小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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アルジャジーラとフランス24 その1


 (新聞協会報」12月19日付・日本新聞協会発行に、アルジャジーラ英語とフランス24の原稿を書いたのですが、以下はその原稿を元に、雑感などを大幅加筆したものです。)

 カタールに本拠を置くアラビア語の衛星テレビ局アルジャジーラが11月15日、英語放送を開始した。国際ニュース報道といえばCNNやBBCなどのアングロサクソン系メディアが圧倒的影響力を持ってきたが、「中東の視点」からの情報発信を狙ったもの(このカギ括弧には意味を込めているつもりです)。一方、12月6日にはフランス初の24時間ニュース専門テレビ局「フランス24」が当初ネットで、翌日には衛星などを使って放送開始となった。フランスの視点を伝えることが目的で、英語とフランス語の両方の言語を使っている。

 2者の登場で、米英メディアが独占してきた国際ニュース報道に風穴ができつつある。

 アルジャジーラは10年前、カタールの国家元首・ハマド首長が、BBCのアラビア語サービスにいたジャーナリストたちに声をかけ、カタールの首都ドーハに設立した。サウジアラビア政府とBBCとの間の意見の相違が違いで支局が閉鎖されたと言われているが、ジャーナリストたちはBBCと同様の表現の自由が保障されていることを条件として、ハマド首長からの雇用と政府の資金援助を受け入れたという。中東で最初のアラビア語による24時間ニュースチャンネルで、アラブ地域で初の検閲のない自由なメディアとして人気を博してきた。 

 その報道内容への関心は非アラビア語圏でも高く、英語放送開始が待たれていた。

 英語放送初日の英各紙の評価だが、共通して指摘されたのが、アングロサクソン系メディアとは一線を画すのが放送開始の目的だったにも関わらず、米英のテレビ局、特に英衛星ニュース放送のスカイテレビなどに、ニュース速報の出し方、キャスター2人が男性と女性の2人が並んでカメラの前に立ってニュースを読む、などの面で酷似しているという点だった。

 キャスターらにイギリス英語のアクセントがあった点も指摘され、BBCやCNNのような、「24時間ニュースのフォーマットを踏襲している」(ガーディアン11月16日付)と書かれた。

 実際、これまで放送開始から数週間が経つが、いまだに、「イギリスの放送みたい」という声を良く聞く。見た人の感想を複数のグログを通して読むと、特に英国以外の視聴者がそう書いている。

 この「イギリスみたい」は、実は意味が深い。つまり、「植民地主義が色濃く出ている」ように見える、というのだ。

 例えばテレビをつけて、いかにもアラブ系のキャスターが画面に出ているとしよう。その人が英国や米国、あるいは他の英語圏にいて報道しているのだったら、外見は関係ない。英語を話すのが自然だ。しかし、そのキャスターは中東に本拠地を置くテレビ局のキャスターなのだ。それなのに、外国語=英語=かつて世界各国に植民地を持っていた英国の言葉(と理解される)でしゃべっている、と。そして、アラビア語が母語の人が、外国語として英語をしゃべる(つまり何らかの地域のアクセントなどが自然に出る)のでなく、ものすごく流暢に(英国人みたいに)英語を話している、と。テレビ画面を見て、顔+言葉を見て、即、なにやら植民地主義的な匂いを感じ取る人は多いのだった。

 この点に関して、11月にトルコ・イスタンブールで開かれたテレビ会議で、アルジャジーラのトップは、「英語が流暢な記者を雇う必要性があった」と事情を説明している。

 プロらしさ、洗練されたイメージを与えることに力を入れた結果、米英衛星ニュース局のクローンのようになってしまった、というわけだ。

 既にBBCやCNNを見てきた視聴者にとっては、馴染み深い顔がテレビに出る結果ともなった。「どこかで見たような」(同日テレグラフ紙)イメージを英語放送に与えた。

 報道内容のみならず、報道スタイルにも既存のニュース放送局とは違う斬新なイメージを期待していた英国のテレビ評論家たちはやや失望感を感じたようだ。

 冒頭で「中東の視点」と書いたが、これは日本の新聞の報道から取ったのだが、実は今回目を通して、あれ、と思った。

 私の記憶では、放送開始前、どんな放送局になるのかと様々な報道陣がこれまでに聞いてきたが、英語放送経営陣は「中立」、「360度の視点を出したい」(パーソンズ取締役)と繰り返してきたように思ったからだ。

 もしかしたら、単に広報宣伝の意味で(中東の放送局、というイメージを避けたい)そういっていたのかもしれない。

 実際には「アラブ地域偏向・重視」(同日ガーディアン紙)のニュース選択となっており、中東に本拠地を置く放送局としては自然ではあるのだが、「英語を使用言語としながら、米国、英国のニュースが極端に少ないのはおかしい」(ガーディアン)とする指摘があった。

 また、開発途上国の問題を焦点にあてたニュースも大きくカバーされており、他の国際ニュース放送ではなかなか中心にならない分野に光りを当てたという意味では評価できるのだが、アルジャジーラ英語放送のみを見ていると、「世界は悲惨で気持ちが沈むようなことばかり起きている」(タイムズ)印象を持つ。

 アルジャジーラばかり見ていると、一体何が世界では今主なニュースなのか(中東での主なニュースは分かるのだが)、分からなくなってくる思いを、私も感じた。

 アルジャージラらしさといえば、BBCが取材を許されていないジンバブエでの独自取材や、通常英米メディアでカバーされにくい中東諸国の首脳陣の一対一のインタビューなどが光った。例えばパレスチナのハマスの代表、エジプト首相のインタビューなど。後者のインタビューでは、国内の過激派に手を焼いている、また、女性は顔の全体を隠す(目だけ出す)ような装いを公的場所ではするべきではないなどの発言があって、自分にとっては発見があった。

 考えてみると、スカーフ問題で、中東のトップの政治家に質問をする、ということを英国のテレビ局が何故今までしなかったのかとも思う。英国でテレビを見ていて、エジプトなどの政治家のコメントが出ることは、まずないと言っていい。ブレア首相が訪問した場合や、紛争があってイスラエルやレバノンの首相の発言が紹介される時ぐらいだ。もっと普通のトピックに関しての様々なコメントを聞きたいものだ。相互理解にも非常に役立つ。

 問題になるのは、時間だ。つまり、どこまで人はアルジャジーラ英語を見るために時間を割くか、だ。英語のアルジャジーラとアラビア語のアルジャジーラと、どこがどう違うのか、という点もまだ明確になっていないようにも思う。

 言語の重要性ということも、最近よく考える。答えの出ない問いになるが。

 英語を使い出した瞬間から、アラビア語版とは異なるメッセージが伝わっているということはないだろうか。言葉にはそれぞれの考え方、表現方法、文化がある。英語=国際語、といっても、中立な言葉ではないような気がする。(これ以上は今のところ、明確にいえないのだが。さらに考えてみたい。)

 英語放送は欧州、中東、アジア諸国で衛星あるいはケーブルテレビを使って視聴できるが、米国ではワシントンの一部を除き、ケーブルテレビとの契約が不成立で視聴できない。ネットを通じては日本を含め、世界中で視聴可となる。

 約300人のジャーナリストを抱える英語放送は約2000万人から3000万人の視聴者獲得を目指しているという。(続く)
by polimediauk | 2006-12-19 17:08 | 放送業界