「週刊新潮」のBBCの昭和天皇の番組記事について
日英のギャップ?
9日発売の「週刊新潮」2月17日号に、BBCで今年後半放映される昭和天皇の生涯を描いたドキュメントに関しての記事が載っている。
タイトルは
「昭和天皇」人格が歪んだ「身体欠陥者」! 英国BBCのドラマ「勝利した負け犬」の酷すぎる「偏向脚本」
記事の中で、BBCを「英国国営放送」としている点が若干気になり、コメンテーターの選択が偏っている感もある。しかし、この記事の主張が正しいか正しくないか、またBBCの脚本が偏向しているかいないか、という点は、まだ番組ができていない・放映されていないので、私には現時点で十分に客観的な判断ができない。
―戦争ドキュメンタリーが頻繁に放映されている
こうした番組が放映される背景として、イギリスでは歴史番組の人気が高く、かつ戦争ドキュメンタリー、戦争ドラマが特に好んで見られているという現状がある。週に数度はBBCのチャンネルに限らず、いずれかのテレビ局が放映している。
いかに第1次及び2次世界大戦で連合軍が闘い、勝利を得たか、いかにナチ・ドイツが残虐だったか、いかに日本軍が連合軍側の戦争捕虜を不当に取り扱ったか・・・。戦後60年経っても、イギリス人は忘れない。テレビで頻繁にこうしたドキュメントが放映されるので、戦後生まれの若い世代にも知識が広まってゆく。
先月も、BBCは「アウシュビッツ」というタイトルで、アウシュビッツの強制収容所で働いていた人にインタビューをしたドキュメントを数週に渡って放映したばかりだ。
何故これほど戦争物が多いのか?
専門家の分析が必要だが、私の見たところでは、やはり戦勝国であるという理由が大きいように思う。戦争宰相ウインストン・チャーチルの博物館が、11日ロンドンでオープンしたが、チャーチルは、2002年のBBCのアンケートで「最も偉大なイギリス人」に選ばれている。
日本の過去、特に第二次世界大戦前後の歴史や昭和天皇の役割などに関しては、通常の日本人よりもイギリス人の一定の年齢以上の人たち(50歳以上)の方が、詳しいかもしれないほどだ。
長崎や広島の原爆の意味、昭和天皇の戦争に対する責任など、イギリス側の認識・解釈は日本側の解釈とは随分違う。
日本に関しての理解者がいない、という意味ではない。しかし、原爆は「必要だった」とする意見を肯定する雰囲気、昭和天皇は「戦争犯罪人」、「責任を取らなかった人」「ずるい人」という認識が存在することは事実だ。
週刊新潮の記事は、放映予定のBBCの番組が「偏向」している、とする。しかし、その「偏向ぶり」の箇所は、イギリスに暮らしていると、イギリス人が、あるいはイギリスのメディアが通常考える範囲内にあり、特に飛びぬけて偏向している、ともいえない。
どちらが正しいか?ということでなく、繰り返しになるが、戦勝国イギリスの見方は日本とは違う、という現実がある。
また、番組制作のためにBBCなりの調査はやるとしても、ある歴史トピックに関して、「偏向がないように」「中立に」「誰もが賛同するような」ということを、最優先事項としていないだろう点にも、注意したい。
今まで報道されてこなかったことを明るみに出す、大胆な解釈で人目を引く・・ということがないと、番組としておもしろくならないし、やる価値もないだろう・・と考える部分がある。公共放送とはいえ、決して「無色透明」なものを作ろうとしているのではない。
これを、BBCは「国営放送」と見て、何らかの中立的、無色透明、「公平」な歴史ドキュメンタリーが放映されると思うと、失望するだろう。
放映は、「イギリスは、日本を、昭和天皇をこう見ている」ことを改めて知る機会になるだろう。イギリスと日本との間の認識のギャップを再確認する機会でもある。
イギリスでは、王室批判の番組などが日常茶飯事だ。頭のおかしい王がいた、愛人がいた、血友病の家系だ、王室制度そのものがけしからん、などなど、やりすぎでは?と思われるほどのドラマ、ドキュメンタリーが作られてきた。
こうした、例え自国の王室といえども下劣すれすれのレベルのアングルも含めて、批判するような番組を作ってきたのが、BBCを含めた英テレビ界だ。
従って、かつての敵国のトップだった天皇の生涯に関するドキュメンタリーでは、しかもその敵国の戦争中の扱いに今だ恨みを持つ国民もいるイギリスだからこそ、容赦なく天皇を批判し、様々な面を暴露する、あるいは自論を展開するだろうことが、想像できる。
特に日本を、天皇をターゲットにしているのではなく、いつもやっていることの一環なのだった。
昭和天皇のエピソードは、BBC2の「タイムウオッチ」という枠の番組の中で放映される。「タイムウオッチ」では、歴史を様々な角度から見たドキュメントを放映してきた。今後の予定を見ると、「ロシアの独裁者スターリンを殺したのは誰か?」「故マーガレット王女の悲劇」などとなっている。
(以下は、週刊新潮の記事の抜粋です。)
昨年の秋から暮れにかけてのこと(中略)。イギリスの国営放送BBCのスタッフから(注:政治家らに)出演や取材協力の連絡が入った。内容は以下のようなものだった。
{BBC(英国国営放送)では、昭和天皇の生涯を描くドキュメンタリードラマを製作いたします。「意志なき立憲君主」か、「意志ある大元帥」か。世界のテレビが未だ伝えたことのない分野を、ドラマ仕立ての構成で検証する教育歴史番組です。イギリスBBCにて、ゴールデンタイムに放送されます」(中略)。
BBCの協力要請に応じた宮内庁元記者は言う。「外国メディアは往々にして、天皇戦争責任論など、最初から結論ありきの姿勢で、断罪することがある。それならいやだよというと、いや、いろんな資料を調べて、真実をついたものを作ります、というので、協力しました」
昭和天皇の服装などについて、問われるままに教えたという。
(中略)
「番組への出演依頼のお話を頂戴しまして、そのつもりで検討していました」とは、中曽根康弘元首相の秘書である。だが、実現には至らなかった。「お話をいただいた後、あるところから番組のシナリオを入手しましたが、その内容をみて非常に驚きました。偏見に満ち、初めから昭和天皇を「悪玉」に仕立てようという意図があまりにも露骨過ぎる内容だったのです。即座に、出演依頼をお断りしました」
(中略)
秘書が本人に脚本を見せるまでもなく、出演を断ったドラマとは一体どんなものなのか。
Hirohito: The Loser Winsというのが、英題。日本語タイトルは「ヒロヒトー勝利した負け犬」。
「意味は、戦争で負けたら元首は普通なら没落する。だが、昭和天皇は生き延びてシンボルになり、その下で日本は高度経済成長を果たした。天皇は連合国側の戦争指導者の誰よりも長生きした。つまり、最後に勝利したのが昭和天皇。そういう皮肉なタイトルにしたいのでしょう」とは、秦郁彦日大元教授だ。
シナリオに従えば、まず最初のシーンは終戦直後の皇居。焚き火に侍従たちが重要文書を投げ入れるところからスタートする。
ナレーションが入る。
「1946年。昭和天皇―裕仁―現人神として、20年もの間、日本国民を戦争の惨禍に巻き込んできた。この戦争によって、アジアの人々2000万人、日本人300万人、連合国の兵士6万人の命が犠牲になった。(中略)終戦後速やかに進駐軍が占領を開始したが、天皇を有罪に導くはずの証拠書類は全て燃やされていた後だった」
アジアの犠牲者2000万人という数字は「東京裁判の判決にある200万人の10倍」(秦元教授)といういかにも誇大なものだが、このドラマに一貫して流れるトーンは、昭和天皇を戦争犯罪人として認識していることだ。脚本にはこんなト書きがある。「残虐さの潜む当時の映像を織り交ぜながら、皇室の絢爛な礼式が、昭和天皇の偽善の隠れ蓑である事実を暴いていく」
精神異常者の父
かつて昭和天皇は、大東亜戦争をとめられなかった理由をこう述べられた。
「かかる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上がったときに、之を抑えることは容易な業ではない」
昭和21年に昭和天皇が側近に語った「独白録」の中のお言葉だが、ドラマでは科白をこう意訳した。
「私は軍国主義者に対して事実上、無力で為す術もなかった」
ナレーターは言う。
「昭和天皇の言動を追うことによって、この人道にもとる国際犯罪のリーダーがいかに罪を逃れ、その後44年間も君臨し続けたか、そしてその背景にアメリカ政府が関与した事実を暴いていく」
要するに、昭和天皇は戦争責任をすべて軍部のせいにして、逃げているというのだ。
(中略)
・・・昭和天皇のお生まれに関しても、まったく事実と異なった認識の仕方をする。
「昭和天皇の生い立ち。特殊な環境で育ったことにより、人格的に歪んだこと。また、身体的な欠陥を持ち、祖父と比べて見劣りがしたことから、自分に与えられた力に固執し、天皇の座に執着したこと。この報告が、戦争開始からマッカーサーとの関係まで、天皇の全行動の背後に潜む」
人格的に歪み、身体的欠陥・・・どこをどう押せばこんな話が出てくるのか。
(中略)
「精神異常者の父、大正天皇の崩御に従い、裕仁が新しい時代の天皇に即位した」
この言い方も、なんと刺を含んでいることか。
「大正天皇が脳膜炎をわずらっていたことは事実ですが、精神異常とは違います」とは皇室研究科の1人。
(中略)
日中間で果てしない論争が続く南京事件に関しても、「虐殺は20万人とも30万人とも言われている」と中国のプロパガンダそのものの数字だ。さらに誇張しているのが、毒ガスの犠牲者数である。
「また天皇は国際法の禁じる、毒ガスの使用も許可していた。毒ガスによる中国人の犠牲者は270万人に上ると言われている」
これに対し、「270万人とは根拠不明の途方もない数字」とは前出の泰日大元教授だ。
(中略)
ドラマでは、昭和天皇は終戦後、戦争責任を重臣や軍部に押し付け、マッカーサーの擁護の下、生き残る。
「昭和天皇は1989年、88歳になるまで日本に君臨し続けた。その間、日本は高度成長を成し遂げ、再軍備化に余念がない」
(中略)
「昭和天皇は都合の良い時を選んで崩御した。天皇の死後、日本経済は賃貸し始めた。昭和天皇の人生はすべて偽りであり、ただの幻想だった。強い日本経済もただの幻想であり、終身雇用もただのまぼろしだった。この意味で、天皇は日本の象徴だった」
ここまで来ると、昭和天皇へのただの憎悪でしかない。
「この番組は、おそらくハーバート・ピックスの著書『昭和天皇』をベースにしているのでしょうね」というのは、京都大学の中西輝政教授である。ピックス氏はニューヨーク州立大学教授。著書は、4年前にピュリッツアー賞を受賞している。日本語版は3年前に出版されている。
「賞は獲っていますが、欧米の歴史学者や日本近代史の研究者の間では、『トンデモ本』として認識されている代物です。仮定や推測ばかりが目立ち、学問的な価値が認められません。それをベースにBBCが番組を作るのが不思議です。先般のNHKの「女性国際戦犯法廷」の番組ではありませんが、局内に偏った情報を流す人々がいるんじゃないかと疑念さえ生じます」
NHKとは違い、世界のBBCである。こんな偏向番組を放映することは、よもやあるまいと思うのだが・・・。
(引用終わります。)
BBCの広報を通じて、見解を聞いてみた。
「歴史番組で知られる『タイムウオッチ』という番組の中の、第2次世界大戦末期を取り上げるシリーズの一環として、ヒロヒト天皇の生涯に関しての番組を制作中です。収録が始まったばかりの段階ですので、通常のテレビの製作現場で起きているように、台本は何度も書き換えがなされます。したがって、後数ヶ月は製作が完了しないので、現時点で番組の正しい判断をすることは不可能です。BBCとしては、この番組で日本人を侮辱するつもりは全くありません。関係者の皆様方には、今年後半、番組が放映されてからご判断いただくことを切に望んでいます。」