小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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「マードックにすりよったブレア」 セミナーより


 ロンドンにある非営利団体「大和日英基金」が、6月21日、日英の政府とメディアの関係をテーマに、セミナーを開催した。日英のセミナー・シリーズはずっと続いていて、次回は「日英の王室・皇室の将来」というテーマ。(7月4日、午後6時から)。無料だが申し込む必要があるので、興味のある方はサイトを参照いただきたい。

http://www.dajf.org.uk/event_page.asp?Section=Eventssec&ID=275

 21日のセミナーは様々な点で新発見があった。メモをたよりに書いてみる。

 司会はつい最近までBBCの記者だったウイリアム・ホースレー氏。オックスフォード大学で日本語を勉強し、1980年代前半から1990年まで、東京特派員だった。

 記憶に残っている政治ニュースとして、田中角栄の逮捕をあげた。田中角栄の金脈政治に関して、大手メディア・新聞は知っていたが、誰も書かず、これをずっと書いてきたのは、文芸春秋の記者だったと指摘。いかに日本の政治家と新聞が(悪い意味で)近いかを示す例として挙げた。

 パネリストの一人はBBCの元記者で既にメディア関係の作家としては著名なニック・ジョーンズ氏。ブレア首相が6月中旬、英国の政治とメディアの関係に関して講演をし、メディアが「獰猛な動物」として批判したことに言及。メディアが衝撃的なトピックばかりを追いかけるので、まともな政治議論ができない、とブレア氏は指摘していた。

 ジョーンズ氏は、「ブレア氏の批判は当たっていることが多く含まれていた」が、批判されたからといって、「英メディアが良心に痛みを感じ、行いを改めるということは、まずない」。

  「米メディアは、9・11テロの後、(愛国心を優先する風潮などに負けて)十分に政権を批判、検証してこなかった。臆病すぎた。これが汚点になっている」

 「英メディアは確かにセンセーショナルなトピックを追う。そして、業界内での競争が激しいので、倫理的な報道をするべき、という議論が十分にされない」。

  「ブレア氏のメディア批判はあたっているが、自分自身のことについては話さなかった。それは、メディア王マードック氏との密接な関係だ。マードック氏は、現在の英国の新聞の42%を所有している」

  「英国の新聞は、常に何らかのキャンペーンをしている。例えば、デイリー・メール紙は、反ギャンブルのキャンペーンをする。これが政府の政策変更につながった。そういう意味では、影響がある」

  「また、小児性愛主義者の名前を公表するべきだ、という運動も行った。これはニューズ・オブ・ザ・ワールド紙だった。タブロイド紙は、国民のために、立ち上がった、という姿勢を持ち続けている」

 「英新聞は政治に関しては、何でもあり、だ。過去100年、時の政府は新聞の所有者にたよってきた。力のある新聞は、政治をやりにくくさせる。新聞の所有者たちが政治力を持ってきた。最近ではテレグラフ紙の元所有者ブラック卿だ。時の首相は恐れもし、依存もする」

  「新聞は常に右派の考えを歴史的に支持してきた。つまり、保守党を支持してきた。ところが、労働党がマードック氏の緊密な関係を持つようになった」

  「ブレア氏の、マードック傘下の新聞へのすりよりは見苦しい。特にサン紙だ。ブレア氏はサン紙の子犬になったのだ」

  「例えば、2005年、5月の、投票日の紙面を見て欲しい。見出しは、『今日、労働党に投票しよう』とある。ブレア氏とブラウン財務相が並び、マンチェスター・ユナイテッドの赤いユニフォームを着た背中を見せている。そして6ページの労働党特集。英国で最大の発行部数を持つ新聞であるサン紙が、労働党にこれだけの紙面を割いたのだ。これはすごいことではないか」

  「1998年、ブレア氏は日本を訪れた。時の橋本首相と会見をした。ここで、ブレア氏と、彼の広報官だったアレステア・キャンベル氏、サン紙の政治記者トレバー・カバナー氏の協力がして、ある見出しを作った。会見の翌日、1面の見出しが『日本がサン紙に(戦争行為を)謝罪』だった。橋本氏はまったくそんなことを言っていないのだ。キャンベル氏が書いた見出しだ。後でブレア氏はアルゼンチンに行った。翌日、サンの見出しは、『アルゼンチンがフォークランド戦争の件で謝罪』とあった。ところが、アルゼンチン政府はまったくそんなことを言っていないのだ」

 「ブレア氏は、政権をとって最初の頃は特に、あまりにもスピンに依存し、中毒になり、首相のダメージとなった」
 
  「スピンドクター(政府広報官)にとって、ブレア氏は夢のような存在だった。こういうラインで、と決めたら、これから絶対にぶれないからだ。しかし、スピンのために国民の信頼感が薄れた。2001年ごろからだった。ブレア氏が米国の外交政策に近すぎる姿勢をとっていた。特にイラクの大量破壊兵器に関する失敗が大きかった」

  「キャンベル氏(2003年まで官邸コミュニケーション戦略局長)は、ニュースの見出しを作ろうとした。特定のグループの記者にリーク情報、スクープとしてネタを提供した」

  「こういう状況があったから、私たちはブレア氏に対して、非常にシニカルになっていった」

  「英国では放送局の報道は中立・公正であることが法律で定められている。新聞はこれがない。今、新聞はウエブサイトでビデオを流している。これに規制はかからないのだ。するとどうなるか?サンのような新聞が、バランスに欠く映像を流してもよいことになった。懸念だと思う」

 一方、朝日新聞の欧州総局長木村伊量氏は、「20年間政治報道を担当。日本では総理番を経験し、首相にくっついていた。総理番の記者たちは、首相がトイレに歩く瞬間を狙って、コメントをとろうとしていた」、「午前2時まで働いて、家に戻りシャワーを浴びて少し寝て、午前6時には迎えの車が来る状態で働きづめだった」などに、会場からは驚きのため息が。

 外国メディアによる日本の記者クラブ制度への批判に関しては、「ステレオタイプ的な部分があるのではないか」として、ワシントンでよそ者は入れない雰囲気のプレスクラブだったという点を体験し、「同様の制度は世界中にもあるのではないか」と指摘した。

 今後の日本の(政治)報道の課題として、「選択肢をどうやって示すか」を挙げた。選択肢をどう示すかとは、例えば憲法をどう変えるのか(あるいは変えないのか)、世論調査を見ると変えたいという人と変えたくないという人がいる。また、ナショナリズム、医療、年金などの様々な問題に関して、落ち着いた議論を通して、過去に学び、新しい道を示す報道をどのようにしたら、できるのか?

 他にもいろいろ出たが、ホースリー氏が、会場にいた人に「この中で既存メディアでニュースを見る・読む人、それからオータナティブメディアで見る人、どれくらいいますか?」と聞くと、約半分が後者になった。私が驚いたのは、ホースリー氏が、「メインストリームメディア」と呼んだ時に、ネットはこれに入らず、「オータナティブ」の方に入れられている点だった。もうこの区別は古いような気がするけれども。区別をしている人はメディア界の人間だけになりつつあるのではないか。大手新聞もネットをやっているのだから、区切れない。

 何度か話題に上ったのは政治家と記者の関係で、日本の場合、記者は政治家との間で信頼感を作り上げることに力を入れるので、そういう関係では批判的な記事を書きにくくなるのではないか、とジョーンズ氏や会場の参加者が指摘。英国の場合は記者は政治家を批判する関係だ、とジョーンズ氏が述べた。政治報道のあり方は、日英の文化(対立を避けようとする文化に対して対立が日常茶飯事の文化、ステレオタイプ的な捉え方だが)も反映しているような気が、私はした。

 パネリストなどのバックグラウンドは:

http://www.dajf.org.uk/event_page.asp?Section=Eventssec&ID=247
 


 
by polimediauk | 2007-06-26 19:06 | 政治とメディア