小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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EU憲法国民投票とメディア:ドネリー氏インタビュー2


偏向メディア報道は変わるか?

 欧州推進派シンクタンク「フェデラル・トラスト」のブレンダン・ドネリー代表によると、イギリスのEU報道は偏向している。

 では、国民の側のEU感情はどうなのか?今後の政治の動きはどうなるのか?を聞いて見た。

―EUに対するイギリスの国民感情をどう見るか。

 国民の意見は分かれていると思う。EUに対する不快感を多くの人が持っている。しかし、統一された意見が存在しない場合、そのいわば真空・空白状態を他の何かが埋めることがある。イギリスがEUから脱退することを望む極右派の英国独立党が昨年6月の欧州議会選挙で躍進したのも、ブレア政権がEUに関する国民の意見を統一することができないでいるためにできてしまった政治的空白を、埋めたのだと思う。

 誤解も多い。国民の大部分はEUからの脱退論を支持しないが、EUの規則や責任に縛られたくない、とも思っている。イギリスの主権を守るべきだ、権利を守るべきだ、と思っている。しかし、EUには加盟していたいが、EUの規則に縛られたくない、という論理は、結婚はしたいが別々に住みたいと言っているようなものだと思う。

 一方では、もう既に欧州の統合は適切なレベルまで進んでおり、これ以上は必要ない、とする人たちがいる。しかし、人によってどれが適切なレベルなのかの定義が違う。

 EU憲法は、全25加盟国が批准しないと成立しないが、一つの国がさらなる統合に反対したために、EU全体が前に進めない、という状態がいつまでも続くわけがない。将来的にフランスとドイツがより緊密な協力関係を結び、EUの中心になってゆくと思う。

―EU憲法批准のため、イギリスでのイエス票を増やすにはどうするべきか。

 アイデンティティーの問題をどうにかしないといけない。イギリス国民の多くは欧州を、イギリスのアイデンティティーを脅かす存在として見ている。私は逆だと思っている。欧州は、イギリスのアイデンティティーを強化すると思う。

 イギリスはアメリカの一部ではないし、アジアの国でもない。南米の国でもない。文化、歴史、その他全ての面で、イギリスがアメリカと違う点は欧州の国であることだ。

 時として、イギリスは欧州とアメリカの中間にいる、といわれることがある。正しくないと思う。歴史的にも地理的に言っても、欧州の方にはるかに近い。

―しかし、EU憲法を批准し、さらに将来的にイギリスがユーロを導入すれば、例えば英イングランド中央銀行が自国の金利を決めることはできなくなってしまう。主権の点から言えば、欧州中央銀行に牛耳られる点に抵抗を感じる人も多いのでは?

 そう考えるのは、エリートだけではないか?大部分の国民がそういったことを考えるとは思えない。それほど細かいところまでは。スコットランドやイングランド北東部に行けば、「英中央銀行がイギリスの金利を決めて、うれしい」という声は殆ど聞かないはずだ。

 ロンドンにいる人にばかり意見を聞いていると、全体で何が起きているかを見逃すことがある。

―イギリスのユーロ導入はあり得るか?

 近い将来は難しいだろうと思う。導入反対論が幅をきかせすぎている。

 (ユーロ推進派の)ブレア首相と(慎重派の)ブラン蔵相との間の、互いに対するライバル心も邪魔をしている。ブラウン蔵相は導入には否定的なようだ。蔵相になる前はブレア氏よりも欧州推進派だったので、やや意外だが。

 イギリスの大蔵省の責任者となり、経済の好転に非常に上手であり、他の誰の手も必要としないという評判が高まったのと、ブレア氏に対するライバル心などがあって、導入否定派になったようだ。

―ユーロ肯定論者の声が小さいようだが。

 一晩で否定的なムードを変えることはできないだろう。しかし、政府が1年でもいいから欧州に対して肯定的なキャンペーン、議論を展開することができるなら、ムードは変わってくる。しかし、こうしたキャンペーンをまだ始めてさえいない。

―政権を支持しているタブロイド紙のサンが、ユーロ導入賛成に回ったら、どうだろうか?

 編集方針に合わないものは載せないだろう。タイムズやデーリーテレグラフはそうするかもしれないが。

 一般的に言って、高級紙は、左派のガーディアンも含めて、時々右派の記事を掲載することがある。高級紙はバランスの取れた新聞であるーということになっているので、少なくとも表面的に両方の意見を掲載しようとするからだ。タイムズはそうするだろうし、テレグラフもそうする。しかし、サンは(ユーロ反対というこれまでの)自分たちの編集方針にはそぐわない記事は載せないだろう。

 国民の気持ちを変えようと思うならば、時間をかけることだ。決意、エネルギー、長期にわたるキャンペーンが必要となる。政治家が演説を一度行い、それで国民の意見を変えることができる、と思うとしたら、それは間違いだ。

 もしブレア氏が、本当にイギリスにEU憲法を批准し、最終的にはユーロを導入したいならば、これからは違う戦略をとるべきだ。もっと積極的、はるかに率直で、EUに関して肯定的なものになるべきだ。政府全体にこの戦略を徹底させるべきだ。 ブレア氏が欧州を好意的に話した後でブラウン蔵相が否定的に話すといった、これまでのパターンが繰り返されないようにするべきだ。

―イギリスがユーロを導入するには、5つの経済テストに合格すること、という条件を政府はつけたが、どう見るか。

 これを単純に「経済テスト」と見れば、議論の肝心な部分を見落とすと思う。ユーロ圏への参加は、純粋な経済問題ではないからだ。

 5つの経済テスト自体もおかしい。テスト全体は、「ユーロ導入がイギリスの経済に恩恵をもたらすかどうか?」を聞いていることになるが、例えば、テストのうちの一つが、金融界への影響だ。何故製造業では駄目なのか?外国企業の投資もテストの1つだが、ユーロに入っていようがいまいが、投資には関係ないという説もある。

 全ては政治的決断にかかっている。経済ではない。 政治的に環境が整えば、ユーロ参加もありうると思う。

 政治的統合に対する国民の反感が強いイギリスでは、ユーロ導入は経済でなく政治的決断だという真実を言わない方が政治家にとっては都合が良いから、誰も何も言わない。メディアも、こうした文脈からはあまり報道しない。

―総選挙が5月に予定されている。保守党の政権奪回の可能性をどう見るか。

 保守党は200年以上の歴史があるが、常に社会の様々な層の人々を代表してきた。こうした人々を結び付けてきたのは、既存の社会的合意を維持することを支持する、という点だった。

 20世紀前半、保守党には穏やかな保守主義と穏やかな自由経済主義とが共存していた。サッチャー氏の首相在任時代、これが極端な自由経済主義者と極端な保守主義になっていった。

 保守党内の均衡は破壊されてしまった。保守党は穏健派の政党だったので、いったん党内の均衡が破壊された後でも、イギリス社会の様々な支持層を内包してゆくことができた。しかし、いったん均衡が破壊された後で、再度均衡を築くのは難しい。.これが現在まで続いている。ある保守党支持者を喜ばせるための政策が必ず他の支持者を侮辱することになる、といった事態が起きている。

 保守党は分裂化しつつあると思う。かつて非常に成功した政党でも、党内の分裂の度合いがある程度を越してしまうと、政権をとることはできないと思う。 自分が生きている間、保守党政権はないと見ている。 (この項終わり)

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フェデラル・トラスト(http://www.federaltrust.co.uk/)はロンドンに本拠を置く、1945年創立の左派系独立シンクタンク。欧州におけるイギリスの役割、地方分権、グローバル・ガバナンスなどの調査が中心。政党直結のシンクタンクが幅を利かせるイギリスで、党利党略に捕らわれない欧州政策の提言と調査リポートに定評がある。ドネリー氏は、英外務省、欧州議会、欧州委員会での高級官僚としての勤務の後2003年1月より現職。1994年から1999年までは欧州議会議員。
by polimediauk | 2005-01-25 19:18 | 政治とメディア