小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

自治政府がもう直ぐ再開する北アイルランド 最終回


 注目されてきたロンドンの無料紙だが、問題も出てきた。あまりにも配布数が広がり、ゴミが増えて困っている、というのである。ゴミ処理用の費用を誰が払うのか、市当局かあるいは出版社側か?という点がしばらく話題になっていたが、今度は、大量のあまった新聞を、配布員がゴミ箱に捨てている映像がユーチューブに出たようで、これはロンドンライトとザロンドンペーパーという2つのライバル無料紙を出している出版社同士の戦いのような感じになったが、今週になってまた別の問題がでてきた。

 それは、もし大量の新聞を捨てているのであれば、新聞の発行部数を毎月出しているABCのデータは果たして信頼できるのか?という点だ。

 http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/london/6584889.stm

 26日付のFTなどの報道によれば、ABCが調査を開始したという。今後の成り行きが注目される。

 今、例えばロンドンの駅構内を歩いていると、前はスタンドに「メトロ」無料紙が積み上げられているだけだったが、最近は新ロンドン無料紙(昼以降になるので夕刊紙となるのだろうが)の配布員たち数人が待ち構えている。外で配られるのは、適当にかわしやすいけれども、構内でやられると、ちょっと怖い感じもしていた。ぼうっと歩いていると、急に近づかれる感じだ。これからどうなるのか?

 以下、「北アイルランド」の最後の回である。(次回は24日に行なわれた、新聞の将来に関するディスカッションの様子を伝えたい。)

―無法地帯

 ベルファーストの郊外にある「ウエーブ」は、「テロ活動」などで家族を失った人々のための支援組織だ。週に何度か集まり、お茶を飲んで他愛のない話をしたり、マッサージなど心身をリラックスさせるサービスも受けることができる。ほとんどが女性たちで、夫や兄弟を「テロ」で失った人たちだ。付き合いが長くなると、お互いがカトリック系なのか、あるいはプロテスタント系なのか分かることが多いというが、自分たちからはどちらの住民なのか、どのグループの攻撃で家族を失ったのかを詳細には語らないという。

 プロテスタント系武装集団が根城にしているシャンキル通りには、「シャンキルの殺し屋たち」と呼ばれるチンピラ・グループがかつていたという。「私の夫はシャンキルの殺し屋たちに殺されたのよ」と50代後半と見られる女性が語る。「でも、殺した人は捕まっていないの」。そばにいた女性も、「私の場合もそうなのよ」と相槌を打つ。

 北アイルランドで多発した暴力事件で、遺族が苦しめるのは、犯人が「捕まらない」、「正当な裁きを受けない」ことだという。

 圧倒的にプロテスタント系が占める警察にカトリック系住民は心を許さず、警察に頼るよりは「自分たちの身を守ってくれるカトリック系民兵組織」に頼るからだ。また、いずれの場合でも、人々の口は堅い。誰が犯人かをたとえ分かっていても、それを警察に告げれば、必ず復讐される。

 1972年、北アイルランド北部の都市ロンドン・デリーで「血の日曜日」と呼ばれた事件が起きた。英軍が武器を持たないデモ参加者に発砲し、最終的に13が命を落とした。英軍側は群集側が先に発砲したと主張するのに対し、犠牲者の肉親は英軍側が最初に手を出したと反論。巨額の費用をかけた実態調査の後も、未だに誰が最初に発砲したかは明らかになっていない。

 この事件は例外でない。真犯人が誰かは分かっていても真実を明るみに出すことでさらに暴力事件が起き、自分や家族への報復行為があると思うと、人々の口は重くなるばかりだ。

 今年1月、カトリック強硬派でアイルランドへの帰属を望むシン・フェイン党は、宿敵と見なしてきた北アイルランド警察を承認することに合意した。「警察を承認」とは一見奇妙に聞こえるが、プロテスタント系住民が圧倒的な割合を占めてきた警察組織をシンフェイン党はこれまで認めていなかったのだった。

 この合意の直前、北アイルランドの警察オンブズマン組織が、現在の警察の前身だった王立北アイルランド警察の特別部隊が、1991年から2003年の間、プロテスタント系ギャング集団を情報筋として使う代わりにギャング手段によるカトリック住民への暴力行為を見逃していた、とする調査書を発表した。警察の記録の一部が破棄されているため、証拠不十分ということで警察官の中で処分される人は誰もいない見込みが高い、と報告書は結論づけた。警察側とプロテスタント側との癒着を明らかにした衝撃的な結論だったが、意外というよりも「やっぱり」という思いを誰しもがした。

 「実際に手を下した警察官たちを責めるのは簡単だ。しかし、警察最上部の支持がなければできなかったのだと思う」とオンブズマン組織のトップ、ヌアラ・オロアン氏は報道陣に語っている。

―アイルランド共和国は手を差し伸べるが

 北アイルランドの現況は、元を正せばイングランド(現在の英国)のアイルランド侵攻が始まりと言えるが、英国が北アイルランドから手を引き、南北が統一されれば問題が解決する、といった状況ではもはやなくなっている。南と一緒になりたくないという住民が北アイルランドにいる限り、英政府が恣意的に退くことは不可能だ。

 1998年の和平合意は、南北の統一は北アイルランドの住民が合意しない限り実現できないこと、アイルランド共和国が憲法を修正し、北アイルランドの領有権を訴えている部分を取り除くことを定めた。これを元にアイルランド共和国では憲法修正を行い、領有権の主張を手放した。

 アイルランド政府は今年1月、北アイルランドへの巨額投資計画を発表。教育分野や、ダブリンとベルファーストなどをつなぐ道路、ロンドンデリーにある空港への投資を含む。「投資は歓迎だが政治的目的が背後にないことを望む」とプロテスタント系政党民主ユニオニスト党のピーター・ロビンソン氏が述べると、アイルランド政府は「北アイルランドと英国の絆の土台を弱めるのは目的ではない」とした。南北統一に言及することで、北アイルランドで無用な反発を引き起こさないよう、気を使いながらの返答だった。

 アイルランド共和国も、かつての支配者英国も和平の進展への支援者として北アイルランドを外側から見守る格好をとっている。

―未来

 現在の英国では、「テロ」と言えばイスラム教過激主義者による「テロ」を思い浮かべる人がほとんどだ。先の警察と暴力集団との癒着を明らかにした報告書は注意を喚起したが、英国本土でIRAなどによる「テロ活動」が事実上停止している現在、人々の北アイルランドに対する関心は高いとは言えない。

 北アイルランドは次第に「無関係irrelevant」になった、とする論調を英国で目にするが、いわば問題の当事者だった英国でもそうなのだから、英国以外の国際社会からすると、北アイルランドはますます遠い存在だ。

 武力の衝突に関する報道の続くイスラエルーパレスチナ問題などに比べても、北アイルランドは「忘れられた場所」になってしまったとも言えるのかもしれない。

 2002年以来停止している自治政府も、ここ数年で何度も再開直前まで行ったが、プロテスタント系政党とカトリック系政党が互いを責め合い、合意決裂に至った経緯があるため、大きな期待を抱く人は少なくとも英本土では多くない。

 自治政府の活動が停止しても、北アイルランド議会の議員たちは給与をもらい続けているため、「税金の無駄遣い」と見る向きも多い。「自分のことを自分でまともに解決できないとは」と嘆く見方もある。

―統合学校

 「北アイルランドで唯一明るいニュースがあるとすれば、『統合学校』を希望する親が増えていることかしら」と、英週刊誌「エコノミスト」に北アイルランドの分析記事を書く、ジャーナリストのフィオヌアラ・オコナー氏は言う。

 北アイルランドの子供たちのほとんどは、カトリック系かプロテスタント系かいずれかの学校に通い、大学や会社に入るまで異なる宗派の住民同士との交流はほとんどないが、1981年、カトリック、プロテスタント、他の宗派・宗教、無宗教の子供たちが一つ屋根の下で勉強する学校ができた。別々の教育体制やコミュニティーに所属する中で生まれる、互いに対する無知、偏見、憎しみを自分の子供たちには決して経験して欲しくない、と考えた親たちが作った統合教育学校だ。

 最初に設立されたラーガン・カレッジ(日本では中学から高校に相当)から現在までに統合学校の数は小中学校を合わせて58校となった。北アイルランドの全小中学校数からすると約5%で、ほんの一握りともいえる。それでも、既存の宗派の学校に入れたくないと考える親は増えており、2005年には統合学校への入学希望者500人を「断らわざるを得なかった」と、統合学校の運営を助ける団体「NICIE」のマーケティング・マネジャー、デボラ・ギルバンさんは言う。

 統合学校の成り立ちは親の意思が出発点だった。「統合学校」として政府から認定を受け、親が教育費を払わないで済むように運営費を税金でカバーしてもらうためには、ある程度の生徒数と一定期間継続して運営できることを証明しなければならない。認定が降りるまでの間、統合学校は「統合学校基金」を通じて協力者から資金を募り、これを運営費にあてる。

 ブレア英首相も訪れたと言う、統合学校の一つ、へーゼルウッド中等統合学校を訪れてみた。校内の壁の一部にあったモザイク画の一つには銃がモチーフとして描かれていた。

 集まってくれた数人の生徒たちは、「学校では宗派が違っても全然関係なく勉強したり、遊んだりする」と声をそろえる。

 「放課後、家に連れてきて遊ぶこともあるよ」と一人の男生徒。「でも(同じ宗派の友人同士が行く)地元のクラブには一緒に踊りに行ったりはしないかな」。

 「同じ教育機関に通ったからといって、全ての問題は解決しない。統合学校に行っただけで差別や偏見が全て消えるなんてことはないし、学校に期待を持たせすぎないほうがいい」と、自分の子供も統合学校に通わせた、「エコノミスト」ジャーナリストのオコナー氏が言った言葉を思い出した。

 学校から外に出るために校門まで歩く途中の道で、近隣の建物と学校を隔てる高い柵が付けられていることに気づいた。柵の上には鉄製の突起物がついており、校門以外の場所からは絶対に入らせないぞ、という意思を感じた。何故これほど頑丈な柵を作る必要があるのか。柵も銃のモザイクも、ベルファーストに住む子供からすれば見慣れた光景で、ことさら気にならないのだろうか。

 統合学校はカトリック、プロテスタント系住民の両方から反発を受けやすい、とNICIEのギルバンさん。カトリック教徒から見れば敵であるプロテスタントの子供がいる学校であり、プロテスタントか見ればその逆だからだ。子供の数が少なくなり、生徒の取りあいとなっている北アイルランドでは、生徒が統合学校に行けば自分たちの学校が閉鎖される状態を恐れる学校もある。しかし、理想として統合学校を支持する声は高まるばかりだ。

 2001年から03年の間に北アイルランドで行われた「オムニバス・サーベイ」では、81%の人が統合学校は平和と和解に役立つと答えている。2005年の「ライフ・タイムズ・サーベイ」では、現実には北アイルランドの90%の地域がカトリックかプロテスタント居住区に分かれているものの、79%の人は異なる宗派同士が混在する地域に住むことを望んでいるという結果が出た。

 現実は希望とはかけ離れており、3月末再開予定の自治政府も今後どうなるか予断を許さない。未来図は不明だ。しかし、数世紀いさかいが続いてきた北アイルランドは、今、自力で新たな将来を作る産みの苦しみの時期にあるのかもしれない。(終)


                   ***

 この後、カトリックのシン・フェイン党とプロテスタントのDUPは共に自治政府を形成することに合意し、5月8日から新政府発足予定だ。何と、シン・フェイン党のアダムズ党首とDUPのペイズリー党首が並んで写真を撮られるのは今回が初めてだったようだ。
 
 それでも、2人は一つの線上にならんでおらず、机はV字型に並べられ、V字の片方にペイズリー氏、片方にアダムズ氏が座り、向き合うけれども一つ机をシェアしたわけではない、という座席構成になったという。まだまだ苦労は続くが、こういうレベルのことで悩むようだったら、まだいいことに違いない。
by polimediauk | 2007-04-27 02:02 | 政治とメディア