小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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「新聞は瀕死状態か?」 英、仏、米の試み


ー「ネットで読むだけでもいい」

 ロンドンの外国プレス協会で、24日、「新聞は瀕死状態か?」というタイトルのディスカッションがあった。パネリストとして参加したのは英テレグラフ紙のウイリアム・ルイス編集長、米インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙(本部パリ)の記者エリック・ファナー氏、インドのタイムズ紙のロンドン支局長ラシミー・ロシャンラル氏、フランスの経済日刊紙ラ・トリビューンのアンドレア・モラウスキー氏。何故かヘラルド・トリビューンの記者のみがやや自信なげでそれほどおもしろいコメントがなかったのだが、最後までテレグラフ紙ルイス編集長への質問が絶えず、熱狂の雰囲気の中でイベントは終わった。

 まず、ルイス編集長(37歳)は元ファイナンシャルタイムズの記者で、サンデータイムズにいた後、テレグラフに来たのは2005年。編集長になったのは昨年の秋から。印象記になるが、英国の上流階級のようなアクセントでしゃべりだしたので、??と思っていると、段々くだけたアクセントに変わっていく。時々英政治家がそうなのだが、わざと米国人っぽいしゃべり方とかフレーズを入れる感じで、こういう話し方は今時のこういう年齢の人に流行っているのかなあと不思議だった。最後まで参加者の注目を集めっぱなしだった。

 この中で私が強い印象を持ったのは、
―テレグラフの「ウエブ、紙などの区別をしていない」点。どっちが先か、つまりスクープ掲載のときなど、どうするのか?としつこく聞かれていたが。ある新聞のインタビューでは、ルイス編集長は「ネットで読んで、後で新聞を買ってくれなくてもいい」とまで述べている。
―テレグラフやフランスの新聞もそうだが、「新聞を作る側が傲慢だった。朝に出す紙用に作ればいいと思っていた」という点
―仏トリビューンの試みで「ネットと紙媒体の記者が時々仕事を交代でやっている(紙の記者がネットの業務をするなど)」。

 テレグラフは新聞自体で「お金を稼いでいる」と言っていた。これは珍しいようだ。インディペンデントも(ガーディアンも?)、新聞自体でお金を稼ぐことが難しいと聞いている。広告に頼らず、という意味かどうか?聞こうと思ったが時間切れだった。

 テレグラフは英国の新聞の中でも一番最初に(1994年)ウエブサイトを始めた、と紹介されていた。

 テレグラフ・ルイス編集長「今、新聞は瀕死の状態にはないと思う。世界的に見ても、米国と欧州を除けば、発行部数や新聞の数そのものは増加する傾向がある。今まで新聞業界にいたのは16年だけれど、今が最高にエキサイティングで、業界にはダイナミックな動きがあると思う」

 「テレグラフの例をとっても、毎年新規卒業者を雇用するのは一人か二人いればいいほうだけれど、今年は10人採る予定で、面接中だ。テレグラフは爆発的に伸びようとしている、と言っていい」

 「デジタル世界に読者と広告が移っているので、こちらもデジタル世界に入ることにした(最近のマルチメディア戦略のこと。昨年秋から、ロンドンのビクトリア駅近くに引越しをして、マルチメディアを主眼にした新しいオフィスで編集をしている。)これで、直ぐに、主眼となる紙媒体に影響が出てきた」

 「雑誌を見ても、読者をたくさん得るには、まずオンラインのウエブサイトから、という動きがある」

 (テレグラフの読者は50歳以上と言われているけれども)「45歳以下の読者の多くがスポーツ記事にたくさんアクセスしている。ビジネス面も同様だ」

 「テレグラフは年老いた人が読むもの、退屈だ、というイメージがあるかもしれないが、そうではない。テレグラフという一つのブランドを広げる、そういう意味でのマルチメディア戦略だと思っている」

 「テレグラフを1つの媒体だと見ている。『プラットフォーム・アグノスティック』という考え方をしている。どんなプラットフォーム、つまりはどんな形でもいい、と。読者がテレグラフをどうやってどこで読んでもいいように、と。(英国で大人気の携帯電話)ブラックベリーで読んでもいいと思う」

 「今までを振り返ると、テレグラフのスタッフは、人々が朝起きて新聞を読むという習慣だけに合わせて新聞を作っていた。一日に一度の機会のために作る、という意味で怠け者だった」
 
 「現在は、読者は王様、と考えている。経営陣も考え方を変えた。読者が何を欲しがっているか。例えば、サイトで提供されている映像クリップには、毎月60万件のダウンロードがある。新聞社にとってはまったく新しい領域だ」

 「編集長への手紙(=読者欄への投稿)もマルチメディア戦略を実行してから2倍に増えた。今は毎日1000通手紙をもらう。その90%は電子メールでくる」

 「もっと読者をデジタルの金脈につれていきたい」

 「ウエブサイトでヒット数が大きいトピックに関しては、次の日の紙面で扱いを大きくするなどができる」

 「今は新聞産業の黄金の時代だと思う。これまで、新聞業界の態度は傲慢だったと思う。自己満足の世界だった。これはデジタル時代で変わらざるを得なくなったと思う。変わるべきか、変わらざるべきかではなくて、変われない新聞は惨めな死が待っていると思う」

 インターナショナル・ヘラルド・トリビューンのエリック・ファナー記者「業界の怠慢は確かにあったと思う。営業利益率が24-30%だったし、これでいい、と」、「米国の新聞業界は英国とは違う。全国紙が少ないし」

 「新聞が瀕死状態にあるのかどうか?そういわれているけれど、実際に死んだ・つぶれたところは今は(米国では)ほとんどないのではないか。これが20-30年前だったら、統合合併で消えるところは結構あったと思うけれど。そういう意味では、新聞は生き残っているのだと思う」。

 インドのタイムズ紙のラシミー・ロシャンラル氏「1838年創刊の伝統的新聞だ。発行部数は310万部で、英語での高級紙という意味では世界で最大の部数と思う。ただし、インドでは、ブロードシート(=高級紙)というよりも、よく言われるのが『ブロードロイド』つまり、ブロードシートとタブロイド(大衆紙)がミックスしている新聞だと言われている」

 「新聞が瀕死状態かどうか?昨年末、米タイム誌が、『マン・オブ・ザ・イヤー』に出した人物のことを思い出してほしい。その人物は『あなた』つまり読者だった。マイスペース、他SNSも大人気だ。つまり、読者・ユーザーが作ったコンテンツが人気で、これが新聞を変えたと思う」

 「メディア王マードックは、新聞を『ニュースの提供者』と呼んだ。『会話をする場所』であるべきだ、と。新聞は読者が馬鹿であるように(=一歩下の存在として)扱っている、と」

 「新聞の部数は米国で5%、欧州で3%、日本でも2%減少している。ところがインドでは急成長だ。広告も2004年では紙媒体で15%伸びた」

 「紙の新聞は中間地帯にある存在として私は考えている。例えば、ウエブサイトに流し、これを携帯電話にも流す。あるいは携帯で真っ先に記事を出す。紙媒体に載せる時は、グラフをつけたり、情報を付け加えたり、解説をつける、と。これをまたサイトに戻す時、関連記事のアドレスを入れるなどしてさらに詳しくできる。ここで一回りして、終わる、と」

 ラ・トリビューン紙のアンドレア・モラウスキーロンドン支局長「フランスの新聞はずっと景気後退状態が続いてきたのだけれど、少しずつ回復しつつあるとも見ている。この間の大統領選の投票でも投票率は80数パーセント。これほど高いことはなかったと思う。何か行動を起こそう、という機運がある」

 「確かに、新聞業界の中には怠慢さがあったと思う。しかし、段々ここでも動き出そうという機運があると思う。経済に目を移しても、大きな投資をしようという方向になってきている」

―テレグラフではビデオははどんな感じで提供しているのか?

テレグラフ・ルイス編集長「ビデオはサイト上で見れるようになっており、英商業テレビITVのニュース部門ITNと提携を結んでいる。例えば自分たちが作った経済番組を毎日昼12時半から出している。編集はITN。クリケットなどスポーツのビデオもある。短いけど、見やすい。コストがゼロでできる(注:どのような意味でコストゼロというのか、不明だった)。ビデオでお金をもうけている」、「記者は原稿を書くだけでなく、映像、音声情報用にニュースを作る」

―前の所有者(詐欺罪で裁判中)ブラック卿のスキャンダルで読者は減ったか?

ルイス編集長「うーん・・・。最近テレグラフに来たばかりなので、前のことは分からない。でも、いつでも数字は上下する。しかし、テレグラフに傲慢さなどがあったことは確か。ここ5年で目が覚めた状態になったと思う。ライバルはグーグルやヤフーになった」

―テレビの影響で新聞に人気がなくなったと言えるかどうか?

 ラ・トリビューンのモラウスキー支局長「テレビの影響はあると思うけれども、これだけで部数が落ちたわけではない。フランスでは地方の新聞が強い。地域社会に根をはっている。しかし、ネットの人気の影響はあるかもしれない。特に、フランスでは今ブログが大人気になっている」

 インド・タイムズのロシャンラル氏「インドではテレビのチャンネルは100あるが、これが新聞の発行部数に関係あるとはいえない状態だ」

―クロスワードが好きな読者に関してコメントが欲しい。英国で人気の無料紙も質が高くなっているが、影響はあるか?

 テレグラフ・ルイス編集長「クロスワードは実は結構重要だ。ちょっと変えようとしたら、読者からかなりの反響があったので、おいそれとはできないと思った。オンラインのクロスワードパズルクラブというのを作っている。有料でメンバーになれるのだが、これが非常に人気だ」、「無料紙だが、質に関してはなんともいえないが、ある一定の層の人に人気のある媒体、と言っておこう。テレグラフは別のものを提供できる」

―マルチメディア戦略といっても、一人の記者がいろいろやらされたら、質の水準を維持できるのか?

 ルイス編集長「それはまだ実験中」。

―紙媒体に出る前にネットで出すことの是非についてどう思うか

 ルイス編集長「紙とネットの区別をしなくなった。読者が何を欲しているかを起点に考える。自分のことを考えるのでなく、読者のことを考えると。作り手を中心にするのではなく。昼休みに情報を欲しい人もいる。スタッフは会社に来て、それから夕方までをかけて新聞を作っていた。自分が中心だった」

―52人、新オフィスに移動するときに解雇したと聞いた。人が少なくなってマルチメディア戦略を実行できているのか?

 ルイス編集長「52人退職したのは事実だが、新しい人もたくさん入れているので、トータルではそれほど人が減っているわけではない。海外支局も増やしている。もっとお金を使っている」

 ラ・トリビューンのモラウスキー支局長「ネットと紙媒体のどちらを先にするかは編集部でもずい分話題になった。2本足で歩く、という考え方をしている。つまり、紙媒体とネットとが両足。どちらかが先に行ったり、後に行ったりするが、最終的に全体が進めばいい、と。最初はラフでオンラインに出し、後で紙媒体で詳しく書く、という風に仕事の内容が変わったと思う。また、社内的には、紙媒体の記者が、例えば1週間に一度オンラインのみで働くなど、交流できる体制がある」

 テレグラフ・ルイス編集長「例えば、読者が何をいつ読みたいかを考える時、訃報の例をとれば、昨日はロシアの元大統領エリツイン氏が亡くなった。テレグラフにとって、長い訃報記事は重要。私が一読者だったら、3000字ほどの長文の訃報記事を、夜寝る前に読みたいと思うだろう」

―ネットに先に出すのは、例えスクープでもそう言えるのか?具体例を出して欲しい。

 ルイス編集長「昨年末、BBCの経営委員長がライバルのITVに突然移籍するというスクープがあった。スクープの最初はブルーベリー(携帯電話)に出した。それからウエブサイトに。その後が紙媒体だった。紙の時点では読者は解説を読みたがっていた。ここで問題だったのは、誰がそのスクープをブレークしたかだった。テレグラフのスクープということで、他のメディアも報道した」
 
 「時間によって、読者が欲しいものが違う。午後4時、私たちは『運転の時間』と呼んでいる。A4サイズのPDF版形式で「テレグラフPM」という媒体をダウンロードできるようになっている。これで基本的な、通信社が出すような感じのニュースを出す。昼休みには、ビデオクリップを見たい人が多いので、これにあわせる。夕方から夜にかけてはサイトを見る人がピークになる。サイトを見て旅行プランを立てる人も多い。私たちの懸念は、もしサイトに載せたら新聞を買わなくなるのではないか?ということではなく、スーパーサイト(ウエブサイト)を作ることを狙っている」

―ウイリアム王子と交際相手のケイト・ミドルトンさんが別れたというスクープを他の新聞が出したけれど、このスクープをもしテレグラフがとっていたら、どんな風に扱ったか?

 ルイス編集長「読者が何を欲しがるか。まず、紙媒体だと、このようなトピックをテレグラフの1面で大きく出すと、読者は敬遠する。ミドルトンさんのきれいな顔写真のアップなどもあまり好まれなかった。オンラインの読者はトップにしても構わないようだったけれども。オンラインの読者の80%は紙媒体の読者とは違うタイプ」

―大衆紙サンやデイリーミラーが大きなスクープを出すけれども、ああいうスクープでも、テレグラフではネットに出し、それで他の新聞が後追いしても、本当に構わないのか?

 ルイス編集長「サンやミラーが何をやっても構わない。テレグラフはテレグラフ。読者層が違う」

 ・・・質問はどんどん増えるばかりの中で、時間切れとなったが、ひとしきり人がいなくなった後で、ある人が、「ルイス編集長はテレグラフの宣伝に来たみたいだったね」と一言。


 
by polimediauk | 2007-04-28 00:15 | 新聞業界