小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ブレア特集 「信頼回復目指す新政権」 (上)


 ゴールドスミス法務長官が、来週、ブレア政権が終わるのにあわせて、法務長官の職を辞することを発表した。イラク戦争が合法か違法かの法律判断、武器大手BAEシステムズをめぐる賄賂捜査の中止宣言など、政府に近すぎるのではないかといわれ、大きな議論を巻き起こしてきた。政府の法律顧問としての法務長官だが、政府の時々の政策に法律解釈をあわせたとも言われる。

 一方、ブレアウン新政権が27日には発足する見込みで、新政権の顔ぶれにメディアの関心は集まっているようだ。他政党あるいは非労働党議員が、閣外大臣になるのではないか、と言われている。

 今月初め、労働政策立案のフォーラムとなり、現在までに様々な政策提案を続けている、労働党系シンクタンク「フェビアン協会」のスンダー・カトワラ事務局長に、ブレア政権の分析と今後を聞いた。ニューレイバーの定義(「実はそれほど新しいことをしたわけではなかった」)(上)や、次世代の競争の話(下)が新鮮だった。

「失われた信頼感回復」━ポスト・ブレアのキーワード 英フェビアン協会事務局長に聞く (上)

  10年続いたブレア英政権のキーワードは、自由主義経済、福祉政策の両立をめざす「サード・ウエー(「第3の道」)、労働組合の影響力を大幅に減らした「ニュー・レーバー(新しい労働党)」だった。それでは、ポスト・ブレア時代のキーワードは一体何か。労働党系シンクタンク「フェビアン協会」のスンダー・カトワラ事務局長によると、ブラウン次期首相が最優先するのは、国民の政治への信頼感回復となる見通しだ。 
 
―ブレア政権後、与党・労働党の方向は変わるのか? 
 
カトワラ事務局長:労働党は変わらざるを得ない状況にある。その1つの理由は、この政権は10年続いた。次の総選挙までの期間を入れると(2009年に総選挙実施が確実なので)12年になる。12年間続いた年老いた政権というイメージでは選挙に勝てない。ブラウン財務相(次期労働党党首)は新しい政府、新しい指導部を作る、と言っている。 
 
 国民はブレア政権が民主主義と外交政策の面で間違いを犯したと見ている。ブレア首相自身が「分かっている。国民の声は聞こえている。私は間違った」と認めることはできない。自分の立場を守りたいからだ。しかし、新首相は「やり直そう。全てを変えることはないが、変化は確かに必要だ」と言える。特に外交面では大きな変化があるのではないか。 
 
―労働党は1997年の政権奪回までに、新たな概念「ニューレーバー(新しい労働党)」を打ち出してきた。次期政権の新しいキーワードは何か? 
  
事務局長:実は、ニューレーバーは言われているほど新しいものではなかった。労働党が野党時代に「私たちは完全に新しい考えを持っている。全てが今までの労働党は違う」と宣言することには非常に大きな利点があった。しかし、実際のところ、ニューレーバーに至る議論は、ずい分前からフェビアン協会内では議論されていた。欧州諸国の左派系政党も同様にこの議論を行なってきた。つまり「リビジョニズム」(歴史修正主義と訳され、既存の概念から逸脱し、特定のイデオロギーに沿って修正を加える考え方)だ。 
 
 社会主義者アンソニー・クロスランドが50年代に有名な本を書いた。題名は「社会主義の将来」 だ。この中で、彼は労働党は社会主義の価値観を維持しながらも政策を状況によって変えるべきだと述べた。例えば、国民が労働党の役割は経済を国有化することだと考えた場合、国有化は何かをするための手段となるが、もし国有化で社会の不平等が起きるようなら、これは最善の策ではない、と。自由主義経済と福祉政策の両立を唱えた、労働党の近代化運動の支持者たちが「ニューレーバー」を打ち出す40年も前に、 クロスランドはニューレーバーの議論を既に行なっていた。 
 
 クロスランドとニューレーバーを提唱したブレア、ブレウンの違いは、クロスランドは「目指すのは平等な社会を築くことだ」とためらいなく言えた。ニューレーバーの政策も社会の中の平等の達成と富の公平な分配を目的とするものだったが、ニューレーバー側はそう公言したくなかった。「平等、富の分配」と言えば、野党時代が長く続いた「古い」労働党の印象を与え、票を失うと思ったからだ。 
 
 「ニューレーバー」と言う表現はブレア氏が労働党首になった1994年以降から政権を取る1997年まで、当時の政治状況、当時の経済状況の中で有益だと見て使ったものだが、10年経って、世界の状況は変化している。今や失業率の高さを心配しなくても良くなった。公共サービスにも大きな投資がなされている。国民の大きな懸念事項は治安や移民問題になっている。 
 
―ブラウン次期政権の新コンセプトとは何か? 
 
事務局長:私が見たところでは、今後半年の大きなアイデアとは民主主義と信頼感だ。この二つの面で国民の間に懸念が出ていることを認めざるを得ない。5月にブラウン氏は国民の信頼感を取り戻したい、内閣や議会の力を取り戻したい、と宣言した。 
 
 ブラウン氏は財務相になって最初の週に英中央銀行を政府から独立させた。就任早々、財務相自身が金利を決定するという大きな権力の1つを手放すなんて、何て奇妙なことだろうと、国民は言ったものだ。しかし、過去の労働党政権は経済には弱いと言われており、国民は経済面でブレア政権を信頼していいものかどうか、分からないでいた。 
 
 そこで、非常に大きな権力を政府から独立させることで、国民の労働党に対する見方を変えさせた。労働党が本気であることを理解した国民の信頼を下に、政権は大胆な経済政策を行なえるようになった。民主主義も同じで、国民により大きな力を与えることで、逆に政権がより大胆な政策を実行することが可能だと考えている。 
 
 ブラウン次期首相は、与党に対する信頼感が落ちている点に真っ向から対処していくつもりのようだ。国民がブラウン氏を信頼しなれば、何を言っても声が届かないことを承知しているのだと思う。 
 
―ブレア政権になってから特に、野党保守党と労働党の間で、政策面で似通って、区別がつかなくなったと言われている。ブレア氏は保守党政権のサッチャー元首相の政策を引き継いだとも言われているが。 
 
事務局長:区別がなくなったとは全く思わない。違いは残っている。英政治の議論の中心をどこに置くかで両党は競っていると思う。政策面の合致(収束)の兆しは常にある。しかし議論の中心の位置は常に変わる。 
 
 第2次世界大戦直後の労働党政権は英国を福祉国家にした。国民保険サービスを立ち上げた。そこで、選挙に勝ちたかった保守党は福祉国家体制や国民保険サービスは既に実行されたことなので、保守党はこれをそのままにする、と言った。このような両党の駆け引きが長年続いてきたのが英国の政治だ。サッチャー氏が首相になった時、英国は危機状態にあった。このため、市場原理の強調や小さな政府など、政治議論の土台となる全てを変える必要があった。 
 
 労働党が1997年政権を握った時、新しい現実に対応する必要があった。しかし、労働党は、あまり国民に知られていないものの、この10年で政治の議論の中心をかなり左に移動させた。政治の変化とは、自分とは対抗する陣営を自分と同じ政策を持つようにさせた時に起きる。 
 
 現在の保守党を見ていると、ニューレーバーの言葉遣いをまねているようだ。かつて労働党が野党だったころ、犯罪撲滅や経済政策で保守党の言葉を使って話す必要があった。現在は、保守党が社会保障や社会正義、貧困、教育、国際開発、環境など、かつて重視しなかった項目について話している。革命と呼べるほどの変化が起きている。 
 
 もしブレア政権が成立せず、代わりに保守党政権になっていたらサッチャー氏や(その次の首相)メージャー氏は決して導入しなかったような政策が今現実のものになっているはずだ。 
 
 つまり、ブレア首相は、国民が聞いて心地よく感じる言葉を使いながら、同時に、大声を上げずに最低賃金制度を導入し税金を上げた(増税とは言わなかったけれども)。収入を再分配し、低所得層の税額控除を拡大した。同性同士が結婚に似た関係を結べるシビル・パートナーシップなどは歴史的な政策で、これを元に戻すことは不可能だ。 
 
―それでは英国の政治で右と左の違いは何か。 
 
事務局長:政治面での左右の違いは大きい。英国の左派は不平等と闘うこと、公共サービスにお金をかけることを重要視している。減税はあまり重要ではない。右の原理主義者たちは小さな政府を望むだろうと減税、個人の自由の拡大などが国民にとって良いことと考えている。しかし、原則的な違いは、一方が税負担削減を好み、もう一方が公共サービスへの投資拡大を選択する点だ。 
 
 私の見たところでは、左派にしろ右派にしろ、政権が成立するまでになるには、時の政治議論の中核地点を動かす力がある時だと思う。 
 
―若干40歳のキャメロン党首率いる保守党をどう評価するか?政権担当に機が熟したといえるだろうか?多くの世論調査で、ブラウン氏よりも高い支持率を上げているが。 
 
 事務局長:キャメロン氏が選挙に勝ちたいのは当然だ。保守党員はキャメロン党首を信頼している。信頼するのは、彼が自分たちの一員だからだ。保守的な環境で生まれ育った。キャメロン氏が頭脳明晰であることを保守党員たちは知っており、キャメロン氏の支持に従っている。しかし、大部分は自分たち自身ではあまり乗り気ではない。 
 
―英政治の欧州政治への影響はどうか?英国が中道左派とすれば、フランスは中道右派、ドイツも広義には中道右派と言っていいと思うが? 
 
事務局長:労働党政権が選挙でずっと勝利してきたことに注目して欲しい。1999年、欧州のどこでも左派政権が選挙に勝ったが、その後、移民問題や経済、社会問題がきっかけで多くが政権を失った。英国では1980年代、90年代、左派政党が政権を担当するにはどうするべきか、労働党内で様々な議論が起き、政権取得後は現在まで10年間維持してきた。 
 
 サッチャー主義があるし、英国はある意味では最も右派の国とも言える。フランスは欧州内で最も左派の国。もし英国が保守政党政権でフランスが左派だったら、取引は成立しない。しかし英国が左派政権によって統治され、フランスでは右派政権があるとすれば、2国間は取引が可能な関係となる。サルコジ大統領は、フランス人であるがゆえにグロバーリゼーションへの反対や保護主義に言及するだろう。ある意味では、左のブレアのほうがもっとリベラルかもしれない。実際には、両国は全く異なる政治の成り立ちがあるので、ある意味では議論は収束していくのではないか。大きな問題はないだろう。 
 
 メルケル独首相は、キリスト教民主同盟の党首であり中間政党だと思う。実利主義者で社会民主党とともに連立政権を作っている。英国とフランスの、常識を持った仲介者となるのではないか。 (続く)
 
by polimediauk | 2007-06-23 17:24 | 政治とメディア