小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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トルコ、表現の自由 2 クルド語放送


―放送内容にも規制 
 
 案内をしてくれた映画作家ゼイネル・ドアン氏がかつて編集長だったのが、同じくディヤルバクルにある地方テレビ局「ギュン・テレビ」だ。

 元々は1994年、「メトロラジオ・テレビ」として始まり、2001年に「ギュン」(「日」の意味)となった。ディヤルバクル市の人口は約55万だが、近隣に住む150万人の視聴者向けに、一日に16時間放送を続けている。 
 
 トルコでの放送は元来トルコ語のみに限られてきたが、少数民族に文化的及び言語上の権利を与えることがEU加盟交渉で必須とされたため、2001年、憲法が修正された。その後のいくつかの改革政策の後で、放送で使用される言語に関する新法が施行され、2004年からクルド語での放送が可能になった。クルド語は「1つの方言」としての位置づけだったが、国営テレビTRTが放送を開始した。 
 
 ギュン・テレビを含む民間放送業者数社は早速放送認可を申請したが、様々な書類提出の義務付けなどの条件がつき、申請は直ぐには降りなかった。認可を得ずにクルド語放送をした放送局は罰金を課せられたり、放送免許が取り上げられた。同じくディヤルバクルにある「ART TV」が、2003年8月クルド語のラブ・ソングを放映したところ、「国家の不可分の統一の原則」を侵害したということで、2004年3月、閉鎖に追い込まれている。 
 
 ギュン・テレビも定期的に迫害にあっている。あるシンポジウムの中継で、出席していた2人の政治家がクルド語とクルド人のアイデンティティーが認識されるべきだ、と発言したところ、1ヶ月の放送停止にあった。 

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 ギュン・テレビのジェマル・ドアン編集長によると、放送認可が下りたのは、申請から2年後の「2006年3月24日」だった。 
 
 放送許可といっても放送時間は非常に限られたものだった。「テレビでは一日に最長45分、1週間では4時間まで。ラジオは一日に最長1時間で、1週間で5時間まで。トルコ語に翻訳する必要も課せられるので、トルコ語の字幕をつけることが必須。ラジオは後で翻訳した番組を放送する」。 
 
 放送内容にも規制がつき、ニュース、音楽、伝統文化のみが放送を許される。子供用の番組や映画は禁止だ。テレビの場合、字幕をつける必要もあって許可された時間内に放映するには事実上生中継は難しく、録画・録音された番組のみの放送となる。 
 
 「内容を広げるよう、今申請しているところだ。政府の考え方を何とかして変えたいのだが」。 
 
 「トルコにいるクルド人はクルド語を話すなと言われてきた。国民がばらばらになるから、と。私はそうは思わない。クルド人の人権の問題なのだと思う」とドアン氏。 
 
 ドアン氏は既存のクルド語放送拡充に加え、ネットでの番組配信も将来的に計画していると言う。 
 
 トルコに住むクルド人の間で人気が高いのが、デンマーク・コペンハーゲンに本社を置き、ベルギーからクルド語番組を放映している衛星テレビ局「ロッジTV」だ。「鳥インフルエンザの到来を刻々とクルド語で放映したので、母親たちがずい分助かったと言っていた」。

 ロッジテレビは昨年秋、一時トルコからは視聴不可能になった。ドアン氏やトルコに住むクルド人の間では、「トルコ政府が通信をブロックした」というのが定説になっている。 
 
 クルド語放送のテレビ局と聞いて、24時間クルド語を放送していると思った私は、1日に45分のみ(ラジオは1時間)という規制に驚き、落胆もした。特に、ラジオ番組では後にもう一度翻訳した番組(トルコ語)を放送する、というやり方に滑稽ささえ感じたが、それでも冗談ではなくこれが現実なのだ、と思い直した。それにしても、これで「クルド語放送が許可された」と言えるのだろうか?

―「僕はサムライだ」

 トルコ語の通訳を買って出てくれたメティン・オゼリクさんと共に、取材の拠点にしていたクルド文化センターに戻った。オゼリクさんと目が合い、「トルコに住むクルド人って大変だね。言葉を使っちゃいけないし、放送時間だってあんなに短いとはね」と言うと、オゼリクさんはにっこり微笑み、「僕たちはここで生まれ育ったんだ。もう慣れてるから、たいしたことはないんだよ。ずーっとこのままなんだから」。 
 
 オゼリクさんは文化センター内にある、ディヤルバクル観光事務所の職員だ。「ディヤルバクルのことを世界中の人に知って欲しい。通訳として助けたい」と声をかけてくれたのだった。米俳優トム・クルーズが出演した「ラスト・サムライ」にすっかり感銘を受け、「僕はサムライだ!」と自己紹介した。日本のサムライのように、誇り高く生きたいのだと言う。 
 
 クルド語の規制は「特に1980年代が一番ひどかった。家の中でも、友人同士でもクルド語を話していけない雰囲気があった。今は普通に話せる。学校や病院、銀行、駅、政府の建物の中とか公的な場所では今でも話してはいけないけれどね」。 
 
 「それでも状況は大分良くなったし、もっと良くなって欲しいと願っている。母国語や文化を維持することは非常に重要なことだと思っている。僕たちの子供のたちの世代にとってもそうなんだ。これからもっと良くなるー僕は楽観主義者だよ」。 
 
―消された声 

c0016826_22391241.jpg(ディヤルバクルの商店街の一角)
 
 ディヤルバクルでは紀元300年頃から作られたという長さ5キロほどの城壁が旧市街を囲んでいる。夜になると城壁の一部に明かりがつけられ、少年たち数人がサッカーをしている様子が、ホテルに戻る車の窓から見えた。 
 
 通りには小さな店が建ち並ぶ。金物屋、乾物屋、駄菓子屋などの店内には裸電球がつき、日本で言うと戦前を思わせるような雰囲気があった。 
 
 ギュン・テレビのドアン氏はその日午後8時から、クルド語放送があると言っていた。ホテルのテレビからギュン・テレビのチャンネルが映ることを確認して、時を待った。 
 
 時間通りにチャンネルをつけて見た。画面の様子から、あるトピックに関して街頭インタビューをしていることが分かった。しかし、不思議なことに音声がほとんど出ないのだ。画面も粗い粒子が流れまともに顔かたちが判別できない。私は他のチャンネルを回してみた。全て画面は通常通り映っていた。私はチャンネルをもう一度ギュン・テレビに合わせた。コマーシャルになっても、「ザー、ザー」という音が出るばかり、画面の識別不能は変わらなかった。どこかで誰かがスクランブルをかけているような画面だった。 
 
 もちろん、「たまたま」このチャンネルだけをホテルにあるテレビが映し出さなかったのかもしれない。しかし、「もし」これが何らかの形での番組遮断だったとしたら、検閲されるとはこういうことか、ある番組の視聴を不可能にさせるとはこういうことか、と思った。何とか画面の動きを識別しようと目をこらしながらも、ある番組、あるテレビ局の放映がブロックされた時の恐ろしさが胸に迫る思いだった。 
 
―「パラノイア」 
 
 在ロンドンの非営利団体「カーディッシュ・ヒューマンライツ・プロジェクト」が出版した『トルコのクルド人』の中で、著者ケリム・イルディズ氏は、「文化面や言語の面でトルコ政府が行った譲歩は一見画期的であるが、よく見るとEU加盟のためのリップサービスに過ぎなかった」と指摘する。 
 
 トルコは未だに国家主義を推進することに力を入れており、クルド人の文化的・言語上の権利を拡大させれば、トルコ共和国が分裂してしまうという「パラノイア」に捕らわれている、と言う。

 トルコ当局はクルド人の文化的・言語上の権利の拡大をすれば、クルド人反政府武装組織に力をつけさせ、反政府武装攻撃を加速させると考える、と見ている。これに対し、著者は、むしろ文化的状況を緩和すれば、クルド問題に関する「平和的、恒常的」解決につながる、と主張する。 
 
 この本のメッセージはどうやらトルコ政府あるいは民族主義者たちには届かないようだ。 
 
 2月、ディヤルバクル市のある地方自治体のトップが、自治体の職場内でクルド語も含めたほかの言語の使用が可能になるべきだと発言した。 
 
これは、トルコの外に住む人からすれば、それほど大きなことのようには聞こえないだろう。

 しかし、「国を分裂させるような価値観や考え方は危険であり、特にトルコ民族が住む国がトルコという公式見解を揺るがせるようなアイデンティティーの表現は、例えそれがいかに平和的でかつ穏健なものであっても、国家の品位を脅かす」(『トルコのクルド人』)とするトルコでは、国家の存在を危うくする問題発言となる。この件は裁判に持ち込まれ、審理が継続している。 
 
 昨年11月、EUが発表した、EU加盟のためのトルコの改革進展報告書は、ディヤルバクルを含む南東部で人権侵害が続いていると指摘した。トルコ語が母語でない子供たちへの言語教育が不十分で、特にクルド人が母語を学ぶ教育機関が現在存在しないことに懸念を寄せる。一方、クルド人が集中して住む地域から離れると、私自身が取材した中では、クルド人への文化的抑圧を問題と考えている人は少なかった。

 EU加盟交渉を機に改革がさらに進展することに、トルコのクルド人たちは一筋の望みをかけている。(つづく)
by polimediauk | 2007-08-24 22:40 | トルコ