風刺画事件 揺れるデンマーク・5 (上)

デンマーク風刺画事件で、2005年秋、デンマーク紙が風刺画を掲載する構想のヒントになったのが、預言者ムハンマドの生涯を書いた児童書にまつわる話だった。
この児童書を、06年初頭、コペンハーゲンの書店で見つけた。イラストレーターの名前が入っていない代わりに、作家の連絡先が記されていた。短期間のコペンハーゲン滞在だった私は、早速コンタクトを取ってみると、取材が実現した。
コペンハーゲンの勝手が分からないので、とりあえずタクシーで自宅まで入ってみた。早く着きすぎてしまったので、アパートの隣にあるコインランドリーの中で待った。雪が降りしきり、曇り空。暗い感じの早朝だった。
アパートのブザーを押し、建物の中に入り、階段を上ると、ドアには作家の名前があった。大騒動となったにも関わらず、逃げ回っているわけでも隠れているわけでもないのだった。
(長いので上下に分けました。)
ベリタ2006年03月10日掲載
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200603101607415
「相互理解願い、書いた」
2005年夏、デンマークの児童文学作家カーレ・ブルートゲン氏は、イスラム教の預言者ムハンマドの生涯について書いた自著に挿絵を描くイラストレーターを探すのに苦労したことを、あるジャーナリストにぼやいた。
全国紙「ポリティケン」がこの経緯を9月中旬に記事化し、それに触発される形でライバル紙「ユランズ・ポステン」が約2週間後に、「メディアの自己検閲をテストする」ため、12枚のムハンマドに関わる風刺画を掲載した。これが今回の騒ぎの発端だ。
「児童書はイスラム教との相互理解を進めるために書いた」もので、「風刺画に対する抗議デモに自分の責任はない」と言うブルートゲン氏に、コペンハーゲンの北にある自宅で、風刺画事件への感想やデンマークの風刺文化などについて聞いた。
──児童書「ムハンマドの生涯」を書くに至った経緯は?
ブルートゲン氏 この本を書いたのは、預言者ムハンマドについて学ぶことで、イスラム教徒の子供たちとデンマークのほかの子供たちとの間の相互理解が進むことを願ったからだ。私が住むこの界隈にはイスラム教徒の移民が多い。私の子供たち(13歳の娘と17歳の息子)の同級生もほとんどがイスラム教徒の子供たちだ。相手の価値観や信条に全て同意する必要はないが、まずはお互いのことを知ることが必要だと思う。
数人の画家に声をかけたが、何人かは時間がないために断り、何人かはイスラム教過激派からの攻撃を恐れてやりたくない、と言った。近年、デンマークでは、講義の途中でコーランの一部を暗唱した教授が過激派イスラム教徒らに殴られたという事件があった。最終的には匿名を条件にやってくれる人を探すことができたのだが。
──風刺画掲載に関して、ユランズ・ポステン紙とは何らかの協力があったのか?
ブルートゲン氏 全くない。掲載日の朝、母から電話をもらって、掲載されたことを知った。そのうちの2枚は私に関わるものだったので(注:1枚は、ターバンを被ったブルートゲン氏の風刺画で、「(本の)宣伝行為」とする文字がついており、もう1枚では、ブルートゲン氏の本にイラストを書いた漫画家が、隠れるようにして作業をしているもの)、母は「闘え!」と私にけしかけた(笑)。
▽イスラム諸国にも「ムハンマド画はある」
──デンマークでは、児童書でムハンマドの挿絵が入ったものは他にないのだろうか?
ブルートゲン氏 他にもあると思う。知っている限りでは、教科書で1冊あったと思う。そこでこのイラストを描いた人物にも声をかけたが、もう退職しているのでやりたくない、と言われた。
いずれにせよ、イスラム諸国でもムハンマドの肖像が描かれている場合があるし、デンマークのイスラム教過激派は絶対にダメだというが、そうではないと思う。私自身、ムハンマドのイラストを入れること自体が間違ったことだとは思っていなかったし、それほど危険だと思ってもいなかった。ただ、2004年にはイスラム教を批判した映画を作ったオランダの映画監督テオ・ファン・ゴッホが過激派イスラム教徒に殺害されていたし、状況が緊張感をはらんだものであることは認識していたが。
イスラム教だけでなく、他の宗教に関しても書いてきた。批判的な文章もあれば、そうでないものもあった。今回の児童書は、イスラム教あるいはムハンマドを批判的に見た本ではない。史実に従って、ムハンマドの生涯を淡々とつづったものだ。イラストも風刺が目的でなく、物語の挿絵だ。
―─父親が書いた「ムハンマドの生涯」に関する、自分の子供たちの反応は?
ブルートゲン氏 最初の頃は、いいアイデアだと思っていたようだ。今は父親の名前が本に出ていないといいのに、と感じているようだ。息子の高校の生徒はほとんどがイスラム教徒だけれど、全く問題ない、と言っていた。
自分自身に脅しが来てもいないし、子供たちが危険な目にあった、いじめられた、という話も聞いていない。子供たちの母親は私立のイスラム教徒の学校で教師として働いているけれど、全く問題ない、と言っている。
世界中で風刺画問題が大問題になったけれど、コペンハーゲンの普通の市民のレベルでは、大きな問題ではない。
▽すべての原理主義に反対
──デンマークのジャーナリストの中には、あなたが「反イスラム」である、とする人もいるが?
ブルートゲン氏 全ての原理主義に反対している、という意味では正しい。イスラム原理主義に反対だ。私が政治的イスラム、あるいは「イスラミズム」と呼ぶところの、イスラム教徒の中の一部のグループに対して、反対の立場だ。極右の考え、不寛容で攻撃的な人々だと思うからだ。心の底から反対している。
しかし、デンマークに住む90%のイスラム教徒は穏健派であり、民主的で、良い人たちだと思っている。しかし、狂信主義者のおかげで、イスラム教に随分ダメージが与えられていると思う。
──反移民のデンマーク国民党に関してはどう思うか?
ブルートゲン氏 これも極右であるのは確かだ。イスラム原理主義者と国民党は、1つの同じケーキの一部だと思う。お互いに反目しているが、実は同じなのだ。
──あなた自身は穏健派か?
ブルートゲン氏 そうだが、やや左だ。例えば、私が信じるのは男女間の機会均等だから、男性が女性よりも優れていると信じる人々とは反対の立場をとる。宗教が社会に影響を持つことに反対だ。宗教は個人的な分野に属するし、宗教と国家は切り離されているべきだ。
──「ムハンマドの生涯」を政治目的のために書いた部分はあるのか?
ブルートゲン氏 政治目的ではない。しかし、ある意味では政治的ともいえる。相互理解が進むことを目的としているからだ。相互理解の結果、社会の中の調和、平和、幸福度が増大することを願っている。
ムハンマドのことを嘲笑するような本を作ることもできた。しかし、そうしないと決めたのは、イスラム教に関する議論をデンマークで始める時が来たように感じていて、多くの人はイスラム教に対してあまり知識がなく、コーランやムハンマドに関しても知らないのだから、まず知ることから始めるべきだ、と思った。
(下につづく)