小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

風刺画事件 揺れるデンマーク・8


 英テレビ界の捏造問題の激震がまだ続いている。GMTVという朝のテレビ番組を放映する会社のトップが引責辞任したと、今朝ラジオで聞いた。視聴者がクイズに参加するために電話をかけるコーナーで、既に勝利者が決まり、視聴者には勝つ見込みがない間も、電話線がつながっていたなどの事態が生じていた。BBCなどでも、複数の視聴者参加番組で同様の動きがあった。GMTVは電話をしてきた視聴者にはお金を返す、とも言っている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/6914999.stm

 BBCの秋の番組の予告編を巡る話題も続いている。

 予告編の中に、ある写真家が女王の写真を取ろうとしている場面があった。写真家は女王に王冠を脱ぐように言い、この場面の後で、女王が急いで廊下を歩いている場面をつなぎ、あたかも「女王が写真家の言ったことに頭に来て、部屋を出て行った」ように見えた。しかし実際は「急いで廊下を歩く」後に、「写真家が女王に王冠を取るように言う」流れになっていた。何故実際の流れと逆にしたのかの経緯を、元BBCのNo.2ウイリアム・ワイアット氏が調査することになった。

 BBCのためにこの番組を作っていたRDFという製作会社の人物が「海外の顧客向けに編集した」と「告白」したが、まだ全貌が十分に分かっていない。ワイアット氏の調査結果は9月にでるそうだが、何故これほど長くかかるかも疑問だ。

 デンマーク風刺画事件の一部の最後は、「ポリティケンPOLITIKEN」という新聞の編集長のインタビューである。これは、風刺画を掲載したユランズ・ポステン紙とはライバル関係にある。

 2006年2月、コペンハーゲンを訪れた時、すんなりとインタビューが決まったが、ポリティケン編集長は海外メディアに積極的に会い、事件の顛末に関わる自説をPRしていたようだ。「一つの見方」として読んでいただければ幸いである。

「表現の自由を支持し続ける」 
(ベリタ2006年04月16日掲載 )

風刺画事件 揺れるデンマーク・8_c0016826_1853344.jpg デンマークの保守系新聞「ユランズ・ポステン」が掲載した、イスラム教預言者ムハンマドの風刺画事件を、ライバル紙「ポリティケン」はどう見たのか?「揺れるデンマーク」の最終回として、編集長トゥア・セイデンファーデン氏に、改めて事件の分析と今後の予測を聞いた。同氏は、風刺画は基本的に間違いであり、デンマークのイメージを失墜させたとしながらも、「表現の自由は支持し続ける」と述べ、表現の自由の将来について語った。
 
──風刺画を見て、どう思ったか。 
 
セイデンファーデン氏:基本的には、間違いだと思った。法律を犯しているわけではなく、表現の自由、報道の自由の範囲内だったとは思うが、私からすれば、自由の趣旨を間違って使っていたと思う。一切の肯定的意義はなく、純粋な挑発行為だった。 
 
 デンマークではイスラム教徒は少数グループだ。この中のさらに少数グループである、強い信仰心を持った人々を挑発する、という故意の目的があった。掲載をしたユランズ・ポステン紙自身の説明によれば、近代的、民主的な社会に住むイスラム教徒たちは、嘲笑されることを受け入れなければならない、という。こんなことは不必要で間違っている。 
 
▽デンマーク政府の責任大 
 
──ポリティケン紙はどのように対応したのか。 
 
セイデンファーデン氏;私が呼ぶところの、「馬鹿げたことと連帯をする」ことにした。表現の自由には、間違いをする権利、馬鹿げたことをする権利が含まれていると思う。従って、ユランズ・ポステンは表現の自由を間違った風に使ったとは思うけれども、この点から、ユランズポステンを弁護することにした。 
 
 ユランズ・ポステンが掲載に関して謝罪をするべきだとは思っていない。ユランズポステン自身が間違ったと思うなら、謝ればいい。しかし、そう思っていないなら、謝る必要はない。 
 
 ポリティケン紙自身は預言者ムハンマドを戯画化してはいけないと考えているわけではなく、場合によっては、ムハンマドに関する風刺画を出すこともあるかと思う。 
 
 しかし、ここまで大きな事件になった唯一の理由は、ユランズ・ポステンのせいではなく、デンマーク政府に責任があると思う。 
 
──その根拠は? 
 
セイデンファーデン氏;中東諸国の大使らが、首相との会談を要求したとき、他の国の政府だったらこれを受け入れて、大使らに対してこう言ったはずだ。「掲載をするかしないかは新聞が決めることだ。政府は関係していない」、「もし政府に決定権があったら、掲載はしていない。このような結果になったことを、嘆いている。デンマーク及び世界の人々の宗教に対する感情を攻撃するようなことを、デンマーク政府としては、しない」、と。実際には、政府は会談さえしていなかった。非常に致命的な、外交上の間違いだ。 
 
 この最初のつまずきの結果、デンマークのイスラム教指導者たちが掲載に対する抗議の支持を求めるため、中東を訪問する仕組みができてしまった。 
 
──イスラム教指導者たちの中東訪問こそが問題を大きくした、というのが通説のひとつだが。 
 
セイデンファーデン氏;私は外交上の間違いの方が大きいと思う。1つには、中東諸国には一般的に言って表現の自由はなくメディアの規制がきついが、風刺画事件が外交問題になったので規制をはずした、という流れがある。例えばエジプトの大手メディアがこの問題を報道するようになったのは、風刺画が外交問題になって、政府がこの問題を報道してよい、という態度を明らかにしたために、報道されるようになった。 
 
 また、イスラム指導者たちは中東で新聞社の編集長、政府高官らに会っているが、訪問した国の政府、外交官の助けがなければ会えるわけがない。訪問者たちは、デンマークのイスラム教人口の中でもごく少数のグループを代表している。実際にモスクに足を運ぶのは1000人程度といった規模のグループだ。中東諸国はヒエラルキーの社会だから、こうした少数グループの代表らが、通常は中東のトップグループに属する人々に自力で会えるわけがない。外交筋の助けがあったと考えるのが自然だ。 
 
 中東の大手メディアが風刺画事件を大きく扱うようになると宗教指導者たちはこの問題を無視することができなくなり、金曜礼拝でも話題に上ることになった。事態は誰も止めることができない速度で拡大していった。 
 
 風刺画が掲載された背景には、デンマークの政治が反移民を打ち出すようになっている、という事情がある。 
 
──2006年2月、ドイツとフランスの新聞が風刺画を転載した。デンマークの事情を考えると、状況をやや間違って解釈したと思うか? 
 
セイデンファーデン氏;ある意味ではそうだ。自発的な連帯精神を示したのだろう。ユランズポステンが攻撃されている、として、同じ風刺画を転載することで攻撃の圧力の重荷を共に背負う、と。 
 
 理解できる反応だが、私は転載は間違いだったと思っている。結果的に、火に油を注ぐことになったからだ。イスラム教諸国と欧州との対立を拡大した。やるべきではなかったと思う。例えば、フランスのル・モンド紙がしたようなやり方が良かったと思う。 
 
 ル・モンドは、独自の風刺画を掲載した。ムハンマドの顔を描くかのように見せながら、ひげの部分が文字になっていて、「預言者を描いてはいけない、預言者を描いてはいけない・・」と、繰り返した文句になっていた。非常に頭のいいやり方で、預言者を実際に描いたわけでなく、文字でやった。しかし、風刺画になっていた。 
 
 イスラム教は表現の自由の中で例外とはしないが、知的に風刺するべき、というのが私たちの姿勢だ。 
 
▽失墜したデンマークのイメージを回復を 
 
──読者の反応は? 
 
セイデンファーデン氏:他の多くのデンマーク人同様、非常に混乱していた。デンマークが、これほど大きな国際的な関心ごとの中心にいたことはない。デンマーク人は世界中に旅行をして、歓迎されてきた。デンマークから来た、といえば、少なくとも人々は微笑んでくれた。デンマークのことをあまり知らない人でも、少なくとも肯定的なイメージがあった。 
 
 それが、突如、もはやそうした肯定的なイメージは持てないような状況に遭遇した。非常にトラウマチックな経験だった。これに加え、デンマーク製品の不買運動が起き、デンマークの安全保障にも危機感が出てきた。非常にショッキングな事態だった。 
 
 デンマーク国民党が支持を増やした、とも言われている。短期的には、ここ数年続いてきた、反移民の論理を補強することになったと思う。長期的には影響は複雑だ。例えば、何らかの形でデンマークの外の世界と関わりを持つ人々は、いろいろ違ったことを考えている。デンマークのイメージが低下し、本当に問題だ、と考え、風刺画の掲載が本当に必要なことだったのか、と疑問を抱く人もいるだろう。 
 
──将来は? 
 
セイデンファーデン氏;紙面上で、コペンハーゲンにモスクを建設することを提案している。否定的な議論の流れを変えたいと思ったからだ。表現の自由をどうするか、謝罪するべきかどうか、など、譲れない点に関して人々は議論を続けてきた。私たちは別の議題を提供したい。イスラム世界に対して、デンマークは自由と寛容精神の国であり、イスラム教徒はデンマークに居場所がある、ということを示したい。 
 
──表現の自由の将来に関しての意見を聞かせて欲しい 
 
セイデンファーデン氏;私は表現の自由の将来に関して、心配していない。私が心配しているのは、他にいろいろある。コミュニティー同士の関係がどうなるか、デンマークの国際的プロフィールがどうなるか、デンマーク人が海外に出たときに、危険な目にあう確率が増えるのではないか、イスラム教世界の中で狂信主義が強くなるのではないか、などだ。 
 
 今回の事件で最も悲しいのは、世界中の過激なイスラム教徒、イスラム諸国の政府、穏健なイスラム教徒を団結させたことだ。少なくとも、ムハンマドを侮辱するべきではない、という点では、過激派も穏健派も同意するからだ。 
 
 しかし、例え結果として良くない動きが出たとしても、私は表現の自由を支持する。支持するに足る良い理由があればよかったのに、と思う。 
 
 例えば、インド系の英作家サルマン・ラシュディー氏が、1989年、小説「悪魔の詩」を出版し、当時のイランの最高指導者ホメイニ師は小説がイスラム教を冒とくしたとして著者の処刑を呼びかけた。「私は当時、別の新聞の編集長だった。連帯感を示すために、問題となった「悪魔の詩」から長い抜粋をして、これを掲載した。「悪魔の詩」は非常に複雑な、芸術的な深みがあり、表現の自由を守るという点から連帯するまっとうな理由があった。 
 
 不幸なことに、今回は賛同に足る理由はなく、悪いケースだった。それでも、表現の自由を支持することに変わりはないが。(第一部終わり)

 (明日以降、日本での2009年からの裁判員制度発足に絡み、陪審員制度を持つ英国の法廷侮辱罪と報道のあり方について出してゆきます。)

by polimediauk | 2007-07-25 18:56 | 欧州表現の自由