小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

英国防省「体験談をメディアに売ってもOK」??


 イランに拘束されていた15人の英兵が解放され、英国に帰国したのはつい先日だった。

 7日、早速記者会見が開かれ、15人のうち数人が、記者団との質問に応じた。

 私は、イランにいたときの英兵たちが、時にはにこにこ顔で「イランの海域を侵犯した」、「扱いは良い」などと言い、おしゃべりに興じたり、イラン大統領と笑って会話を交わしたり、帰国土産をもらっている様子に対し、英国に戻ってみてどのような反応をするのかと思って、BBCテレビを見ていた。

 そのときの様子は日本の新聞でもだいぶ報道されたが、どうも、上にそういわれているせいなのか、あまり恥じている様子がなく、実はイランの海域を侵犯したとは思っていなかったが「戦略上」そういったのだ、ということを少しあいまいな表現で説明しているのが、変だなあと感じた。独房に入れられた、心理的な脅しを受けたという説明があるのだが、

―どうして簡単につかまってしまったのか
―15人もいて、どうして全員がイランでニコニコ顔だったのか(時々緊張していた風もあったけれど、どうもへらへら感があって、不思議だった)
―どうして誰も「いや、イラン海域でなくイラクだった」と最後まで言う人がいなかったのか、

 などなど変だと思うことが多く、見ているうちに不信感が出てきてしまった。

 終わりの頃には、「一体どっちが本当なのか?イランでの様子なのか、英国にいるこの姿なのか?」と疑問に感じるぐらいだった。これではイラン側から見ると、プロパガンダに見えてしまうことだろう、と。

 私の頭の中にはグアンタナモ収容所とか他の場所で拘束されている市民のこともあった。報道で読んだ限りでは、「告白」している人は多くなく、痛めつけられながらも、自分の主張を通している。取りあえず、「兵隊」ともなれば、もっと高い意識があるものと期待するわけだが。

 私のこうした疑問は、少しずつ、他の人も感じているようで、新聞の投書欄やオピニオン欄などで同様の意見を見る。兵隊のふがいなさに失望感を感じている人が出てきている。

 私のおかしいなあ・・・という気持ちは、今晩、少し前に聞いたニュースで頂点に達した。

 それは、何と、国防省が、今回の15人がメディアに体験談を売ることを「許可した」というのである。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/6536203.stm

 これはあまりにも、である。

 通常、何らかの形で英兵が体験談をメディアに語るとき、金銭は受け取らないことになっているそうである。ところが、今回は人々の関心が高いため、「例外として」、金銭授与を許可することにしたそうである。

 うがった見方をすれば、「止めてもどうせ話す人が出てくるから、先にOKしてしまえ」ということか?英国の知人は、「英国社会の中で権威が下落している。何が正しいか、正しくないか、という価値判断も壊れている」というが。

 もしメディアに売った場合だが、新聞は巨額のお金を払うことは必須だ。つらい体験をしたとは思うけれど、それにしても、英兵として拘束されていたわけだから、そのときの体験をメディアに売って、個人的に利益を得るのはまずいのではないか。まだ英海軍所属なのだし。

 明日以降、もし非難の声があがってきたら、「お金をチャリティーに寄付する」とか言う人もでてきそうだけれど。

 お金をもらって体験談を話し、メディアがこれを報道したら、そしてその行為を国防省がお墨付きなのだから、これはまったくのプロパガンダと思われても仕方ない。(一体ブレア政権、メディア戦略家たちは何を考えているのか?イランへのプロパガンダ活動?またも将棋のこまとして使われる15人。)

 日本では、今回の事件、どのような文脈で報道されているだろうか?英国では、イランと英国のプロパガンダの戦いのような論調がある。どっちもどっちだ、と。

 15人が解放されるとなった時、ブレア首相はイラクで英兵が殺害されたと言い、背後にイランがいることを暗示した。イラクの殺害・テロに関し、イランが関わっていることは前から何度も言われてきたけれども、インディペンデント紙は、「しかし、具体的証拠をブレア氏は持っているのか」と疑問を呈していた。

 何故抵抗なく拘束されてしまったのか、またあまり抵抗なく(のように見える)イラン側の言いなりになっていたのか?この2点が、今朝のBBCラジオでも疑問点として議題になっていた。詳細はこれから分かるのだろうが、まずは「メディアに体験談を売ってもOK」という国防省の決断に、明日の英メディアがどう反応するのか、注目したい。

 
参考:読売の産経の関連記事。

拘束英兵に関しイランが反発・ブレア首相を非難
 【テヘラン=工藤武人】イラン外務省のホセイニ報道官は6日、ペルシャ湾での英兵拘束事件で、解放された英兵が同日、英国内の海兵隊施設で行った記者会見で拘束中にイラン当局から領海侵犯を認めるよう圧力を受けたと証言したことについて、「プロパガンダややらせのショーでは、英軍がイランの領海を侵犯したことは隠せない」と反発した。

 同報道官はさらに、「英兵を直ちに軍の基地に移送したことは、彼らが命令に基づいて行動していることを示唆している」と指摘、英兵に事実と異なる証言をするよう圧力をかけているとして、ブレア英首相を非難した。

(2007年4月7日10時53分 読売新聞)

「拘束はイラク領海内」 英兵、侵犯発言を撤回
4月7日8時0分配信 産経新聞

 【ロンドン=蔭山実】イランから解放された英兵15人全員のうち6人が6日、英南西部デボン州の基地で帰国後初めて記者会見し、拘束されたのはイラク領海内であることを強調。拘束下で領海侵犯を認めた発言を撤回した。また拘束中は終始、精神的威圧を受け、イラン領海に入ったことを認めれば英国に戻れるが、認めなければ最高禁固7年の刑になるなどと脅されたと語った。

 英兵らは、イラク領海内で船舶を臨検中にイラン革命防衛隊の意図的な襲撃を受け、完全に包囲されたと説明。交戦すれば、地域の緊張感を高めるうえ、敗れれば、戦略的にも大打撃を受けるため、イラン側の要求に従うことにしたと語った。

 拘束後は独房に隔離されて尋問を受け、手を縛られたり、目隠しをされ、壁に向かって立たされたりした。女性兵士は別で、他の兵士は釈放され帰国したと聞かされたという。イランのテレビで、にこやかな様子が流れたのも、やらせだと語った。

 一方、英スカイニューズテレビは同日、拘束前に英兵らに同行取材した記者の話として、兵士から「漁船などからイランについての情報も集めていた」と聞いたとし、英兵らはペルシャ湾でイランの動向に関する軍事情報収集を行っていたと報じた。同テレビは英兵らの無事帰国まで報道を控えていたという。

最終更新:4月7日8時0分

by polimediauk | 2007-04-08 08:50 | 政治とメディア