小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

スウェーデン ムハンマド諷刺画


 2006年初頭、イスラム教の預言者ムハンマドの諷刺画を巡って世界中で抗議デモがあったり、死者も出た騒ぎがあったが、今度はスウェーデンで同様の事件が起きていることを知った。

 スウェーデンの地方紙が、8月18日、頭部が犬になっているムハンマドの諷刺画を掲載したそうだ。イランがスウェーデンに対し抗議を正式に行い、パキスタンでは8月末、スウェーデン大使を外務省に呼びつけて抗議を行った。アフガニスタン、エジプト政府からも反感を買った。

 この新聞、Nerikes Allehanda (ネリケス・アレハンダ?)紙の編集長は、掲載に関して謝罪はしないという。「読者の一部を侮辱したとしたら残念だが、掲載に関して謝罪はしない。この諷刺画を掲載する権利を私は行使したし、他の人は民主主義社会なのだから、デモをし、抗議をする権利を持っている」。

 諷刺画はネットでは掲載されていないという。この地方紙を読めるスウェーデンの人に向けて紙面に掲載したものだからだ。「この地方だけで出版したので、イランやパキスタンの人を侮辱する、と聞いて、驚いている」。

 この諷刺画を描いたアーチスト、ラース・ビルクス氏は、TTというスウェーデンの通信社の取材に対し、「挑発は議論を起こすために必要だ」と述べている。

 「私たちには宗教を批判できる自由があるべきだ。ユダヤ教やキリスト教にとっては批判されることは普通になっている。何故イスラム教だけが免れるのか?」イスラム教に関してでなく、原則に関して議論を巻き起こしたかったという。(この「原則」の意味が不明確だが、社会の原則、という意味と解釈。)


 宗教そのものを、世俗主義者のアーチストは批判しているが、さらには、この諷刺画で言論の自由の限界を広げてみたかったという。

 「どこで境界線が引かれるべきか?多くの人が、言論の自由は注意深く、責任を持って扱うべきだ、という」。

 「限度がどこにあるべきか、議論があっていいと思う。今回は言論・表現の自由の限度を超えたとは思わない」。

 アーチストは、スウェーデンのイスラム教徒たちが今回の諷刺画にどう反応するか、「民主主義の代表者として前に進む準備ができているのか」を見る機会でもあるとしている。

 9月7日付の「ザ・ローカル」紙によると(スウェーデンの英語紙)、このアーチストが作った木彫りの犬の作品に誰かが放火した。犯人はまだ分かっていない。アーチストに殺人予告のメールを送っていた女性が逮捕されている。

 首相は7日、国内のイスラム教徒の代表たちと会合を持った。首相は、かつてのデンマークの首相のように、「首相には新聞の編集権がない」として、「スウェーデンはオープンな社会、寛容な社会」であることをイスラム教徒側に伝えたという。

 首相側が直ぐに会合を持った点が評価されているようだが、かつてのデンマーク諷刺画とパターンが酷似しているのが気になる。

 つまり、両者(こうした諷刺画は表現の自由の一環だとして描くべきものと信じる側と侮辱されたと抗議する側)が、まったく平行線のように見える。

 前者は、イスラム教、イスラム教徒の扱われ方に、何らかの不自由感を感じているようだ。そこで諷刺の対象にするべき、と信じてそのように行動する。後者のイスラム教徒は、どのような抗議手段を取るにせよ、あるいは取らないにせよ、ほとんど全員がこうした諷刺画に傷けられた思いを持つ。

 溝は深い。しかし、いつかは埋まるだろうと今は思う。しばし火花は散るだろうが。







 
by polimediauk | 2007-09-09 06:03 | 欧州表現の自由