ブレアのメディア操作(下) + BBC激震
ブレア政権の「メディア操作」の最後を出そうとしていたら、BBCの番組捏造(新たな分)が昨日発覚し、ひどいことになっている。
BBCは既に、子供向け番組「ブルー・ピーター」で捏造があって、7月9日、通信業規制団体オフコムから罰金を課せられており、12日にはエリザベス女王に関わる番組の編集ミスで女王に謝罪したばかりだった。
そして18日、受信料支払い者の代表としてBBCの番組の質の水準を監視する「BBCトラスト」が会議を開き、「新たな捏造」が公表された。
発覚したのは人気募金番組「コミック・リリーフ」をはじめとする、子供向け番組を含めた6番組で、いずれの場合も番組は視聴者に電話をかけて募金活動やコンテストに参加することを呼びかけたが、番組は既に録画済(!!!)であったり、架空の人物や製作側の一員を視聴者から選ばれた人物と紹介していた! 1つのパターンとなっていたのだろう。恐ろしいことである。何人も(何十人も)の人物が関わっていたことになるだろう。
悔しいのは、ここまでになっていたら、通常の会社だったら、誰かが責任を取って辞めるか、上場されていたら、株価が大きく下がるなど、何とかこちらの不満感をあらわす手立てがある。ところが、BBCの受信料支払い者(=自分を含めた、英国に住む人)はこれがすぐにできない。免許の一定期間の取り消しとか、できないものか。受信料の減額とか。BBCの「自助努力」にすがるのみ。悔しいことしきりである。
別項で詳細したいが、とりあえず、ブレアの(下)である。
――――
ブレア政権のメディア操作(下)
―イラク戦争とメディア

9・11米同時多発テロ以降、「テロとの戦い」で米国と緊密な共闘体制をとってきた英政府は、最初の「戦い」としてのアフガニスタン侵攻の後、次の照準となったイラクへの侵攻を国民に納得させる必要にかられた。
イラク侵攻に対する国内の慎重論、根強い反対論を説き伏せる意味もあって、政府はイラクに関する諜報情報をまとめた報告書を2度作成した。その一つ、02年9月の報告書には、イラクは「大量破壊兵器の一部を命令から45分以内に実働状態に出来る」とする部分が数箇所あった。ブレア氏がこれを議会で発表し、翌日の新聞は、大衆紙を中心に「45分で英国が攻撃される」とする見出しが躍り、国民の恐怖心を煽った。後の調査で、キャンベル氏、ブレア氏が「45分」という見出しが大衆紙に出るように力を注いでいたことが明らかになっている。
03年3月、イラク侵攻は議会で承認され、まもなくして開戦となった。同年5月末、BBCラジオのアンドリュー・ギリガン記者が政府報告書の「45分で実働状態にできるとした箇所は間違い」だったが、報告書を書いた統合情報委員会への官邸からの命令で挿入された、と報道。続けて、「メール・オン・サンデー」紙上で、圧力をかけたのは官邸のキャンベル氏だったと名指しした。キャンベル氏はこれに激怒し、BBCに対し謝罪と情報源の開示を要求。BBCは匿名の取材源の情報開示を拒否し続けたものの、7月、情報源だったデビッド・ケリー国防省顧問は、国防省広報が名前をメディアに「自主リーク」した後、自殺した。
自殺の経緯を巡る状況を調査したハットン独立調査委員会は04年報告書を出し、「問題となった箇所が間違いと知りつつ報告書に挿入した事実はなかった」としてせいふによる情報操作を否定し、BBCのジャーナリズムに不十分な部分があったと指摘した。委員会は、ブレア氏も含め70数人の証人から事情を聞いた。テレビ中継や写真撮影は許されなかったが、関連書類や証言内容の書き取りもすべてウエブサイトで公表した。
委員会の報告書は、表現を強めるようにという官邸(事実上キャンベル氏)の要求に、政府文書(当時)が「潜在的に影響を受けた」可能性も指摘していたが、ハットン委員長が政府を厳しく非難をすると思っていたメディアは委員会の結論を驚きをもって受け止めた。インディペンデント紙は「ごまかし」という一言を一面に載せて批判。BBCは当時の経営委員長と会長が引責辞任した。
同年夏、今度は開戦までの諜報情報の正確さをバトラー調査委員会が調査。スカーレット統合情報委員長に対し、官邸側からイラクの脅威を誇張するよう圧力があった、報告書内の諜報情報の信憑性には大いに疑いがある、と結論づけた。ブレア氏が「ソファー政治」と呼ばれるように、官邸のソファーに少人数の側近を集め物事を決める政治運営のあり方も厳しく批判した。
―メディア戦略批判への対応
スピンに対する国民の批判が高まり、01年の総選挙では投票率が大幅下落。政治不信の度合いが強まっていることを察知したブレア政権は、当時ガーディアン・メディア・グループの最高経営責任者だったボブ・フィリス氏に政府の情報管理に関する報告書をまとめさせた。
04年1月発表の報告書は、政府、メディア、国民の間の信頼感が崩壊していると指摘。政府の国民に対する意思疎通手段としてメディアに過度に依存するべきではない、官邸コミュニケーション戦略局長としてのキャンベル氏(スピンに対する批判の高まりを受けて、03年8月末、官邸職を辞任。しかしブレア氏の顧問役は非公式に継続)が公務員に指令を出す役割を担うべきでなかった、と批判した。
一方、同年6月にはジャーナリスト、ジョン・ロイド氏が「メディアが政治に何をしているのか」と題する本を出版。メディアが政治に対する偏向した、否定的な見方を変えないため、英国で健全な政治議論が起きないとして、メディアを批判した。国民の政治不信の原因が政治家側でなくメディア側にあると結論づけた点に特徴がある。
―最後の審判
6月中旬、ブレア首相(当時)は過去10年間のメディアと政治の関係を総括する講演をロンドン市内で行なった。24時間ニュース体制の中でメディアは常時競争にさらされ、正確さよりも衝撃度の高いニュースを求める傾向を指摘。「他社に遅れをとってはいけない」という思いから、「凶暴な野獣」の一段となって取材対象に襲いかかっている、と述べた。
こうしたメディア環境は配慮が行き届いた政治議論の発生を妨げていると説明し、政治家とメディアの関係は修復が必要なほど悪化していると語った。ブレア氏は、自分自身も政治メディアの現況を作り出した「共犯者」と認めたが、ニュー・レーバーの初期、メディアの機嫌取りや説得に力を入れたのは「野党時代に敵意あるメディア報道があった」ためで、「他に選択肢がなかった」と弁解した。
翌日のメディアは一斉に反論。ブレア氏が指摘した政治報道の問題点の主要な部分に関しては「一理ある」という評価が大部分だったものの、「スピン、縁故主義、ソファー政府、イラク戦争を巡る決定的に間違った判断の責任はブレア氏にある」(フィナンシャル・タイムズ紙)と指摘して、ブレア氏自身が加害者とする見方が支配的だった。
インディペンド紙の政治記者アンドリュー・グライス氏は「ブレア氏は最初に報道機関を征服した。その後、報道機関は反旗を翻した」と題する記事の中で、「野党時代に非常にうまく働いた(メディア)戦略は、ブレア政権にとって消えない汚点と墓碑銘になった」と締めくくっている。
野党時代から、いかに自分たちのメッセージを好意的に受け止めてもらえるかに心を砕き、高度に組織化されたメディア戦略を実行してきたブレア氏だったが、皮肉にも、政権の終わりには「これはスピンではない」という言葉さえ、一種のスピンと受け止められるようになっていた。
ブレア氏が政権についた1997年、支持率は一時90%を超えた。世論調査Ipsos-Moriの今年6月の調査によると、29%がブレア氏を首相として信頼すると答え、68%が政府は自分の都合の良いように統計の数字を変えているとしている。
ブラウン新首相は「政治への信頼感を取り戻したい」と繰り返して述べている。ブレア氏が軽視してきた議会や官僚の役割りを取り戻したい、とも語っている。果たして、ブレア政権とは大きく一線を画した、新たな政治とメディアの関係を構築できるのか、注視に値するだろう。(終わり)
(関連インタビューをおりを見て、出していきます。)
【主な参考資料】
・Westminster Tales (The Twenty-first century Crisis in British Political Journalism) by Steven Barnett and Ivor Gaber (Continuum)
・ “The News Media and the Public Relations State” by Dominic Wring in “Developments in British Politics” (Palgrave Macmillan)
・“Political Communication and the Mass Media” in “British Politics”by Robert Leach, Bill Coxall and Lynton Robins (Palgrave Macmillan)
・“The Unfinished Revolution” by Philip Gould (Abacus)
・“The Labour Party” by Steven Fielding (Palgrave Macmillan)
・“What the Media Are Doing to Our Politics” by John Lloyd (Constable and Robinson)
・“Obscure Scribblers: A History of Parliamentary Journalism” by Andrew Sparrow (Politico’s)
・ブレア首相(当時)講演テキストhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/6744581.stm
・ランス・プライス氏のブレア政権のメディア評(ガーディアン紙上「メディア・トーク」)http://blogs.guardian.co.uk/organgrinder/2007/05/media_talk_for_friday_may_11.html
「ケリー博士の死をめぐるBBCと英政府の確執:イラク文書疑惑の顛末」(蓑葉信弘著、東進堂)