小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

EU嫌いは、メディアのせい?:ドネリー氏インタビュー


国民投票まであと一年

 ウクライナ、トルコなど、欧州連合(EU)加盟に熱い思いを寄せる国がいるかと思うと、既に加盟しているのにEU熱がかなり低いのがイギリスだ。

 25カ国に拡大したEUの新たな基本条約となるEU憲法の各国での批准が、スペイン(2月)を筆頭に進んでいくが、2006年に予定されるイギリスでの国民投票は、否決されるという見方が、現時点では強い。

 左派系シンクタンクのフェデラル・トラストのディレクター、ブレンダン・ドネリー氏は、英国民の反EU感情にはメディアの影響が大きいと言う。

 イギリスでの国民投票の詳細な日程の発表が一両日に迫る中、「偏向」メディア報道の原因と今後の英政界の動きを聞いてみた。

―イギリス国民はEU憲法の国民投票を否決するのでは、と見られている。要因は?

 まず、EUに対する報道が偏向している状況があると思う。必要な情報が不足し、常に否定的な文脈で書かれていると思う。わざと誇張したり事実を捻じ曲げたりしている。

―何故そうなっているのか。

 様々な理由がある。1つには、イギリスのマスコミは情報の伝達よりも娯楽報道に関心を持っていると思う。ヨーロッパ人、(EU委員会の本部がある)ブリュッセルに住む人々、欧州議員たちを面白おかしく戯画化して書く。センセーショナルなネタがあったら、これに飛びつく傾向がある。

 2つめは、政治上の理由だ。イギリスで影響力をもつ大手の新聞は、EUに対して敵意を抱いていると思う。 タイムズ紙のように、新聞の所有者がオーストラリアやアメリカなど、イギリス以外の地域に関心がある場合もある。政治的に右派なので反EUの姿勢をとる新聞もある。イギリスでは右派は反EUだからだ。

―「政治的に右派なので反EU」というのは、高級紙で発行部数が最大のデーリー・テレグラフの事か?

 そうだ。他には、タブロイド紙のサン、デーリー・エクスプレス、デーリー・メールもそうだ。親欧州の新聞はあまり多くないが、ガーディアン、フィナンシャル・タイムズ、インディペンデントなどが該当するだろう。

 タイムズは反欧州だが、この姿勢が表立って出ないように非常に注意深い報道をしている。

 第3番目には、国民が欧州機関に関してあまりなじみがない、という要素がある。欧州議会と欧州委員会の関連性などが十分に理解されていない。知ろうという強い欲求も国民の側にないようだ。イギリスのEU報道は、こうした国民の姿勢を反映している、とも言える。

―無理解、偏った報道はいつ頃からか?

 1980年代半ば頃からだと思う。(当時の)サッチャー首相は、在任が終わりに近づいた頃に反欧州の姿勢を強め、これが新聞各紙にも反映されるようになった。新聞社側は、一部の読者が、反欧州の記事を読みたがっていることに気づき、それに沿った記事を提供するようになった。

 反ドイツ感情も、最近は高まる一方のように思う。第2次世界大戦が終わってから60年が経っているというのに、(かつての敵だった)ドイツに対する感情は、30年前と比べても、今のほうが悪い。

 例えば、30年前だったら、新聞でドイツ人に対する人種差別的な記事が出ると、「そんなことを言ってはいけない。政治的に正しくない」といえる雰囲気があった。今は、何でも笑いの種として扱う。この点に若干の悪意、敵意を感じ、非常に気になっている。(注:コメディー「フォルティー・タワーズ」の中で、主人公がドイツ人を茶化すというエピソードは有名。「(ドイツ人の前では)戦争の話はしちゃだめ」といいながら、主人公がナチスドイツの兵隊のように歩く。昨年秋、来英したドイツ人の政府高官が「こうしたジョークはもうやめて欲しい」と発言すると、「ドイツ人は冗談が分からない」という意見が英各紙で相次いだ。)

―イギリス人は、フランス人に対してはどういう感情を抱いているのか?

 フランス的ものに対する一種の懐疑の念を常に抱いていたと思う。しかし敵意は少なく、どちらかというと欧州の中の兄弟に対するライバル心のようなものだと思う。

 また、多くのイギリス人がフランスで休暇を過ごす。フランスは、何かしら美徳を持つ国、料理がおいしい、太陽が降り注ぎ、ロマンスが一杯・・・というイメージがある。ドイツは常につまらない国というイメージで、良い点は時間を正確に守る、効率性といった部分だが、こうした特質は好意的に見られていない。ステレオタイプはどこの国でもあるだろうが。

 また、サッチャー氏は反ドイツ主義者だったが、この国の様々な議論は、サッチャー元首相の政策、発言などを反映したものが多い。まるで、フロイトのような、ある心理的影響をイギリス国民にもたらしたと思う。

―何故サッチャー元首相の影響がそれほど大きかったのか。

 サッチャー氏の首相在任は10年だったが、この間、マスコミが巨大になった点があると思う。 1980年代、イギリスのテレビのチャンネルと言えば、4つだけ。全国紙も6紙ほどだった。

 1990年、サッチャー氏が首相の座を去った時には、マスコミの世界は様変わりしていた。発行されている新聞数も増え、ニュース専門のテレビ局や新しいラジオ局もできた。サッチャー氏は、リアルタイムでニュースが報道され出した時代の初めてのイギリスの首相だった。この結果、国民のものの考え方に大きな影響を及ぼすことができたのだと思う。

―現在のブレア首相はどうか?欧州政策に力を入れていると思うか?

 言葉の使い方、政策、全ての面において、欧州派だとは思わない。

 ブレア氏は、様々な勢力が同時発生している状況を眺めて、「さて自分はどのように反応するべきか?」と考える。「どうやって世界を形づくってゆくべきか?」という発想をしない。

 1960年代、(リチャード・オースティン)バトラーという有名な政治家がいた。「可能性の技術」(アート・オブ・ザ・ポシブル)という自伝を書いた。「可能なことばかりに関心を示したが、物事を可能にすることに関心がなかった」と、死後批判が相次いだ。

 私が思うに、サッチャー氏は、物事を可能にすることに関心があったと思う。ブレア氏は、バトラー氏のように、可能なことに関心がある人物のように見える。特に、選挙に関連した「可能なこと」、に。ブレア氏にとって、「次の選挙で誰が自分に投票してくれるだろうか?」が最重要事項なのだ。

―では、ブレア氏は「反欧州」だろうか?
 
 そうは思わない。若いときにフランスで勉学もしている。個人的には親欧州なのだと思う。また、1997年の総選挙で保守党が敗れ政権を失った時、保守党は欧州に対して消極的な姿勢をとっていたので、政権党と差をつけるために労働党党首のブレア氏は、欧州積極姿勢を明確に出していた。

 私は当時保守党の欧州議会議員(1994年―1999年)だったが、ブレア氏が首相に就任したニュースを非常にうれしく思ったものだ。ブレア氏なら、欧州重視の政策を実行してくれるだろうと思ったからだ。

 しかし、首相となったブレア氏は、反欧州という強い流れが国民感情及びメディアの中にあることにすぐ気づいた。そこで、国民やメディアの声に逆らって親欧州という姿勢を出してゆくわけにはいかなくなった。

 ブレア首相の政治スタイルの批判の典型は、「こんなことを言ったら、誰かを侮辱することになるかもしれない、誰も侮辱しないようにはどうするか?」を常に気にかけている。例外もある。イラク開戦までの過程では、逆だった。しかし、他の多くのケースでは、特に欧州問題に関しては、ブレア氏は、「誰も侮辱したくない」政治家、と言えるだろう。

 現在では、心から失望している。

―保守党の中でも、親日派のマイケル・へーゼルタイン議員など、欧州推進派がいると聞いているが。

 数は少なくなっていると思う。

―何故、かつて保守党員だったのに、欧州推進派だったのか?

 保守党が常に反欧州の党だったわけではない。イギリスがEUに加盟したのは1970年代、保守党政権時代だったのがその証拠だ。保守党も労働党も欧州に対する姿勢を変えている。1970年代、労働党は反欧州で、保守党は親欧州。30年後の現在、全く逆になった。

 ブレア氏にとって、「野党保守党は反欧州である」、と定義づけすることは都合がいい。 しかし、自分自身では欧州政策を進めようとしていない。ブレア氏は欧州推進派ではなく、反・反欧州派だと思う。

(続く。)
by polimediauk | 2005-01-25 08:18 | 政治とメディア