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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

英政府ブリーフィングの話 4


ロビーの反撃

 日本の記者クラブ制度が閉鎖的だと、欧州連合などから不満が出ているという。日本だけの独自の問題であるかのように、日本のマスコミでは書かれることが多いようだが、ある国の政府側の対応が、自国の記者と外国の記者の間では異なるといったケースは、むしろ世界中で多いのではないだろうか。

 イギリスではどうか?

 その一例として、官邸ブリーフィングのオープン化の例を続けたい。

 イギリスの一握りの政治記者のみに行われてきた首相官邸のブリーフィングが、外国人ジャーナリストが所属する外国プレス協会で開催されるようになったのは、2002年の10月14日。

 当時の外国プレス協会フィリップ・ラコール氏は、「皆さん、ようこそいらっしゃいました」と、集まった報道陣に挨拶した。若干緊張の面持ちながら、うれしさが伝わってくる短いスピーチだった。最後に、「ここまで足を運ばれたからには、一階のカフェでコーヒーでも飲んでいってください」としめた。

 一方、外国人ジャーナリスト側の温かな歓迎の言葉を受けた英政治記者たちの多くは、「何故、官邸が勝手に会見場所を移したのか?」を、今日こそは突き止めようと60席ほどある座席の最前列に陣取っていた。

 体格の良いアダム・ボルトン記者もその1人。衛星放送スカイ・テレビの政治記者だ。官邸広報官がひとしきり説明を終えると、「何故、ロビー記者たちに何の相談もなく、ブリーフィングの場所を移したのか?」と聞いた。

 情報公開の度合いを高めるため、というようなことを広報官が答えると、今度は、BBCの政治記者(当時)のジョン・サージェント氏も、「少ない人数の政治記者と政府広報官のやりとりの中で、それぞれのトピックを掘り下げることができた。参加する記者の数がこれだけ増え、政治専門ではない記者も入ってくるようだと、追求の手が弱まる。わざとそうしているのか?」と問い詰める。

 質問というよりは、「責める」というニュアンスの強い質問に、広報官は、人々が政府に求める説明責任のレベルが上がり、さらなる門戸開放の必要性がでてきたなど、これまでの答えに終始した。

 ブリーフィングが終わって、一斉にらせん階段を下りて出口に向かう記者たち。私は、サージェント氏の後を追って、さらに聞いて見た。「どうしても反対か?」。「政府側は、明らかに問題の追及をされたくないから、こういう手段をとっている。私は反対だ。丁々発止のやりとりはもう不可能だと思う。イギリスの政治ジャーナリズムにとって、悲劇だと思う」。

 次の日の新聞は、一斉に会見場所移転のニュースを伝えた。そのほとんどが、否定的なもの。「内容がつまらなくなった」「外国メディアがせっかく出席しても、ほとんど質問がないので、意味がない」など。協会代表のフランス人ジャーナリストであるルコール氏がカフェの話をしたので、「さすがフランス人。いつも食べ物の話ばかりだ」などと書いたメディアもあった。

 後日、ルコール氏が質問しようと手を上げ、指名されて、言葉を発しようとした瞬間、後ろに座っていた、ガーディアン紙のベテラン記者マイケル・ホワイト氏が、「何だ、外国人か」と捨て台詞のように言った。低い声だったが、ルコール氏にも、そのまわりの多くの記者にも、はっきりとその言葉が聞き取れた。

 それから数週間して、私は、ホワイト氏に、「何故、外国人か、と言ったのか?」と聞いて見た。「冗談だったんだよ」という答えだった。しかし、このエピソードを覚えているというだけでも、それなりに何らかの思いがあって出た言葉のように思えた。

 (かといって、彼が人種偏見の持ち主とも思えない。余談になるが、外国人嫌い、偏見は日本だけのものではない。どこの国にでもある。特にイギリスでは、アメリカ人、フランス人、ドイツ人、スペイン人・・・どんな外国人でも、会話の中で嘲笑の対象になる。差別といえば差別だが、「xxx人を笑うジョーク」は広く一般的だ。このホワイト氏の場合、ロビー記者以外は、「外の人」なのだろう。)

 新体制になってしばらくして、ロビー記者の切り替えしが始まった。

 当初、朝のブリーフィングは月曜から金曜の週に5回、朝11時から外国プレス協会で開催されていたが、ほどなくして、金曜日が官邸に戻った。水曜日もしばらくして、「ロビーからの強烈な要望によって」(外国プレス協会)、官邸に戻った。

 結果、現在では、月、火、木の3回がプレス協会。水曜日は、官邸でのロビー記者向けブリーフィングの後、官邸の広報担当者がプレス協会に来て、その様子をブリーフィングしている。

 ここで改めて、いつどこでブリーフィングが開催されているか、記したい。官邸広報官によるブリーフィングは、元々朝と夕方の2回開かれていた。朝は官邸の記者会見室で開かれ、午後は国会会見室だった。朝の方は官邸主催なので、場所が外国プレス協会に移り、外国人を初めとしてロビー記者でないイギリスのジャーナリストなどに広く門戸が開かれた。ただし、夕方のブリーフィングは、ロビー記者の管轄になるので、これまでどおり、限られた数のジャーナリストたちが広報官からブリーフィングを受けている、ということになる。

 とはいえ、限られた人しか情報にアクセスできない、ということではない。朝と午後のブリーフィングの内容は官邸のウエブサイトで公開されるし、官邸のメールサービスに名前を登録すれば、内容をメールで受け取る事ができる。時間はまちまちだが、大体午後の7時ごろだろうか。

 毎月開かれるブレア首相の会見の様子も、テレビで同時放映(「国会チャンネル」か、あるいはインターネット)され、その後、同様に官邸のウエブサイトでの掲載及びメール受信ができる。

 日本でもアメリカでも、首相あるいは大統領の定例会見はないので、イギリスはこの点では、とりあえずは非常にオープンである、といえる。ただし、前にも書いたが、ブレア首相から本音を引き出すのは、非常に難しい。飛びぬけて弁が立つのに加え、場慣れ(テレビカメラの前、あるいは多くの政治記者、政治からの質問にさらされる状態)しているので、ほとんど失言らしい失言はなく、論理の破綻も(もしあったとしても)一切感知させない。

 何故、政府側は、ブリーフィングの場所を外国プレス協会に移したのか?前回、「ブレア政権のオープン政策」がその背景にあると書いたが、もう1つ、裏の理由として、官邸のメディア・チームとロビー記者を中心とするメディア側との間の確執という要素もあった。(続く。)
by polimediauk | 2005-02-03 23:46 | 政治とメディア