小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

BBC経営委員長がITVへ


(一週間オランダに行って、総選挙の様子を見てきました。ソマリアからの移民でオランダの下院議員にまでなった、アヤーン・ヒルシ・アリ氏がきっかけで、内閣崩壊に至ったという事情があり、移民問題の衝撃はどうか、と思ったのですが、選挙では移民はそれほど大きなテーマにはなっていませんでした。もう議論し尽くした、という話があり、ヒルシ・アリ氏のような人やイスラム教徒に殺害されてしまったテオ・ファン・ゴッホのような人がいなくなった、というせいもあってか、鋭いイスラム教批判をする人が、前に比べてはいなくなった、少なくなった感じです。とはいえ、極右といわれるウイルダース議員の率いる政党が150議席のうち、9議席を取りました。ヒルシ・アリ氏はゴッホ氏の「服従」というイスラム教を批判した短編の脚本を書いた人。ゴッホ氏の殺害は、表現の自由という意味で、さらにイスラム教移民対ホスト社会という意味で非常に大きく象徴的な事件でしたが、とうとう内閣まで崩壊させるきっかけを作ったという意味で、もう1つの影響があった事件ともいえます。)

 先ほどBBCのウエブサイト見ていて、非常に驚いてしまった。

 BBCの会長(経営委員長と訳す場合のあるのだが。チェアマンであるが。)マイケル・グレード氏が、放送業者としてはライバルとなる、民間のITVに移ることになったというニューース。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/6189994.stm

 グレード氏は、BBCの改革の顔で、2003年から2004年にかけて、「デビッド・ケリー事件」というのがあって、イラク戦争開戦理由に関するBBC報道を巡って、報道の情報源となったケリー博士が自殺し、BBCはトップ2人が引責辞任した。

 心機一転で、民間のテレビ会社チャンネル4のトップだった、マーク・トンプソン氏が社長になり、かつてチャンネル4にいて、当時は退職していたグレード氏がチェアマンに。改革を旗印に物事を進めてきたはずだったが。

 特に、今、BBCはライセンス料値上げ交渉の最中。これを最後までに見ずに、出ることになる。来年の1月1日からITVに移る。

 グレード氏はITVにもいたことがある。最近、ITVは経営が厳しくなっており、広告主を集めるのが困難になっていたという。

 衛星放送のBSKYBがTVの株を最近約18%買い、将来がさらにあやうくなっていた、と業界関係者は見る。

 グレード氏だったら、ITVを立ち直らせることができる、ということが表向きの理由(BBCウエブサイト)だが、それにしても、今まで、いかにも「BBCが一番」という感じだったので、「BBC以外に重要な事を見つけた」、「それがITVだった」ということなのだろうか?「もっとお金が欲しいから」ということもあるだろうな。

 元チャンネル4のトップのトンプソン氏も、「BBCの社長職に立候補しないのか?」と聞かれ、「全然考えていない」と答えていたものだったが。(実は既に、あるいは数日後に応募していた。)

 それにしても、英国民は、自分たちが払ったライセンス料の使われ方にかなり厳しい。結局のところ、グレード氏は道半ばにして、BBCを去ったわけで、新たに作るという「BBCトラスト」という経営委員会の長になる予定でもあったので、ますます「仕事をほっぽりだして」、民間企業に行った、という風に受け取られる可能性は高いだろう。

 国民の期待、愛情が深いBBCだからこそ、「BBCを捨てて、民間の会社に」というのは、「うーん」と思うはずだ。逆のケースだったら、えらい!ということになるのかもしれないが。

 前のBBCの社長でグレッグ・ダイク氏という人がいるが、彼は、オーストラリア出身のメディア王ルパート・マードック氏が英テレビ界で力を広げることを何としても阻止しようとしたくだりを著書で書いていた。

 BSKYBのトップはマードック氏の息子だ。やはり、何としてもマードック勢の勢力拡大を少なくしたい、という非マードック側の思いもあるのだろうか、今回のグレード氏の移転は?

 とにかく、とても驚いた。英メディアの明日の論評を待つことにする。
by polimediauk | 2006-11-28 08:28 | 放送業界