えば無視すればいいだけだ。
一方、遊び心に富んだ感じもある。特に、表紙及び中の記事の見出しが、タブロイド紙顔負けの駄洒落、皮肉、言葉遊びがいっぱいだ。
2002年ごろのある表紙で、能の面から涙が出ている図があって、「The sadness in Japan」(正確な題名ではないかもしれない)と書かれていた。私は日本から来たばかりで、日本のことを「他人に言われたくはない!」という思いも強く、いやだなあと思ったものだった。

今年3月で退任したが、長い間エコノミストの編集長だったのが、ビル・エモット氏。「ブライア」は自分でも最も気に入っている表紙の1つだという。今は作家になっている。
エモット氏は、日本に詳しく、数冊の本も出版している。かつて、エコノミストの東京特派員、支局長だったのだ。
1980年代後半、東京のポストがあいて、「誰か行く人は?」と編集部で募ったところ、「全く知らないところに行って見たい」と思い、手を挙げたという。日本に関する知識が特にあったわけではなく、全く異なる文化の国で生きてみたいと思ったのがきっかけだという。そして、「いっぺんに魅了された」。
「何故魅了されたのか?」私はエモット氏に直接何度か聞いてみたが、答えは赴任した後に魅了された・・という話以上に分からなかった。編集長だったときに部屋に取材で訪れたところ、表紙がたくさん飾ってあって、表紙の文句を考えることを楽しみとしていることが分かった。
現在は、日本と中国に関する本を書いているそうだ。「今はまだ調査中。だから詳しいことはまだいえない」。
月刊誌「潮」に寄稿しているということなので、日本にいる方のほうが、エモット氏の論説に詳しいかと思う。
先月になるが、在英海外記者が所属するクラブの一つ、「フロントライン・クラブ」で、エモット氏は一問一答形式のイベントに出た。
集まった人たちの質問は、「何故イラク戦争開戦を支持したのか?」に集中した。エコノミストは開戦を支持し、エモット氏自身、かねてから、「かなりの読者を失った」と述べていた。戦争支持や住宅価格のバブルの予想など、「間違えることもある」としていたのが、印象的だった。
エモット氏の若干の情報だが(詳細は www.billemmott.comに経歴などがある)、氏はエコノミストの第15代編集長。今年3月末で、49歳になる直前に辞職。編集長だった13年間で、発行部数を50万部から100万部に増やした。歴代の中で、第2番目に長い編集長。6冊の本を書き、そのうちで4冊は日本に関するものだった。(読売新聞の記事によると、氏はロンドン西郊外生まれ。父は会計士。当時の保守党政権が設けていた政府の学費補助制度の難関試験にパスし、学費の高い私立校からオックスフォード大学に進んだ。36歳で編集長に。)
―編集長だったときの大きな失敗は?
エモット氏: 石油価格の暴落と住宅価格バブルの崩壊だ。間違うこともある。もし石油価格が暴落としたらどうなるか、という「もし」という記事だったが、エコノミストの読者は、予言をした、と思っただろうと思う。結局、違う方向に物事は進んだ。住宅価格の暴落も、いつかは起きる、いつまでも上昇し続けるとは思うな、という分析だったが、当たらなかった。オーストラリアでは下がったのだが(苦笑)。
―エコノミストは、何故「新聞・ニューズペーパー」と定義しているのか?
エモット氏; 一言で言うと、これまでの編集長が全員怠惰だからだ。どの編集長も惰性で変えなかった。また、会社がエコノミスト・ニューズペーパー・リミテッドとなっている。それと、昔、アメリカのニュース雑誌に対抗するため、エコノミストは「ニュースペーパーだ」、と言った人がいて、そのままになっていた。自分がインタビューを受ける時は、エコノミストは雑誌だと言うこともある。(私が過去にインタビューしたときは、「ニューズペーパー」というのは、どんな形、例えば雑誌の形、でもいいではないか、決まった形はない、と言っていたが。)
―英国のコラムニストたちは悲観的なトーンで自分の意見を述べることが多い。エコノミストからは楽観的な論調を感じるが、これはあたっているだろうか?
エモット氏; 楽観的というのはあたっている。私がいなくなった今、エコノミストはもっと楽観的になっていると思う。
理由は、一つには、基本的なアプローチとして、物事に対して合理的なアプローチを取っている点があげられる。物事のすべての側面を見ようとする。合理的な解決に対する信頼感がある。長い目で見れば、人は合理的な行動をするだろう、という考えだ。
また、論評記事と事実のレポート記事、という2つの流れがあるとすると、エコノミストは常にレポートを重要視してきた。こうした記事では、事実は何なのか、結論は、そしてあなたはこれとこれをするべきだ、というのが論旨の展開になる。エコノミストの記事は、解決策を提供しようとする。あなたには、現状を変えるために、5つのことが出来る、と。したがって、結局、楽観的な見方になるといえる。
―エコノミストの政党支持は正しいものだったと思うか?
エモット氏;エコノミストは長年保守党を支持してきたが、私の間違いは、(1990年代後半)、(後に首相となる)ジョン・メージャーを候補者として支持したことだ。保守党の中では、可能な選択の中でのベストだった。1997年の総選挙でメージャーを支持したのは、論理的な要素を見る限り、完全だった。(労働党党首の)ブレアはメージャーのポリシーを引き継ぐと言ったきりで、詳細は明らかにしていなかった。何故当時あまり知らない政治家だったブレアを信じるべきなのか?メージャーならどんな政治家か知っていたので、支持した。
―政権取得当時から比べると、ブレアは「ニュー・レーバー」よりさらに左になったと思うか?
エモット氏; あまり変わっていないと思う。ジャーナリストは政治家を好まないのが常だが、ブレアが言ったサードウエーとか、ニュー・レイバーとかを、疑念を持ってみていた。つまり、ニューレーバーの人の言うことはいつも一貫していなかった。国民健康保険を改革するなどと言っていたが、論旨が納得できなかった。
それでも、選択をするとしたら、労働党政権になってからは、ブレアがベストだと思った。選ばなければならないとしたら、その中では一番いい、と。
―デビッド・キャメロンが保守党の党首になってからは、支持を労働党より伸ばしているが、保守党はイメージを変えたと思うか?
エモット氏; スピン(注;政党のメディア戦略を実質的に意味する)が作り出したものだ。キャメロンは分別があって、自分が知っている領域、例えば環境などで闘う。ただ、保守党全体がキャメロンのやり方に同意するかどうかは分からない。世論調査の結果もまだ納得できる段階ではない。ブレアはキャメロンが自分と瓜二つである様子に驚いていると思う。
―次期首相と言われる、現在蔵相のゴードン・ブラウンに関してはどう思うか?
エモット氏; その力量に賞賛するが、一方では嘆いてもいる。現状に関して明確な把握をしている政治家だ。経済政策もいい。中央銀行を独立させるなど。しかし、税金のコードとか、いろいろ複雑にしている。小さな変更をしている。特定のグループの選挙民を満足させるためだ。これは必ずしもいいとはいえない。
―ブレア時代をどう定義するか?
エモット氏: ブレアの時代は、保守党の遺産の整理統合の時期だったと思う。ブレアは革新的な政治家ではなく、整理をした人。欧州問題とイラクでは、失敗した理想家だ。イラクでは大志を抱く理想家で、欧州では大志を抱かない理想家。辞任後は、メディアでの扱いも良くなると思う。クリントン元米大統領のようになるのではないか。ただ、ゴードン・ブラウンが次の総選挙で、労働党党首として保守党と闘うことになるのは確かだ。
―ブラウンの、首相としての力量はどうか?
エモット氏: 判断が難しい。トップとNO2とでは、仕事が違う。恐らく、すべてをコントロールしようとするだろう。選挙に強い人ではない。反スピンだし、キャンペーンがいいことであると分かってはいても、選挙戦のイメージ作りに力を入れるのをよし、としないだろう。若いキャメロンは逆だ。ブラウンはポピュラリズムを嫌う。経済はもうそれほど良くない。ドイツやフランスよりいいとはいえない。成長率が低くなっている。出来ることは少ない。
―EU及びユーロに関してはどう思うか?
エモット氏; ユーロを支持するが、英国が導入することには反対だ。ユーロ参加は義務であるべきではない。導入で経済効果があるかどうかと、導入への政治的意思が必要。英国には政治的意思がない。
EUは今度どんどん大きくなるだろう。10-15年後にはトルコが入り、20年後にはウクライナが入る可能性もある。大きくなり、深化する。
―エコノミストは、イラク開戦を支持し、大分批判されたようだが?
エモット氏; 確かにそうだ。開戦をするという決定を今でも支持するが、その結果を非難する。エコノミストは、開戦後3年経ってもこの程度だということを、知っているべきだった。開戦前には、大量破壊兵器が実質上なかったことやフセインの意志がどうなのかが、分からなかった。
―破壊兵器がなかったこと、フセインがはったりをきかせていたことなどを予期するべきだったのではないか?
エモット氏: 予期するべきだったかどうか?うーん・・・。考慮にたる質問だが、事前には知りえなかったと思う。
―ブレア氏は、フセインが大量破壊兵器を使う可能性がある、大量破壊兵器があるなど、嘘をついていたと思うか?
エモット氏; 自分が真実だと思うことを伝えるためにフィクションが描いて見せたのだと思う。ブレアは、嘘によって真実を表現したと信じた。諜報情報から判断して、嘘(大量破壊兵器の差し迫る脅威があること)が真実を反映すると思ったのだと思う。
私がもしフセインが大量破壊兵器を持っていなかったことを事前に知っていたら、開戦に反対shしていたか?(例えなくても)、それでも彼がほうっておけない独裁者だったことは確かだ。
―9・11・2001のエッセーで、米国が民主主義を世界中に広めるべき、と書いていたが、現在でも米国は善だと思うか?
エモット氏; そう思う。米国はこれからも世界中で干渉し続けるだろう。そうすべきだと書いたのは、世界は米国による一極主義ではないと思うからだ。今後15年間は、世界中の紛争地域で、米国が民主主義を広める、という流れが続くと思う。
米国に限らず、どこの国でもその力を乱用したことはある。アメリカは世界の唯一のヘゲモニーではない。1950年代はそうだったかもしれないが。西欧や日本が米国との差を減少させた。米国は今はリードしているけれど、ギャップはこれからも縮まる。インドや中国も力をつけている。
―前イタリア首相ベルルスコーニ氏をかなり批判していたが?
エモット氏;まず、何故彼がそもそも政権をとれたのかを反省するべきだ。権力の乱用者、資本主義の乱用者で、ビジネスと政治の乱用者だった。メディアの支配もしていたのだから、批判する価値があった。
―日本と中国に関する本を書いているそうだが?
エモット氏; 歴史をみると、東アジアに1つのパワーが長いことあった例はない。中国がいて、日本がいて、第2次世界大戦があった。戦後、日本は立ち上がった。初めて2つのスーパーパワーができた。日本と中国の覇権争いが起きている。
―イラクの先行きは?
エモット氏;トラブルが続くだろう。セキュリティーが悪い。
―何故イラク戦争を支持したのか?ちゃんと調査したのか?米国の読者を喜ばせるためか?
エモット氏; 米国の読者を考えたわけではない。さまざまな専門家から話を聞き、結論付けた。
―様々な人が記事を書いているが、文章に統一感がある理由は?
エモット氏; ジャーナリストが無記名で書くからだと思う。
―どうやって部数を増やしたのか?
エモット氏; グローバリゼーションで、マーケットニーズが高まったことが理由だ。多くの人が世界の情勢分析を知りたがる。国内メディアがもっとローカルな話題を扱うようになったのも幸いだった。英語の媒体であったことも利点だ。
教育が進み、知的な読者の数が世界的に増えている。英国での読者は15万ほどだが、世界中ではもっと多い。
―表紙の見出しをつけていたそうだが、最も気に入っている見出しは?
エモット氏;「ブライアBliar」だ。現政権から紙面に関して苦情を受けたことはないが、前に、メージャー政権下で、教育問題の記事を出したときに、政府の担当者から苦情の電話があった。
―どんな人が読者か?
エモット氏; 教育を受けた、国際的分野に興味のある人。おおむね高収入だが、まあ、いろいろだ。年齢は他の同系統の雑誌より若いかもしれない。アメリカでは平均年齢は38歳。エコノミストの社会的リベラリズムが若者に訴えるのではないか。