小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

チャンネル4とBBC 


 今、テレビ局・チャンネル4(公共放送局だが広告などで経費を負担。政府が所有と言うことになっている)に対するバッシング、あるいはチャンネル4とBBC(正確には時事ドキュメンタリーの「パノラマ」)との新たな闘いが起きている。

 チャンネル4が、次期ブラウン政権では民間化される、という噂が繰り返し新聞で報道された。いくつかのスキャンダル(?)もあった。1つは、朝のトーク番組で、視聴者に問いかけを行い、視聴者が携帯電話でこれに答えるという仕組みの中で、既に視聴者の中から「勝利者」が選出された後にもかかわらず電話線がオープンになっていた、と。結果的に、視聴者はお金を無駄にし、それを製作者側あるいはテレビ局側に入っていた、という疑惑。これは事実だったことが分かった〔故意にそうしていたのではなく、テクニカルな理由と言う説明だったが〕が、他のテレビ局でも同様の動きがあったということで、英テレビ業界で大きなトピックになった。

 また、今年1月には人気番組「ビッグ・ブラザー」で参加者がインド人女優に対し人種差別的発言をし問題になった。当時、チャンネル4のトップ、アンディー・ダンカン氏は対応が遅く、ニュース番組のインタビューにも当初出なかったことで、ますます批判された。インドでは大きな抗議運動が起きた。先述したが、5月末、新たな「ビッグ・ブラザー」のシリーズが始まった時、チャンネル4はこの時の不適切な対応をわびることになった。

 今週になってまた事件が起きた。まず、ダイアナ元皇太子妃の事故〔丁度十年前になる〕で、当初犯人か?とされたパパラッチの動きを丹念に追った、「ディスパッチ」という番組枠で、事故の様子の写真を使った。顔は隠されていたものの、事故の直後ダイアナ妃が車中にいる様子の写真もあった。

 事故のことを思い出したくない人にとっては、残酷な写真の数々だった。放送は木曜日だったが、ダイアナ妃の2人の息子、ウイリアム王子とハリー王子が、「どうか放映しないで欲しい」という書簡を広報官を通じてチャンネル4に送ったことから注目度が高くなった。

 放映するべきではないと世論が流れる中で、チャンネル4の番組担当者は、「まじめに作ったドキュメンタリーだ。事故直後の写真を使うことは絶対に必要」と繰り返し述べ、放送決定を翻さなかった。

 実際、私も見てみたが、なかなか複雑な思いがした。私自身は、これまで特にダイアナ妃のファンではなく、同情心も抱いてこなかったが、この番組の写真には衝撃を受けた。何故今、という思いもあった。ダイアナ妃の死には陰謀説がまとわりつき、ダイアナ妃と一緒に車にいたドディー氏の父親〔ハロッズの所有者〕は、王室がダイアナ妃を殺したと言っている。そういう意味では真実を解く、という意味もあったのかどうか。

 番組を見ていて、つらく、いやだったが、そのトーンはいたってまじめなものだったのは確かだ。誉めるというほどではないが、もしテレビの質の高い番組が視聴者や社会の考え方の限界を広げるという役割もあるのであれば、視聴観は不快ながらも、「確かに限度を広げた」ともいえた。

 ・・・と思っていたのもつかの間、今度は「ビッグ・ブラザー」でまた問題発言。参加者の1人、白人の若い女性が、黒人系の参加者の女性に対し、「ニガー」〔黒んぼう〕と言ったのである。悪い言葉とは知っていたが、これは全くのタブーの言語であったようだ。この女性は参加を中止された。

 いかにこの言葉がタブーかを示す一例として、BBCラジオでこの問題を扱っていた時のこと。プリゼンター〔司会〕が「ニガー」と言わない。「N(エヌ)-ワード」というのである!これは相当なもので、出演していた黒人ディスク・ジョッキーの話によると、「ラップなどの音楽、あるいは黒人同士がこれを使うのはいいが、黒人以外の人が黒人に対して使うのはタブーだ」。一方で、もう1人の黒人のコメディアンは、「この番組は、一定の場所に一定数の人々を生活させ、監視下に置く。カメラを通して人間としての自由な反応を視聴者が見ることが目的だ。問題発言をしたからといって参加を中止させるのでは、番組のそもそものモットーに反する」と述べた。

 こうした様々な事件が、「チャンネル4はだめになった、視聴率を上げることばかり考えている」という論調につながってゆく。

 金曜日の朝のラジオ番組「TODAY」でプリゼンターのジョン・ハンフリー氏が、チャンネル4のトップ、ダンカン氏にインタビュー。かなりやりこまれていたが、ダンカン氏は熱意を持って反論。なかなか見事な受け答えで、「低俗な番組が多い」という批判には、「ニュースやドキュメンタリーで高い評価を受けている。低俗といっても視聴者には人気が高い。それに、あなた〔ハンフリー氏〕が挙げた低俗な番組の一つに、あなた自身が出ていたのではないか」など。

―ライバル

 BBCとチャンネル4のニュースの闘いというのが近年目立っている。BBCとしては、「ニュースのBBC」といいたいところだろうが、ウイークデーのチャンネル4の夜7時からのニュースの評判が非常に良い。(ジョン・スノー氏がキャスター。)様々なジャーナリズムの賞も受賞している。

 また、BBCとチャンネル4が真っ向から対抗しているのが、月曜日の夜の番組枠だ。チャンネル4は午後8時からディスパッチと言うドキュメンタリー番組を放映している。BBCは午後8時半からパノラマというドキュメンタリー番組を毎回放映。

 パノラマは現在30分だが、私の記憶するところではついこの間まで45分、あるいは60分の番組で、放映日も近年はころころ変わっている。2004年に辞めた前のBBC会長グレッグ・ダイク氏が娯楽路線を強め、ニュースやドキュメンタリーを軽視した、と言われている。大分前になるが、ダイアナ妃が「この結婚には3人いた」など告白したインタビューもパノラマだった。超有名なはずの「パノラマ」だったが、今は30分!これは厳しい。BBCがニュース・ドキュメンタリーに力を入れてるといっても、誰が信じるだろうか。

 一方のチャンネル4のディスパッチは1時間。パノラマとディスパッチを比べると、パノラマのトピック選択にやや2番煎じ感がつきまっとっていたように思う。評判のよくない30分パノラマだったが、最近になって、ようやく、活気が出てきた。

 その1つの証拠が、現在英国でトップニュースになっているのが、パノラマが月曜日に放映する、英防衛大手BAEを巡る裏金事件(ガーディアンでも報道継続)と、ディスパッチが同日放映予定のCIA秘密拷問収容所事件だ。どちらもスクープ、新事実があった、としている。こうした張り合いはほほえましいというか、視聴者にとってはある意味楽しい。(ただ、「ある意味」というのは、両テレビ局とも、互いの番組がいかにすごいかを宣伝しあい、ニュース番組で何度もとりあげている。何度も繰り返すと、国民は、あたかもそれが重要な事件であるかのように錯覚する。BBCは結構この手を使う。ニュース枠の中で、今後の番組を宣伝する、というパターンだ。誰もどこもこれを規制する人は今のところいないようだが、いやだなあと思う。)

 いずれにしろ、チャンネル4へのバッシング状態を他メディアが作り出している状況〔批判の尻馬にのる〕、BBC対チャンネル4のライバルの闘いという状況となっている。
by polimediauk | 2007-06-09 18:02 | 放送業界