小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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リンゼイ・アン・ホーカーさんの英メディア報道


 ブレア首相は、来週、退任を表明するそうである。日にちはまだ未定だが、GMTVの番組でそう表明したからだ。2日で、首相になってから10年である。イラク戦争が人々の記憶に残りそうだが、何年も経ってからはどういう評価になるのは分からない。良い首相だったという評価をすることになるのかもしれない。次期首相はブラウン財務相が有力。

 ルーシー・ブラックマンさんの父親のインタビューがここ2,3日の紙面で掲載されるようになった。父親が巨額の見舞金をもらったことが問題になっている。「ルーシー・ブラックマン」基金のために使ったと本人は言っているが、本当にそうか?という疑念があると言われている。別れた元・夫人が、「血のお金を受け取った」と言っているようだ。

 千葉で殺されて見つかったリンゼイ・アン・ホーカーさんの英メディア報道について、「新聞通信調査報」5月1日号に書いた。

 最初は感情的な報道が多かったが、タイムズのウエブなどで記事を読むと、日本でリンゼイさんを知っていた人などからのコメントがある。様々な意見があって、これがインタアクティブということかなあと思った。

 以下はその分析記事。

 
3月末、千葉県市川市のマンションで、英会話学校の講師で英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさんの遺体が浴槽の中で見つかった。2001年、英国人女性ルーシー・ブラックマンさんが神奈川県三浦市で切断された姿で見つかった事件を彷彿とさせ、英メディアは連日ホーカーさん事件を詳細に報道した。

 元々、英国では日本に対する不信感や否定的感情を持つ人々が、特に年齢の高い層の一部に存在する。これは、主に第二次世界大戦中、日本軍による連合軍の戦争捕虜に対する及び他のアジア諸国に対する「残忍な扱い」を起因とする。また、日本は異質の価値観を持つ国という見方も継続する論調の1つだ。こうした流れが英国の日本報道の背後に常に存在することをまず了解しておきたい。

 ホーカーさん事件が発覚すると、英各紙は、毎回必ずと言っていいほどホーカーさんや家族の写真を掲載しながら報道し、読者の同情心を誘った。

 ブラックマンさん事件の際のように、ホーカーさんの場合も父親が来日し犯人逮捕を訴えると、涙の会見の模様をテレビが放映した。BBCのニュースサイトやガーディアン紙のウエブサイトでは、現在でも、この時のビデオを繰り返して見ることができるようになっている。

 一連の報道で、(1)治安の良さで知られる日本が今や危険な国になってしまった、(2)この事件は容疑者である一個人(遺体が発見されたマンションの居住者男性)が起した犯罪というよりも、日本あるいは日本社会全体が責任を持つ犯罪、とする見方が表に出てきた。

 (1)、(2)ともに性急なあるいは不当な判断のように思えるが、こうした見方の一つのきっかけは、ホーカーさんの父親の発言だった。

 日本での記者会見に臨んだ父親は、犯人は娘が日本に対して持っていた「信頼を裏切った、日本に恥をもたらした」と述べ、デーリー・テレグラフ(4月2日付)は、言葉の一部を拾い、「殺害者は日本に恥をもたらした」とする見出しをつけた。

 グレアム・フライ駐日英大使の関与も、ホーカーさん殺害は外交官がからむほどの重要な事件であり、また日本全体が何らかの責任を持つべき犯罪という印象を英国民に与えた。大使は、ホーカーさんの父親の声明文を会見場で読み上げた他、捜査を担当する千葉県警本部を訪れ、事件の早期解決を要請していた。

 浴槽の中の砂に埋められて亡くなっていたという点では衝撃的だが、ホーカーさん事件を過度に重大化し、感情に訴えかけるような報道をしていた部分が当初あったことは否定できない。

 しかし、分析記事では深みのある記事も登場するようになった。

 滞日12年で作家のレスリー・ダウナー氏は、タイムズ紙上(4月3日付)で、「日本人には本音と建前があり」、「何事も表面に見える部分とは違う可能性がある」と指摘。ここまでは「日本=訳の分からない、怖い国」という、この事件に限らず英国に常にある日本異質論的な論調だが、「安全と思える日本だが、西欧と比較して余りにも安全であったために」、ホーカーさんやブラックマンさんは「本国だったらとらないようなリスクをとり、それ故に殺害されたのではないか」とする鋭い分析を提示した。

 BBCの女性記者も、ニュースサイト用記事(3月28日付け)で、外国人女性にとって日本社会は本当に安全かどうかを検証。自分自身の経験や他の外国人女性へのインタビューを通して、日本では「外国人女性であるだけで関心を引く存在」となる傾向があること、危険を防ぐにはどうするかを分析した。

 一方、タイムズのウエブサイトの関連記事には英国に住む読者だけでなく、日本に住む外国人などからも感想が寄せられた。「この事件で日本が怖くなった」と書く人がいれば、「このようなケースは非常にまれ。日本の治安は非常に良い」と反論する人もいた。「この事件で日本人男性が変だということが分かった」と書く読者がいるかと思うと、「欧州の男性にも変な人はたくさんいる」と返す読者もおり、誰でもがどこからでも書き込みが出来るネットの特色を生かし、議論に幅をもたらした。

 ホーカーさん殺人事件の英報道は、当初は感情面に訴える論調が主となったが、分析記事やネットも含めると、最終的には十分に多様な視点が提供されたと言っていいのではないだろうか。

by polimediauk | 2007-05-02 02:29 | 日本関連