小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

英テレビ界と「やらせ」


 ここ数ヶ月、英放送業界の中で、「信頼感」がキーワードになっている。日本のやらせ事件を思わせる出来事が頻発したからだ。

 その経緯を「英国ニュースダイジェスト」と新聞通信調査会報9月号に書き、これに加筆したものが以下である。情けない事態となっているが、実際テレビ界で働いている人にはまた別の視点があるかもしれない。

捏造問題に揺れる英テレビ界
―視聴率上昇とインパクトの高さ狙う

 今年年頭から、英放送業界でスキャンダルが多発している。その多くが「視聴者参加型テレビ」に関わるもので、技術上のエラーを隠すために、番組で紹介したクイズ番組の当選者に架空の人物や、制作会社の一員を使っていた。また、BBCや民放ITVのドキュメンタリー番組で、インパクトを高めるために事実に反する編集をした、あるいはそのような印象を故意に与えたとする事件が大きな注目を浴びた。

 日本で一時起きたテレビ界の「やらせ」を彷彿とさせる番組捏造事件が相次いでおり、未だ膿をすべて出し切ったとは言えない状況だ。

 これまでの経過とその背景を探ってみる。

―視聴者参加型テレビの人気

 英国では、「フォーン・イン」と呼ばれる、視聴者参加型の番組が人気だ。

 クイズへの回答、募金活動やコンテストの勝者を選出するために、番組側が視聴者に参加を呼びかける。視聴者は有料情報サービスを提供する電話番号(通常の接続料金に情報料として追加料金を払う)に電話をかける、あるいは携帯電話でテキスト・メッセージを送る、テレビのリモコン操作で信号を送るなどして、「参加」する。

 視聴者からすると、自分の要望が番組内容に反映される上に、巨額の賞品があたるなどの利点がある。番組スポンサー側からすれば、視聴者の反応を把握しやすく、視聴率上昇にもつながる。テレビ局側は視聴率上昇に加え、大きな収入源の確保になる。視聴者が「フォーン・イン」番組にかける電話代の半分以上がテレビ局・制作会社の収入になるからだ。

 英調査会社「メディアティク」社によると、英国の視聴者参加型テレビ市場は今年1億1,800万ポンド(約280億円)に上る見込みで、一昨年から16%の伸び。2010年には約30億ポンド(約7200億円)にまで達するとされている。

 市場急成長の背景は、①デジタル・テレビのフォーマットが普及するようになり、新たなチャンネルを立ち上げるための経費がより廉価になったこと、②多チャンネル化による視聴率競争、広告取得合戦の激化に加え、1990年代後半から欧州で人気が出た「リアリティーTV」(演技や台本なしで、素人出演者たちが直面する体験を楽しむ番組のジャンル)の影響から、視聴者の間に番組参加への志向が強まった点もある。

―不正行為の発覚

 視聴者参加番組のほころびが表面化したのは今年年頭だった。BBCの料理番組「サタデー・キッチン」は、視聴者に対し次週の放送に出演参加を呼びかけたが、番組は生放送ではなく2週分が同日撮影されていたため、「次週の番組出演」は不可能だった。将来の(例えば3週目以降の)番組出演者は実際に電話をかけた視聴者の中から選ばれていたものの、番組が生放送だと放映中に繰り返し述べていた点は事実に反する。有料電話情報サービスの規制団体ICSTISは、2月、調査開始を宣言した。

 今年8月までに、ICSTISや通信規制団体オフコム、各テレビ局の独自調査で、視聴者参加番組側の主張と事実との間にかい離がある事例が続々と判明した。以下はその一部である。

 BBCの子供番組「ブルー・ピーター」は、電話料金の一部が募金に回り、かつ質問に正解すれば賞品がもらえる仕組みを作り、視聴者に参加を呼びかけた。ところが、技術上のエラーから回答者を選出できず、スタジオを訪れていた子供を「電話をかけてきた視聴者」として紹介し、正解を教えてから質問に答えさせ、賞品を与えた。オフコムは、「子供を巻き込んで」不正を行ったことを重く見て、BBCに5万ポンド(約1200万円)の罰金を科した。

 民放チャンネル4の情報番組「リチャード・アンド・ジュディー」内のクイズ・コーナーでは、既に当選者の候補が絞られていたにも関わらず、番組側は継続して電話をかけるよう視聴者に呼びかけていた。ICSTISがクイズ・コーナーを担当した会社に15万ポンド(約3600万円)の罰金を科した。

 民放ITVでも、朝の情報番組GMTV(ITVが75%所有)において、クイズに答えるために視聴者に電話をかけさせたが、勝利者が決まった後も電話を受け続けていた。2003年から今年まで、年間1,000万ポンド(約23億円)が過剰徴収されていた。

 民放ファイブでは、クイズ番組「ブレイン・ティーザー」で、制作会社の一員が勝利者になるなど、数回に渡り、偽の勝利者を発表していた。オフコムが30万ポンド(約7200万円)の罰金を科した。

 一連の電話を巡る番組の不祥事は規制団体による罰金の他、トップの辞任(GMTV社長)、電話代の返金やチャリティー団体への寄付(GMTV,チャンネル4など)、フォーン・イン番組の一時停止や全廃につながった。

 次々と明るみに出た捏造事件は、デジタル時代・多チャンネル化が進んだ英テレビ界で、この種の視聴者参加型番組に収入をいかに大きく依存していたかを垣間見せた。

 オフコムの依頼でフォーン・イン事件の報告書を書いたリチャード・エイル氏は、視聴者参加番組で「知らないうちに過重課金されたり、不公平に扱われた視聴者の人数や無駄になった費用は巨大だ。数百万人、数百万ポンド規模になる可能性もある」、と事の重大さを指摘した。

 番組を制作し、これを放映するのがテレビの本道とすれば、テレビ画面を通じて直接視聴者からお金を得る視聴者参加型テレビは「邪道」とする批判も出た。

 電話番組事件で特に国民の大きな失望の的となったのがBBCだった。番組の質や公正さにかけては自他共にトップとされるBBCが、老舗の子供番組「ブルー・ピーター」で、何故「やらせ」的行動を取ったのか?

―エラー隠しのパターン

 「ブルー・ピーター」側の説明によると、エラーで視聴者からの電話情報が番組に伝わらず、代わりにスタジオを訪問していた少女を視聴者の一人として扱ったのは、番組の若いリサーチャーの決断だった。トカゲの尻尾切りのような説明だが、5月のBBCの内部調査によると、制作チームの会議では、緊急案のすばやさにリサーチャーが「賞賛されていた」ことが分かった。

 「エラーを認めるよりも、視聴者に嘘を言ってでも番組をつつがなく進めた方が良い」―。こうした考えに赤信号が点灯するべきだったが、7月になってBBCはさらに大きな危機に見舞われることになった。

 7月上旬、秋の新番組のラインアップに関し、BBCは報道陣を招き、数作品の予告編を見せた。この中に、エリザベス女王の生活を追ったドキュメンタリー番組があった。女王と著名写真家がバッキンガム宮殿の一室にいて女王の肖像写真を撮影する場面で、写真家が女王に向かって、「王冠を取られたほうが・・・」と助言する。女王は驚いた様子を見せ、次の画面では、宮殿の廊下を怒って歩いている様子につながっていた。まるで女王が写真家の助言に怒り、部屋を飛び出していったかのように見えた。

 BBCの番組担当者は「女王が憤慨する場面がある」作品を目玉として報道陣に紹介し、翌日の各紙は女王と写真家の衝突を大きく報道した。ところが、廊下を歩いていた場面は、写真家との会話の場面の前に撮られたもので、「助言に怒って部屋を飛び出した」のは事実ではなかった。BBCは女王に謝罪した。

 番組担当者は「外部制作会社からビデオを渡されただけ。順序が逆とは知らなかった」と説明。「女王が憤慨しているという件が入ったビデオなら、制作会社に問い合わせるなど、二重、三重のチェックがあってしかるべきではないか」とするBBC記者の問いに、担当者は、「制作会社の作品を善意で受け取った」と答え、制作会社に責任があるとした。BBCは全番組の少なくとも25%を外部の制作会社に委託するのが決まりになっている。「独立制作会社はBBCの社内制作チームに比べて、編集基準や倫理が低いのではないか」とする声がBBC内部で上がり、こうした批判が新聞各紙で報道された。担当者の説明やBBC側の反応は、トカゲの尻尾切りの第二弾にも聞こえた。

 数日後、当の制作会社RDFの担当者が自分が2つの場面の編集をしたとガーディアン紙に告白した。海外の顧客に向けた、制作会社の宣伝ビデオとして作成し、「女王が怒って部屋を出た」という印象を与えかねないことを承知で、インパクトの高い編集を行なったことを認めた。

 ビデオ制作者は、BBCにビデオが渡ったのは「間違いだった。報道陣に見せる前にチェックしたいとBBCに申し出たが、機会を与えられなかった」、と語っている。

 事の詳細はBBCの元経営陣が調査を実施中で、9月中に報告書が出る予定だ(注:9月現在、10月に出るという話もある)。

 女王のビデオが問題となってから数日後の7月18日、BBCトラスト(経営委員会に代わる存在として今年成立)が、フォーン・イン番組に関する報告書を発表した。この時はじめて、「サタデー・キッチン」や「ブルー・ピーター」だけでなく、BBCの人気募金番組を含む複数の番組で、同様の「エラー隠し」が行われ、架空の人物や制作会社の一員を当選者などとしていたことが分かった。もはや個々の番組の下級スタッフや特定の制作会社のモラルが問題ではなく、BBCの多くの編集スタッフがエラー隠しに加わり、組織内の手順としてパターン化していたことが明らかになった。

 マーク・トンプソンBBC社長は、トラストの報告書を受けて、視聴者が「欺かれていた」事態を認め、欺瞞行為がBBCの品位に「影を落とした」と述べた。「視聴者が怒りを感じるのも当然」とし、事態の詳細の調査、問題となった番組のプロデューサー数人(名前は明らかにされなかった)の停職措置を宣言するとともに、編集スタッフ約16、000人には、「誠実さ」を学ぶ特別研修を受けさせることを発表した。

 しかし、研修実行には費用がかかる点と「誠実さ」という基本的な事柄まで再教育せざるを得ないBBCの実態に、各紙は一斉にBBCに対する批判的な記事を掲載した。

 民放ITVのマイケル・グレード会長は、BBCの夜のニュース番組「ニューズ・ナイト」(19日)で、「近年は視聴率競争が激しく、インパクトのある番組作りを制作会社側が求められる」、「若い制作者には嘘と真実の間の境界線をわきまえない人が多い」と、テレビ界の現況を嘆いた。

 しかし、まもなくしてITVも新たな論争の中心になった。

 7月末、新聞各紙は、ITVがアルツハイマー病で亡くなった男性のドキュメンタリー番組の放送を翌月予定している、番組の中には男性の「死の場面」が入っている、と報道した。もしこれが本当なら、人が病気で亡くなる瞬間を英テレビが放映するのはこれで史上2回目になり(テレグラフ紙)、個人の尊厳の観点から大きな問題となった。放映の是非が様々なテレビ番組や新聞で注目の的となった。

 ところが、実際に男性が亡くなったのは撮影の3日後だった。男性の弟がメディアに連絡を取り、判明した。作品の監督は「自分は死の場面だとは言っていない。『やらせ』を何としても見つけようとする風潮の犠牲者になった」と反論したが、グレード会長は早速調査を開始した。

 ITV広報のプレス・リリースは「亡くなる場面」と受けとられる表現を使っており、後に監督からの申し出により「昏睡状態に陥る場面」と訂正している。広報が間違えた可能性があるが、監督自身が広報に訂正を申し出たのは、死の場面放映に関してメディアで大きな議論が起きてから5日後で、「宣伝効果を狙った」という見方もある。監督自身が、かねてから「映像操作とは編集のこと」、編集とは「神様になること」と述べていた。

 インディペンデント紙(8月6日付け)の分析によると、現在の英テレビ業界では、外部制作会社の予算がきついために、できるだけ安く使える若いスタッフを雇用する傾向があり、雇用期間は短期化され、十分な研修が行われていないという。インパクトのある番組作りに重点が置かれ、そのためには必要な手順を短縮することもいとわず、視聴者参加・視聴率上昇が最重要で、予算が厳格に固定化されているので予期せぬ事態が起きた時の対応が不可能になっている。こうした問題点に映像作家は気づいているが仕事を失いたくないので表立っては声に出さないと言う。

 テレビ評論家デービッド・コックス氏は、BBCの番組で「テレビ界で嘘と真実の境界線はあいまいだ。今さらきれい事を言っても始まらない」と述べる。しかし、クイズの当選者に架空の人物を繰り返して使用するのは、どのようにみても、視聴者を欺く行為にしかならない。

 また、やや話がそれるようだが、誠実さ、忠誠心、正直さなどが「流行らない」ことを、現在のテレビ局のトップの一部は身をもって示しているような気がしてならない。例えば、グレードITV会長は、若手制作スタッフのモラル・倫理観の低下を嘆いた。しかし、グレード氏自身の行動を振り返ると、モラルが必ずしも高くないのではないかと思わせる部分もある。

 グレード氏は、昨年11月末まで、BBCの会長職にいた。BBCの新たな受信料設定のため政府と交渉中で、新規に立ち上げることになっていた「BBCトラスト」のトップになるはずでもあった。それが、急遽、会長職を辞任し、BBCのライバルITVのトップになった。「やりがいのある仕事だった」とは本人の弁だが、受信料交渉というBBCにとって最も重要な案件の交渉の真っ最中にBBCを辞したこと、給与が数倍にも増える点も魅力の一因であったなど、グレード氏の動きには大きな批判も出た。資本主義の原理に沿ったと言えばそれまでだが、金銭的にも魅力的な仕事の方が、現職への忠誠心よりも大事であることを示したようで、私は失望した。BBCの会長職はフルタイムの職ではないが、BBCの英社会に占める位置を考えると、非常に重要なポジションであり、「もっと面白い仕事が見つかったから」といって途中で辞して欲しくないものである。
 
 捏造問題にもどると、映像作家ロジャー・グラフ氏は、インディペンデント紙7月22日付のコラムで、英テレビ界では低予算だが優れた番組も制作されているが、「視聴率が低い」と指摘。こうした番組が多チャンネル時代の生き残りの鍵になるが、テレビよりもネットを選択する層が増える中、不祥事のためにテレビを見なくなる人がさらに増えるのではと危惧する。「番組制作に品位と信頼を取り戻そうとしても、時間切れになるだろう」と締めくくっている。


追記:・・・と思っていたら、今度は、アラン・ヤントブ問題が発覚し、今どんどん広がっている。アラン・ヤントブ氏はBBCのクリエイティブ・ディレクター。「イマジン」という、自分がプリゼンターとなった番組で、インタビューのいくつかを自分がやっていないのに、あたかも自分がやったようにみせて、相槌を打つなどの場面を入れていたことが分かったのだ。こういうテクニック自体は、テレビではよくあることのようだし、特に政治家とのインタビューでは、よくあると聞いた。ところが、ヤントブ氏はのこの番組は氏がテクノロジーやニューメディアに関して、いろいろな人に聞きながら、視聴者とともに知識を深める番組で、「自分がその人にインタビューしたかのようにあたかも見せながら」、実はインタビューはまったく別人がしていた、というもの。視聴者は「ヤントブ氏がインタビューしたものと思って見ていたわけだから、問題!というわけだ。ガーディアンのサイトの「メディア・トーク」でも、今どんどん意見が出ている。

by polimediauk | 2007-09-07 21:47 | 放送業界