小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

教育問題 日英の認識ギャップ


 現在の教育問題のことを詳述するほどの知識が、今のところあまりないのだが、日英間の認識のギャップで、驚くことの1つがこの問題だ。
 
 安倍首相が英国の教育改革のことを誉めたということで、英国の教育を学ぼう、という考えが日本(の一部)である、と聞いたからだ。驚愕した、と言ってもいいかもしれない。

 英国のメディアを見ると、誇張されているかもしれないが、いかに教育の質が低いかを嘆く記事が満載だ。前にも若干このブログで書いたけれども、1990年代半ば頃、私自身が会社員であった時に、教育問題を担当していたことがあって、ちょうどゆとり教育を文部省(当時の)や中教審がプッシュしようとしていた時だった。詰め込み主義はいけない、情報を学ぶだけではだめで、もっとゆとりを持ち、自分で考え、自分で物事を決める力(「生きる力」?)をつけさせるべきだ、と。

 ゆとりを与える、つまり授業数などを減らした場合、学力が落ちることもあるのではないか、それでもいいということか?と私は中教審の当時のトップ、三浦氏に、会見場で聞いたことがあるのだが、「それでもいい」という答えだった。この考えを当時の文部省の人が全員合意していたかどうかは分からない。それでも、それまでの教育体制に何らかの限界を感じ、切羽詰って「ゆとり」と言い出していたように記憶している。

 英国(イングランド)では1989年から全国一斉のカリキュラムが導入された。私の少ない知識から言うと、それまでは全国的にはばらばらだったということを示唆する。日本から考えると、信じられないぐらい、ある意味ではいい加減な気もする。統一されていなかったということなのだろうか。

 いずれにしろ、サッチャー氏の教育改革や一斉カリキュラムの導入などは、日本をならったはずなのだ。私自身、全国学力テスト、共通試験など、ずい分いろいろなテストのために準備し、ランク付けがされたり、文部省がOKを与えた教科書を使って、勉強したことを記憶している。

 つまり、大雑把な言い方だが、英国の場合、「ばらばらを統一させた」流れがあったようだ。一方の日本が受験地獄に苦しむような「ぎちぎち体制にゆとりを持たせようとしていた」。(教育に詳しい方でもっとご存知の方はどうぞご教示ください。)全く違う方向の流れがあったと私は認識している。

 現在の英国(イングランドーウエールズ地方)の教育は、現地からすると、質が低く、読み書きの能力が低く、不登校やドロップアウトもドンドン増えている、という評価が一般的なように思う。

 といっても、英国の教育改革の原理そのものを模倣する、参考にすること自体が悪いとは思わない。(日本では、英国の教育改革をならうと、日本の教育制度や社会ががたがたになる、と脅すような記事もあるようだ。しかし、日英の子供や社会構造が同じであるはずがなく、やり方でいかようにもなる可能性はあるだろう。)

 それにしても英国の教育を学ぼうとする日本、というのは非常に不思議だなあと思っていたところ、読売新聞が「教育ルネッサンス」で英国の教育事情をじっくり書いていた。

http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/

 最新の記事は、「教育水準局(OfSTED)トップの首席勅任監査官として、厳しい学校監査を敢行した」クリス・ウッドヘッド氏へのインタビュー。

 若干抜粋すると

 
「私たちは日本の教育をまねようと努力してきたのに、今は日本がまねようとしている。面白いですね」

 英国は70年代から、手厚い福祉政策などが災いして経済は低迷、失業者が街にあふれていた。「当時は学校によって学力差があり、私は教師の力量に大きな不満を持っていた」。国家の決めた教育カリキュラムはなく、何をどう教えるかは地域や学校に委ねられていた。

 さらに、「知識よりも子供の主体性や創造性に重点を置く児童中心主義が横行し、学力低下に拍車をかけていた」。中等学校を出ても自分の名前さえ書けない若者も少なくなかったという。「教師に努力を促し、国の学力水準を上げるには、日本の学習指導要領にならう必要がありました」

 (中略)

 イングランドの11歳児の20%が読み書きができず、20万人が第1希望の中等学校に入れないといった最近の調査をあげ「学校の努力が足りない。保護者に約束した教育ができていない」

(以上抜粋)

 この中の「児童中心主義」にも注目したい。この悪弊を私自身、英国で元教育関係者から聞いた。

 英国の教育の現状を見ると、社会のいろいろなことがまたよく分かるような気がする。

 英国の教育改革を誉めすぎたり、あるいは「まねしたら荒廃に陥る」というような脅しの記事の両方ともに注意したいものだ。
by polimediauk | 2007-04-11 20:37 | 政治とメディア