欧州のフリーペーパー 1
明らかに、ライバル
もしかしたら、欧州で「フリーペーパー」が広まっていることの重要性を、日本ではまだ一般には広く浸透していないのかもしれないと思い、日本新聞協会が出している月刊紙「新聞研究」1月号から、ある記事を紹介させていただきたい。
欧州のメディアの動きを追っている東洋大学名誉教授廣瀬(ひろせ)英彦さんのフリーペーパーに関しての原稿で、「若者をとらえ、都市に浸透ーメディアの再編、多様化を進める」という題名がついている。
この原稿の中で、欧州では、フリーペーパーをめぐる戦争が起きている、という部分に注目したい。既存紙がライバル視しており、フランスでは、当初、フリーペーパーの束を新聞組合員たちがセーヌ川に捨てるという事件も起きた。競争相手と思っていなければ、こんなことをするはずがない。
「無料」ということで脅威を感じたということなのだろうが、単なるコミュニティーペーパーだったら、ライバルにはなり得ない。恐るべし、フリーペーパー・・・というのが、欧州の状況のようだ。
(以下、「新聞研究1月号」記事からの抜粋紹介です。)
―通勤時間に潜り込んだ「メトロ」
1995年は、ヨーロッパ新聞界に大きな変化をもたらす初期振動が起こった年である。この年の2月13日、スエーデンのストックホルムで日刊フリーペーパー「メトロ」が、スエーデンのマードックとも呼ばれたヤン・ステンベックの支配下にあるキンネビーク・コンツェルン傘下のモダン・タイムズ・グループによって創刊された。
ストックホルム・ジャーナリズム大学の学生ペレ・アンダーソンが発案し、そのまま新聞界に飛び込んで実現にまで力を尽くしたというこの新聞は、地下鉄の駅構内に置いたラックに積み上げておいて、通勤者に自由に車内に持ち込んで、降車までの時間に読んでもらうという方式をとった。
その新聞の特徴は、地下鉄利用者の20分程度の通勤時間をマーケットとしたニッチ・ビジネス(隙間事業)であり、毎号1ページ分を地下鉄当局の広告に無料で開放するのを条件に、ラックを駅構内に置いてもらう権利を取得することで、メトロ、地下鉄当局、読者の3者がともに利益を享受するというビジネスモデルを採用したところにある。鉄道の通勤者をターゲットとするところから「コミューター・フリーペーパー」と呼ぶことができる。のちにメトロの国際的事業展開を引き継いだメトロ・インターナショナル(本拠はルクセンブルグ)の経営責任者は、成功の鍵は「大都市の主要交通機関から独占的支配権を取得すること」であったと語っている。
それ以降、メトロはヨーロッパの主要都市に急速に進出し、現在では、イタリア、オランダ、ギリシャ、スエーデン、スペイン、チェコ、デンマーク、ハンガリー、フィンランド、フランス、ポーランド、カナダ、アメリカ、チリ、韓国、中国の世界16カ国の61都市に、15言語で40版を発行する規模に達している。読者合計、約1450万人と称する。
だが、今日まで、すべての進出が順調に進んだわけではなかった。進出したそれぞれの都市で、様々な「手荒い歓迎」を受けた。その最も激しい事例は、02年2月にパリに進出したときである。
メトロはフランスの強力な出版労働組合CGTの反対を受け、隣国のルクセングルブで印刷してパリに運び込んだが、配布地点に到着してトラックから新聞の束を降ろし始めると、待ち構えていた組合員がそれを奪い取って、路上に撒き散らしたり、セーヌ川に投げ込んだりするという妨害が、連日に渡って繰り広げられた。
こうした状況を、高級紙ルモンドは「フランスで明らかに無料新聞戦争が始まった」と報道した。またスイスの高級紙ノイエチャルヒャー・ツアイトウングも「無料新聞のフランス市場を巡る戦争が始まった」と書いた。
(続く)