BBC「iプレイヤー」開始から一か月
英放送業界では、ネットを通じた番組ダウンロード合戦が起きている。全ての番組を1時間ずらせて見せるチャンネル(例えば朝10時のある番組が、そのチャンネルでは11時から見れる)の提供も増えている。
英国の家庭の半分がブロードバンドに接続されていると言う。ネットに流れる視聴者をテレビに持ってきたい、という民放局や、「テレビ番組はテレビで見るもの」という形がいずれくずれることを見込んで投資を続けるBBCなどの動きが背景にある。
番組ダウンロードに関する記事を8月28日付けの「新聞協会報」に書き、以下はそれに補足したものである。
BBC「iプレイヤー」開始
番組ネット提供に弾み
民放との競争激化
BBCのオンデマンド・サービス「i(アイ)プレイヤー」の試験提供が始まってから、1か月が過ぎた。テレビ番組をオンデマンドで提供する市場が一挙に拡大するとみられ、民放各社は同様のサービスの開始を繰り上げたり、新サービスを始めたりするなど、対抗策を次々と打ち出した。一方、インターネットを通じたダウンロードが回線を混雑させているとして、プロバイダー数社とBBCが接続料金の一部負担など打開策に向けて協議を始めた。
iプレイヤーは、過去7日以内に放送されたBBCの番組400時間分(今後増加)を無料で再視聴できる。BBCのサイトを通じ、番組をパソコンにダウンロードする。最長で30日間保存でき、一度視聴した後は7日間、繰り返し再生できる。7月27日、試験提供が始まった。
BBCのオンデマンド市場参入は、英テレビ界では後発組となる。公共放送チャンネル4は昨年12月から一部有料だが番組ダウンロード・サービスの試験版「4oD」を提供し、衛星放送ではスカイ・テレビの「エニー・タイム」などもある。
チャンネル4は、既に50万人近くの固定ユーザーを誇る。iプレイヤーに対抗して8月20日、同じ内容の番組を1時間後に見せるチャンネルも新設した。民放ファイブも秋以降、続く予定だ。
民放最大手のITVは、秋に予定していたオンデマンド・サービスの開始を7月に繰り上げた。テレビと同時のストリーミング放送も一部で始めている。8月17日にはガーディアン紙のニュースサイトで、米国の民主主義に関するドキュメンタリーを、テレビ放送の3日前に流した。上映後にはサイトを通じてユーザーとチャットする仕組みも作った。(注:余談だが、私はこれをテレビで放映された時に見た。午後11時からの放送。残念ながら作品としては「陰謀説」の通向けというか、あまり質が高くない気がした。翌日のテレビ評もかんばしくなかった。)
ITVが「ウェブ・ファースト」に踏み切ったのは、様々なプラットホームで情報を得る視聴者をテレビに引き寄せるためだとしている(8月13日付ガーディアン紙)。「2年前、番組の放映前に他の形で上映すると言ったら、笑いものになっていただろう。今は状況が変わった」と担当者は述べている。
iプレイヤーは現在までに、約15万人の利用者を獲得した(注:数はおそらくもっと多いと思う。公表分が15万と理解していただきたい)。年内に50万人の目標を達成できる勢い。サービス開始直後、ソフトウエアのインストールがうまくいかない、ダウンロードに時間がかかる(30分番組で20分から30分)などの不満が出た。テレビ番組はコンピューターの画面ではなく、やはりテレビで見たいという声は以前から根強く、調査会社エンダース・アナリシス社の報告書は、「ネットを通じてのオンデマンドサービスは真には浸透しない」(ガーディアン7月27日付)として、iプレイヤーは「隙間サービス」と厳しい見方を示した。
一方、メディア調査会社ガートナー社のアダム・ダウム氏は、同紙の中で、iプレイヤーの使い易さなどが向上すれば利用者も大きく増えることが見込まれ、こうしたサービスの導入は「BBCにとって戦略的に重要」としている。
すべての番組を無料で提供するiプレイヤーの登場で、番組ダウンロード市場が一挙に拡大するという見方が一般的だ。2012年の完全デジタル化前に、英国の人口の約5分の1となる1260万人がiプレイヤーの視聴者になるとの予測もある。
インターネット・プロバイダーの数社は8月中旬、テレビ局のオンデマンド・サービスが増えることに対し、不満の声を上げた。
動画サイトのユーチューブの人気や、iプレイヤー、4oD、ウエブ専門テレビ「ジュースト」、「バベルガム」の登場で、ウエブ・テレビ市場は広がるばかりだ。しかし、大容量の情報を処理するには回線への投資など費用がかかるため、接続料金の一部負担などをプロバイダー側は望んでいる。
この中の1社、ティスカリ社は、各テレビ局のオンデマンド動画はユーチューブが提供する動画よりも高品質で、時間も「約10倍長い」ため、ユーチューブ・ビデオの30倍の回線容量が必要になる、と指摘している。特にiプレイヤーは全てが無料サービスとなるため、「利用者が一気に増える」ことにティスカリ社は懸念を抱く。
もし、費用負担がなければ、回線の混雑状態を緩和するため、ダウンロード動画の通信を制限する手段に出るとも警告している。ティスカリ、BT,バージン・メディアなどのネットプロバイダーは、自分たち自身がオンデマンドサービスの提供主体でもある。テレビ局のオンデマンドサービスはいわばライバルにもなるのである。
9月2日付けのオブザーバー紙によると、ネット・プロバイダーらは、大容量のファイルのダウンロード、つまりは番組のダウンロードをするユーザーから追加料金を徴収する仕組みを作ることも考えているという。
一方、BBCのアーカイブの公開についても付け加えておきたい。BBCの過去の番組の映像や音声クリップを無料で視聴者に提供するアーカイブサービスの試験版提供が、6月、当初7000人を対象に開始されている。8月上旬にはさらに8000人がこれに参加した。あわせて1000時間分のコンテンツが提供されており、BBCは参加者の利用傾向(どんなコンテンツを誰がなど)を分析中だ。今秋までに分析結果をBBCトラスト(旧経営委員会)に報告する。トラストはアーカイブの無料提供がどこまで「公共の利益にかなうか」を精査する。トラストの報告書を待って、今後が決まる。