小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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監視社会としての英国


 監視社会として英国の話は、結構深く、どこまでやるかなのだが、日本で「ゲイトキーパー法」というのが審議されていると聞いた。これはもともと英国の法律を基にしたもの、とコメントをされた方にご指摘いただき、自分でも少し調べたのだが、うまい具合に英語と合致する情報をあまり見つけられないままだ。

 身近なものだと、銀行の口座に関わる身元情報を、英国の銀行側は政府に出すことを義務付けられているようだ。マネーロンダリングなどを防ぐ目的で、一定以上の金額が口座にあったり、「オフショア口座」の持ち主だったりすると、マネロンを疑われる可能性あるようだ。

 英国は監視カメラ(CCTV)の数やDNAデータベースの件数(日本の警察がお手本にしているそうだ)で世界一を誇る。これからも増えるようだ。これをもって「怖い監視社会」とも解釈できるが、私が、そして英国に住んでいる方なら誰でも思うのは、当局が情報を持っていること自体が怖いというよりも、当局側の情報管理がずさんというか、ややめちゃくちゃなので、出すべきでない情報を出してしまったり、間違った情報がそのままだったり、ということで大きな事件が起きる可能性が非常に高い。それで心配になる。

 英国の監視社会の状況をひとまずまとめてみた。

誰かがあなたを見張っている!?
 監視社会となった英国に懸念の声

 携帯電話、クレジット・カード、オンライン・ショッピングなど生活の電子化が進むにつれて、人は行動の足跡を必ずどこかに残すようになっている。誰かがその足跡を情報として集めている。街角では、あちこちに設置された監視カメラがあなたの行動を記録、監視する。DNAデータベースの登録件数や監視カメラの台数が世界一の英国は、まさに監視社会となってしまったようだ。

 「英国が知らないうちに監視社会になってしまうのではないかと心配している」。3年前にこう発言したのは、情報のアクセスと保護とを促進する任務を持つ、リチャード・トーマス情報長官だった。

 しかし、昨年末発表された調査報告書によると、世界最高の420万台の監視カメラが設置されている英国は既に「監視社会」だ。携帯電話、クレジットカードの支払い、スーパーのロイヤリティー・カード、「オイスター」プリペイドカード、電子カルテ、雇用主による職場での従業員のメールチェックなど、私たちの生活は誰かに何らかの形で監視されるのを避けられない状況となった。(注:報告書のダウンロードはhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/6108496.stm から、中央にあるレポートPDFをクリック)


―しゃべる監視カメラ

 監視社会の度合いは今後も強まりそうだ。2008年から、英国に住む外国人は指紋と瞳あるいは顔面のスキャン情報を政府に提出するのが義務化される。同じく08年から、イングランドとウエールズ地方の16歳以下の児童は学校での成績や他の情報を子供データベースに登録する。09年には英国在住者に生体認証情報が入ったIDカードが発行される。10年には、国民保険サービス加入者のデータベースが立ちあげられる予定で、全患者の記録が電子化され、一元管理される。

 国内20箇所には、試験的試みとして「しゃべる監視カメラ」も設置されている。犯罪につながるような行為をカメラが捕らえた場合、監視カメラをチェックしている人物が、カメラを通して通行人に注意を呼びかけることで犯罪を防ぐのが目的。通行人側からすると、突如カメラが声を発するので、度肝を抜かれる展開となる。

 5月1日、国会議員の前で監視社会の将来に関して意見を述べたトーマス情報長官は、しゃべる監視カメラは「行き過ぎ」と批判した。公的機関が新たな監視カメラの設置やデータベースの構築を行なう前に、「プライバシー侵害に対する影響を査定することが必要」と長官は提案した。また、監視カメラがどこにあるのかを示すウエブサイトを立ち上がることも提唱し、「知らないうちに監視されている」状態をなくすべきだ、と訴えた。

―監視社会の善と悪

 「監視社会」というと、権力者側が悪意を持って市民の自由を脅かすというイメージが一部にあるが、情報の管理、サービスの効率化、犯罪防止など、何らかの恩恵をもたらすことがもともとの目的だ。しかし、第2次世界大戦中、米政府が国勢調査を利用して日系米国人を隔離した例がある。また、英国では近年ID情報を盗んで他人になりすまし、クレジットカードを使う犯罪が急速に増えている。いかに悪用を防ぐかが問題となっている。

 また、悪用する意志がない場合でも、政府側の情報管理のずさんさが目立つ例として、最近、国民保険サービスが医師の募集用に使っていたウエブサイトで、部外者には公開されないはずだった応募者の個人情報がサイト上で公開される事件があった。プライバシー侵害に加え、入手した情報の管理の面でも問題が多い現状となっている。

数字で見る監視社会

137,000件:ID情報の窃盗件数(2005年)
420万:英国内監視テレビの台数(14人に1台)
300回: ロンドン市民が一日に監視テレビに捕らえられる平均回数
360万:警察の犯罪人DNAデータベースに登録されている件数

監視のキーワード


 監視テレビ(CCTV):英国の監視テレビの台数は世界最高だ。犯罪防止やショッピング街の治安維持のため、1990年代半ばから急増したが、内務省のある調査によると、実は犯罪予防にはあまり効果がなく、街灯を増やすなどの手段の方が効果的という結果が出た。スピード違反防止用の道路沿いの監視カメラの台数は1996年の30万台から2004年には200万台に。罰金の支払いも飛躍的に増えた。自動ナンバープレート読み取り機能のついたカメラは、2008年までに一日に5000万台の車を識別できるようになるという。

 データベース:監視カメラで捕らえた映像を含めて様々なデジタル・データを組み合わせると、ある人物や事柄に関する、加工しやすいデータベースが構築できる。マーケティング、薬品、警察業務、国境取締りなどに役立つ。政府は、2008年から生体認証を組み合わせて、全国民のID情報データベースの作成を予定。子供専用データベースや電子医療情報を組み合わせる国民健康サービスのデータベースなども予定。

 生体認証(バイオメトリックス):政府が発行する国民のID情報識別には何らかの形での生体認証、例えば指紋、顔や瞳のスキャン情報などが使われている。2001年9月11日の米大規模テロ以降、「テロ戦争」を戦う上で生体認証の入った情報の有効性が高まった。将来的には、歩き方で人を認証するシステムも政府は考慮中。

 追跡装置:監視カメラが捕らえた情報に、携帯電話やPC,ラジオ、電子切符「オイスター」などの利用で得られた情報を組み合わせると、ある人物の所在を高精度に追跡することができる。政府が実現を予定する個人のIDカードには、所有者がカードを使わなくても、ある一定の場所を通過するだけでシグナルを送るチップが組み込まれているという噂がある。

 DNA:警察は、犯罪人データベースに360万人分のDNAサンプルを所持している。世界最大の件数を誇り、フランスの同様のデータベースの50倍。10年前は70万人分だけだったが、2008年には420万人分に増加する見込み。警察は逮捕した人物からDNAサンプルを取るが、逮捕者が後で無実で釈放されても、その人のサンプルはデーターベースから消去されない。360万人のうち、14万人は逮捕されたが無実で釈放された人の分だ。25000人は子供の逮捕者。DNAの照合により犯人を捕まえる方法を発見したアレック・ジェフリー教授も、英国のDNAデータベースは「全市民を容疑者として扱っている」と批判する。(Source: Daily Telegraph)

 監視社会は、よく「BIG BROTHER 」社会とも言われる。ビッグ・ブラザー(偉大なる兄弟)。英作家ジョージ・オーウェルが書いた、全体主義国家を痛烈に批判した小説「1984年」(1949年出版)に出てくる、唯一の政党の指導者のことだ。国民が敬愛する対象であり、町中には「偉大なる兄弟があなたを見守っている(Big brother is watching you)」という言葉とともに彼の写真が貼られている。市民は「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビによってその行動を常時当局によって監視され、思想、言語、結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられる。英国を含めた世界各地のテレビは、男女のグループが一室で一定期間生活をし、その様子をカメラが放映する番組を「ビッグ・ブラザー」と名づけて放映している。(以上、「ニュースダイジェスト」紙5月24日号掲載分に情報を加えた。)

by polimediauk | 2007-05-25 06:42 | 英国事情