小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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官邸会見は朝の11時から


公式会見、何故出るの?

 ロンドンの外国プレス協会では、毎週3回(月曜、火曜、木曜)午前11時から、英首相官邸の会見・ブリーフィングが開かれている。

 重厚な黒いドアを押して建物の中に入り、ダーク・ブルーの絨毯が敷き詰められたらせん階段を上ってゆくと、左手に「音楽室」と呼ばれる部屋がある。様々な団体の会見場として使われている。

 部屋に入ると、左側に60-70ほどの椅子が並べられ、演台が右手に作られている。会場が込み出すのは10時50分頃。

 イギリスの通信社PAの政治記者で、英ロビー記者会の幹事となっているジョン・スミス記者が一番前の席の右手に座る。テレビでよく見かける政治記者たちが前列に座ることが多いが、特に誰がどこに座るかは決まっていない。

 後ろの席に座ることが多いのが、ガーディアン紙の政治記者マイケル・ホワイト氏だ。よく通る声で、コメントを述べたり、質問したりする。

 11時きっかりになると、官邸広報官がブリーフィングを開始する。その週、あるいはその日に内閣のメンバーがどこでどんなスピーチをするのか、誰と会うのかなどを説明して行く。

 このブリーフィングで明らかにされる情報は、その日の朝までに官邸に集められた情報で、朝9時半頃、それぞれの政府の部署のプレス担当者たちなどが一同に集まり、情報交換をして得られたものを基にしているという。

 プレス協会でブリーフィングをする官邸広報官の言葉が聞き取れないとき、聞いている内外の記者たちは、「どこで開催されるのか?」「もう一度、言って欲しい」など、適宜、聞き返す。

 質疑応答に入ると、説明された今週の予定などのトピック以外にも、記者たちは自由に聞きたいことを聞く。

 昨日(1月31日)のトピックとしては、前日行われたイラクの選挙に対する英政府側の評価、英空軍C130輸送機のバグダッド近郊での墜落事件に関する詳細の問い合わせなど多岐に渡った。墜落の原因に関して詳細を問われると、広報官は「知らない、分からない。国防省に聞いて欲しい」。アメリカの新国務長官ライス氏が金曜日にブレア氏と会見することが明らかにされたが、時間や場所は「未定」。

 こうしたブリーフィングは、「ただ単にその週、その日の予定を発表しているだけ」「重要なことは、一切知らない、分からない、で通した」とも聞こえるのだが、実際に「その日の朝の時点での確かな情報」として官邸側が発表したという点、様々な言葉尻のニュアンスから、ある事柄が本当か嘘か推測できる点、次にどこに行けば必要な情報が取れるのかが分かる点など、政治報道を専門にする記者にとっては、様々な情報に満ち溢れた時間ともなる。「官邸は否定しているが、本当か?」など、ブリーフィングでの応答をベースにして他の情報源から情報をとることもできる。

 ガーディアンのホワイト記者は、「月曜日の朝の会見は、必ず出るようにしている」という。20数年政治記者をやっているホワイト氏が、果たして今さら出席する必要があるのか?電話一本で情報を取れるのではないか?更に深く聞いて見ると、「ライバル紙がどんな質問をするのかを知ることが、参考になる」と答えた。

 もちろん、各記者がどんな目的で会見に出、どんなアングルの記事を書こうとしているのか、他の記者に話すわけはないが、24時間を情報収集に使い、「どんなことも見逃したくない」政治記者にとって、一本調子で淡々とその週の予定を読み上げる官邸広報官のブリーフィングは、記者経験が豊富であればあるほど、いかようにも料理できる素材となるようだ。

 時には、広報官ではなく、大臣が会見をすることもこれまでにあったが、ちょっとした言葉遣い、ニュアンスに深い意味が込められていたことがあった。

 私自身が遭遇した例を挙げてみたい。

 現在でもそうだが、特にイラクとの開戦前のイギリスでは、この戦争が合法なのかどうかが人々の大きな関心の的となっていた。

 こうした中、フーン国防相が会見に出席。記者たちは、「開戦根拠は?国際法から見ても、違法な戦争ではないか?」と執拗に聞いた。国防相は、「合法だ。合法である理由を、なんとしても見つける。私は元弁護士だったから」と答えた。

 結果、実際にそうなった。首相と親しいと言われるゴールドスミス法務長官が、「この戦争は国際法から見て違法」としてきた持論を、開戦直前、突如変更し、「合法」としたからだ。(「合法」とした際の詳細な論旨の流れは、現在でも「国家機密」として明らかにされていない。)

 ストロー外相も、やってきた。その時もやはり、「開戦は違法ではないか?」と問い詰められた。外相は安保理決議を持ち出して説明を試みたが、この中で、「誰だって戦争を始めたくはない」といったストロー外相。「白々しいなあ」と思って聞いた私だったが、後に様々な人が出した暴露本で、ストロー外相が、最後の最後まで開戦には反対だったことが判明した。今思うと、ストロー氏は、何がしかの思いをこめて、「誰だって・・・」と言っていたのだろうか?

 こうした貴重なコメントがいつ出るか分からないという意味では、気が抜けないブリーフィング・会見だが、外国プレス協会で現行のようなブリーフィングが開催されるようになったのは、2002年の秋。

 かつては、官邸広報官が記者にブリーフィングしている・・ということさえ、「秘密」とされていたのだ。

 そして、「外国人ジャーナリストが所属する外国プレス協会で官邸のブリーフィングが行われる」と発表されたとき、一斉に反対の声を上げたのはイギリスの政治記者たちだった。

 (続く)
by polimediauk | 2005-02-01 19:35 | 政治とメディア