小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ロンドン・テロから1年 その1

 イスラエル、レバノン情勢は毎日、こちらではトップニュースだ。コメント欄にも書いたのだが、英テレボ+CNNインターナショナルを見ていると、この問題に関して、世界は米英以外に大きなパワーブローカーがいないかのように報道されている。

 立ち位置を変えて、イラン、シリア、他の中東諸国、フランス、ドイツからみると、全く違うシナリオというか、文脈で物事が語られている可能性は高い。

 ・・・ということで、自分が体験したこと、見えたことに関して、書きたい。1年少し前のロンドン・テロのことだ。

 今年は1周年で様々なセレモニーなどがあったが、1年経って、テロに直接関わらなかった市民の視点からは、やや衝撃度が薄れたような気がした。といっても、実際に報道を見たり、地下鉄などの現場に行ってみると、それなりに強く感じるものはあったのだが。

 地下鉄に乗っていても、何らかの都合で長い間停車していたりなどすると、不安感にかられるようになったのは、私だけではないだろう。地下鉄駅構内の警察官の数も目だって増えた。

 また、地下鉄は冷房がない場合がほとんどなので、車内はむっとしており、昨年のテロでもこんな風に暑かったのかなあ、随分苦しかっただろう、などと思ってしまう。

 衝撃度が薄れた、という理由の1つは、イラクで自爆テロによる被害者数が毎日100人近くある報道が最近続いており、人数の大小は関係ないことは関係ないのだが、それにしても、改めて見渡すと、世界中で多くの人が殺されていることで、つらい思いがする。

 いずれにしろ、ロンドンの地下鉄あるいはバスで、自分やあるいは家族・知人がテロに巻き込まれる可能性は、非常にリアルになったことは確かだ。何が起こるかわからないし、もし起きたら・・ではなく、何時起きるか、と当局が言うのも、感覚的には一理あるように聞こえる。

 しかしまた一方では、テロにあうよりも、交通事故にあう確率の方が、もちろん多いだろう、という現実もある。さらにイスラエルーレバノンの犠牲者を思うと、つらいことばかりだ。

 新聞通信調査会というところが出している、「調査会報8月号」に、テロから1年の英国での議論の流れとメディアの動きを書いた。毎月、中旬から月末頃になると、その月の会報がPDFでダウンロードできるようになっている。 http://www.chosakai.gr.jp/index2.html


 以下は、8月1日付で出た原稿に若干言葉を足したものである。


                ******


ロンドン同時爆破テロから1年
―真相は未だ解明せず

 昨年7月7日、ロンドンの地下鉄とバスで発生した爆破テロは、52人の犠牲者、800人以上の負傷者を出した。実行犯と見られる4人はいずれも自爆で命を落としている。

 全員がイスラム教徒で、3人は英国で生まれ育ったパキスタン系移民二世、1人がジャマイカ生まれで英国に長年住んでいた青年だった。

 9・11米国大規模テロ以降、同様のテロが英国に起きるのは時間の問題とされてきたが、イスラム教過激主義のテロリストと言えば英国の外からやってくるもの、とする漠然とした認識があったため、テロの惨事とともに犯人像が判明すると大きな衝撃が走った。

 テロ発生直後から現在まで、英国民を悩ませてきたのが、「何故?」という部分だ。

 現在までにテロの経緯などに関する調査報告書が3つ出ているが、家族や知人が「どこにでもいる普通の青年」と評する若者たちが、何故どのような過程でテロ行為に走ったのか、肝心の部分は十分に解明されていない。

 もっと正確に言うと、解明された、という思いを多くの国民が抱いていない。(これは小説やドラマなどの形でないと、もしかしたら無理なのかもしれない、と最近思っている。)

 基本的には、イスラム教徒の青年たちが引き起こしたテロ、ということなのだが、これだけで片付けるというわけにも行かない。

 例えば、英国で、今後同種のテロが起きないように、ということで、イスラム教徒のみに適用されるようなテロ根絶策を政府が出した場合、歓迎されないという現状がある。

 また、うっかりイスラム教徒の国民にテロの原因に関して問いかけをすれば、「犯罪人と一緒にしないで欲しい」という答えが返ってくることも多々ある。私自身も、こういう状況を経験した。

 つまり、英国に住むイスラム教徒からすれば、「今回のテロの原因について、テロとは関係のない私たちに聞くなんて、質問すること自体が失礼だ」、と。

 確かに失礼だろうとは思うのだが、それでも、何でもいいからとにかくヒントが欲しいと、わらをも掴む気持ちで知りたがる多くの英国民がいるのも事実なのだ。

 原因究明がスムーズに進まない背景要因と最近目についたメディア報道の具体例を挙げてみたい。

―ビデオの自白

 まず、爆破テロの概略だが、実行犯とされる4人はリーダー格で英国生まれのモハメド・サディク・カーン容疑者(30)と、シェザード・タンウイアー容疑者(22)、ハシブ・フセイン容疑者(18)、そしてジャマイカ生まれで幼少時から英国で暮らしたジャーメイン・リンジー容疑者(19)。

 7月7日朝、爆発物が入ったリュックを抱え、乗車したロンドンの地下鉄3車両、バス1台でそれぞれ自爆テロを発生させた。

 これまでの調べでは、テロ行為を起こす直前、イスラム教過激主義に心酔するようになっていたようだ。カーン容疑者とタンウイアー容疑者は2004年ごろパキスタンを訪れており、国際テロ組織アルカイダのメンバーと接触した可能性があると言われている。

 カーン容疑者は一時補助教員として働いたことがあり、タンウイアー容疑者は英国文化の代名詞の1つとも言われるクリケットを好んでいたという。

―アルジャジーラがビデオを放映

 爆破テロから1周年の前日、犠牲者の家族や生存者にとって衝撃的なビデオが放映された。

 中東の衛星テレビ局アルジャジーラがタンウイアー容疑者のテロ決行前のメッセージが入ったテープを入手し、これを放映したのだ。早速、英メディア各社も再放映した。テープはアルジャジーラに直接届いたものだという。

 この中で、タンウイアー容疑者は、「あなたたちが目撃した(テロ)はいくつもの攻撃の最初で、 イラクやアフガニスタンから軍隊を撤退しない限り、さらに大きな攻撃が続く」と述べた。

 人差し指を振りかざしながら話す様子は、昨年9月、同様の過程で放映されたテープの中の、カーン容疑者のしぐさや言葉遣いとほぼ同一だった。

 タンウイアー容疑者の出演部分は30分のテープの中のごく一部で、他はアルカイダのナンバー2といわれるアイマン・ザワヒリ容疑者などが登場し、カーン容疑者とタンウイアー容疑者がアルカイダの軍事キャンプで訓練を受けた、と主張した。

 英専門家らの間では、容疑者たちがアルカイダの動きにインスピレーションを受けた可能性はあるが、アルカイダからどの程度指令を受けたのか、メンバーなのかどうかは現時点では不明、とする見方が強い。

 アルカイダ自体が巷で思われているほどには組織化されていないという説も根強い。

 しかし、ビデオを見て、容疑者たちがアルカイダのメンバーであると受け取る若者たちが少なからずいる可能性は高い。アルカイダのプロパガンダ戦略を見せ付けられた思いだった。

―「何故」?

 ブレア首相は、テロ発生直後からイスラム教過激主義根絶のための行動を開始している。

 昨年8月の会見では「ゲームのルールは変わっている」と宣言した。より厳しい反テロ策を法案化し、過激主義思想を広めるいくつかのイスラム教団体の存続を禁止する、と述べ、イスラム教団体のトップや指導者らを官邸に呼び、今後を話し合った。

 しかし、ブレア氏のもくろみは思うように進まなかった。

 非合法化するとした団体は名称が変わっただけで今でも存続している。新たなテロ法は今年4月施行されたが、当初、首相はテロ容疑者の起訴前の拘束期間を現行の14日間から90日間に延長することを望んだが、人権侵害の恐れがあるとする議員からの反対にあい、28日間に削減された。テロをほめたたえるような発言を取り締まる条項は入ったものの、思想統制になると人権団体から大きな非難をあびた。

 これまで協力関係にあったイスラム教指導者らとのきしみも表面化した。

 昨年のテロ発生直後の記者会見では、ブレア首相は、国内のイスラム教徒たちを刺激しないようにという配慮から、「多くのイスラム教徒たちは法を遵守する市民であり、ともに今回のテロを非難している」と語りかけていた。

 ところが今年7月4日の下院連絡調整委員会では、「穏健イスラム教徒たちは、過激思想を持つイスラム教徒に対してもっと厳しくあたるべきだ。政府がイスラム教社会の過激主義を根絶することはできないのだから」、と述べ、イスラム教団体から批判を浴びた。

 何故批判を浴びたかというと、「一緒にやっていこう」というのが1年前のメッセージだとすると、今回は、「あなたたちがどうにかしなさい。あなたたちの責任だ」、と問題を押し付けられたように聞こえたからだ。

 また、実行犯の1人カーン容疑者は自爆テロ用ビデオの中で、英政府のイラクへの武力侵攻など外交政策を痛烈に批判していたが、ブレア首相は、西欧が世界中のムスリムを犠牲にしている、などとする考えに、イスラム教指導者らが強く反駁せず、むしろ一種の同感を持っている、と指摘して、これもまた指導者批判として受け止められた。

 「こうした考えは間違っている、イデオロギーが非常におかしい、と相手にはっきりと言うべきだ」、とブレア首相は述べていた。つまり、「はっきり言わないあなたたちが悪いのだ」、と暗に言っているようだった。

 さらに、犠牲者の遺族やイスラム教団体の一部は、7・7テロの原因究明のための独立調査を開始するよう望んでいるが、これに対し、首相は、「テロの危険が差し迫っている現在、警察や情報機関がテロを防ぐことに全力をつくすことが重要」、として退けた。

 ブレア政権と緊密な協力関係にあった英ムスリム評議会の前事務局長のイクバル・サクレーン氏は、ブレア氏が独立調査の開始を「たいした理由もなく拒否している」と批判。

 「イスラム教徒のコミュニティーが望んでいる独立調査を拒否したことで、不信感が広がっている。政府側に何か隠すところがあって、調査をしないのではと見られている」。

 「私たちは、ロンドンテロの教訓を得たい。何がどのように、そして何故起きたのかを知りたいのだ。まだ答えはでていない」。

 イスラム教徒の国会議員サディク・カーン氏もブレア首相に批判的だ。

 イスラム教指導者側は64の推奨事項を政府に提言したが、実行されたのは3つだけだったという。「イスラム教指導者を相談と対話のために丘に登らせておいた後で、手ぶらで丘を下らせたようなものだ」。

 「現在、イスラム教徒の中には、以前よりももっと疎外感を抱いている者もいると思う」。

 疎外感がクローズアップされたのは、6月上旬東ロンドンで起きた事件だった。

 数人の警察官がバングラデシュからの移民2世の兄弟の自宅を捜査したのだが、この過程で発砲し、兄が胸を撃ち抜かれた。

 「信頼のおける筋からの情報」で化学兵器を探していた、と警察は説明したが、兄弟の自宅前には大きな白いテントが設置され、100人以上の捜査官が家とテントを出たり入ったりした。結局、化学兵器は見つからなかった。兄弟は涙ながらの会見を開き、警察に謝罪を求めた。

 この事件は、イスラム教徒の国民の7・7テロ後の治安に対する不安感、警察に対する不信感を募らせる、象徴的出来事のように見えた。

 兄弟の釈放から10日ほどたって行われた地元での抗議デモには、地元以外からの参加者も含めた約1000人の姿があった。(続く)
by polimediauk | 2006-08-04 06:28 | 英国事情