小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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BBC 前社長辞任までの経緯の文書公開


BBC 前社長辞任までの経緯の文書公開_c0016826_20283569.jpg 大分前の話になるが、英国に住む人の頭から未だに離れないトピックが、イラク戦争開戦までの経緯だ。

 イラクの大量破壊兵器が「ある」「ある可能性がある」ことを前提に、2003年のイラク戦争開戦まで持っていたブレア英首相の「嘘」(「当時はみんなあると思っていた」と発言)。これに対し、「イラクの脅威を誇張していた」と報道したBBCは、「誇張をしていなかった」と結論づけた2004年の「ハットン報告書」で危機状態に見舞われる。当時の経営委員長と社長(会長という呼び方をすることもある)がダブル引責辞任している。

 経営委員長と社長とがほとんど同時に引責辞任するというのはBBCの歴史が始まって以来初めてのことだった。

 当時の社長はグレッグ・ダイクという人で、後にこの経緯を本にも書いた。(和訳もされている(「真相―イラク報道とBBC」。)

 ダイク氏は「報道の信憑性を信じる」という側に立って政府側と闘ったのだが、ハットン報告書の結末に、BBC全体が動揺。「誇張があった」という結末になるものだとばかり、みんな思っていたからだ。また、「誇張があった」とはっきり書かなくても、喧嘩両成敗というか、「政府側にも至らないところがあった」という結論になるだろうと予測されていた。

 しかし、ハットン報告書はBBC側の編集体制の不備を一方的に責めるような内容になった。(今から考えると、ハットン報告書は一つの見方であったに過ぎず、この後で「バトラー報告書」が開戦に至る諜報情報を精査して、実際のところいかに情報があやふやなものだったかがはっきり示され、実質的にBBCの報道が正しかったことが分かるのだが、当時は多くの人がハットン報告の内容に衝撃を受けてショック状態だった。)

 既に経営委員長は辞表を提出しており、ダイク社長がどうするか?が注目されていた。

 ダイク氏は辞めたくなかったのだが、BBCの経営委員会でそれが通らず、いろいろな議論があって、結局、辞表を出し、これを経営委員会が受け取らない、つまり、「そこまで覚悟しているのか。でも辞めなくていいよ」という展開になるだろうと思っていたという。ところが、委員会がこれを受けてしまい、本当に辞職せざるを得なくなった。その後でさらに「戻りたい」とお願いするのだが、これも不可になった。

 ・・・という経緯が氏の本の中に書かれているのだが、昨日、この経営委員会の議事録が公表された。

 本を読んでいれば特に目新しいことはないようだ。しかし、今回の公表で新しいことがいくつかある。

 BBCのニック・ダグラス記者が丁度この点について書いている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/6254307.stm

 この議事録が公開されたのは、ガーディアン紙が、情報公開法に乗っ取って公開を求めた結果だった。BBCは受信料で運営されている公共団体であり、国民=受信者がその運営の詳細に関して知る権利があるが、BBC側は公開を渋ってきた。経営委員会(現在はBBCトラストという名前になっている)のメンバーが、議論の内容が後で公開されるとなった場合、発言がしにくくなる、と思われたからだ。

 情報公開コミッショナーという、この法律がいかに実行されているかを管理する組織のトップも、公開しないというBBC側の判断を支持した。

 ガーディアンは裁判所にこの件を持ち込み、裁判官がハットン事件は「特別の意味合いがある事件」として公開を命じた、という経緯があった。

 そこで現BBCトラストが議事録を公開したが、ガーディアンが求めていたのは、ダイク氏の辞任願いを受けるまでの話し合いの部分(2004年1月28日)だったが、ダイク氏が「もう一度社長に戻りたい」といったため、これを話し合った議事録(2月4日)も「自発的に」公開した。

 ダグラス記者が指摘しているのは、BBCは今回のように他のメディアから情報公開を要求される存在という面と、BBC自体がメディアなので政府機関などに情報公開を要求する側でもある、という点だ。なるほどな、と思った。
by polimediauk | 2007-01-12 20:38 | 放送業界