小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

BBC ヤントブ事件のでっちあげ

  総選挙は今秋はナシ、ということになった。ブラウン首相によると。来年もないそうだ。

  今、野党保守党の人気が上がってきているところ。来年もないとしたら、一体現在の盛り上がりを、キャメロン保守党党首はどこまで維持できるだろう??政治の先行きの予測は難しく、1年後あるいは半年後どうなっているかは分からない。総選挙が1年以上後だとしたら、急にすべての目標が消えたようなことになった。

 ・・・しかし、ものすごく慎重なブラウン氏である。大差で勝つのでなければ、十分ではなかったのだろう。

 もう総選挙は近くにはないかもしれない、という予測を早々と出していたのは、BBCの木曜夜の政治番組「ディス・ウイーク」だった。お遊び的雰囲気のある番組だが、結構「ヒント」が隠されている。

 BBCのやらせ的話が2つある、と昨日書いたが、その1つはヤントブ事件だ。

 BBCのエグゼキュティブの一人にアラン・ヤントブという人がいる。「イマジン」という番組でナレーターをやっていた。アート系、クリエイティブ系の番組で、ヤントブ氏自身が様々な試みに出くわし、驚き、時には戸惑いながらも、楽しく学んでいく、という番組。「ヤントブのイマジン」と言う題名にしても良い位で、ポイントは「ヤントブ氏が」学ぶところにあった。ヤントブ氏もできたのだから、あなたもやってみませんか?という雰囲気を出すのがポイントだった。

 この番組では様々な人物にヤントブ氏がインタビューする。インタビューしながら、学んでいく・・・というもの。

 ところが、この番組の中で、全員をヤントブ氏はインタビューしておらず、他の人がインタビューしたものに、後でヤントブ氏が「そうですか・・それで?」などと相槌を入れたり、うなづいたりする場面をくっつけていたことが分かった。

 テレビ界の常識では、インタビューの収録で、ジャーナリスト側のうなづき部分のみを後で収録し、最終的に両者が1つの流れに収まるよう「編集する」ということはよくあるそうである。英テレビ界によると。カメラが一つの場合、相手(政治家など)の方に向けられているので、インタビューする側の画像が入らない。それで後から入れる、ということはよくあるのだそうだ。説明されてみれば、「そういうものかな」とも思う。

 ところが、ヤントブ氏のケースが大きな問題になったのは、「ヤントブ氏自身がインタビューする」ことが目玉であった番組で、「ヤントブ氏がインタビューをしていないのに、したふりをした」部分だ。ヤントブ氏は何せエグゼキュティブなので、下っ端の人が代わりにインタビューすることも「あり」なのかなあと漠然と思っていたが、どことなく、この件が明るみに出たとき、心臓がドキドキした。何となく、「これはヤバイぞ」と思った。

 日本の週刊誌などで、「データマン」という役割の人がいると聞いた。つまり、取材する人と書く人が違う。取材したりリサーチをする、つまりデータを集める人と署名原稿で書く人とが違う、と。これはこれで、私からすると「!!」と思うけれども、新聞社でも数人がチームで取材し、誰かがまとめて書くということもあったような気がするし、あまり細かいことを言ってもなあとも思った。

 それでも、「自分がある場所に行っていないのに行ったふりをする」、「自分がインタビューしていないのにインタビューしたふりをする」のは、非常にヤバイのではないか?・・・と、ずーっと思ってきた。

 そこでヤントブ氏のケースである。誰かに取材させる、インタビューしてもらうのは良いとしても、自分がインタビューしていないのに、したことにして、自分がうなづく場面を付け加えるというのは相当に恥ずかしいことではないか?

 ところがBBC側は、「良くあること。テレビ界では誰でもやっている。ヤントブ氏は忙しいので、すべてのインタビューをやることはできない」と説明した。「とにかく誰でもやっているのだから」と。

 今のところ、これはこれで終わってしまうかもしれない。それでも、先にも書いたが、ガーディアンにコラムを書いているメディア評論家のスティーブ・ヒューレット氏は、これを「絶対におかしい」と言い続けている。「誰でもやっている、とBBCは言うが、違う。誰もこんなことやっていない」と。

 テレビ・プロデューサーでコラムニストのデビッド・コックス氏にも聞いてみた。「BBCがテレビ界では誰でもやっているというのはうそ。誰もやっていない」。
 
 昔、フォークランド戦争があった時、大衆紙サンが、戦争に行った兵士の母のインタビュー記事を出した。これは最初から最後まででっちあげだった。そして、英新聞各紙からの大きな批判の的になった。「兵士の母に電話して、何のコメントも取れずに電話を切られたが、きっと言いたいことはこうだったのだろうと推測して書いた、あるいは兵士の母が記事の内容とまったく違うことを話したけれども、これもきっとこういうことが言いたいのだろうと『編集』して記事を書いた・・・これなら、まあ分かる。広い意味での編集と言えなくもない。他の英国の新聞はあまり文句を言わなかったと思う。しかし、この『兵士の母』そのものがでっちあげで、該当する人物を探して電話をしようとさえしなかった。つまりまったくのゼロだった。これを他の新聞は許せなかったー。何でも好き勝手なことを書くように見える新聞業界だけど、一筋の良心はまだ残っている」。

 

(追記:意外な結末)

・・・ところが、という結末になった。アラン・ヤントブ事件で、怒っていたスティーブン・ヒューレット氏が、ヤントブ氏に直接聞いたところ、「インタビューしていない人物に、自分がインタビューをしたふりをして、相手の返答にうなずく場面を後で挿入していた」という事実は全くないことが分かったのだ。〔ガーディアン10月8日付。アドレスはコメント欄に。〕

何故こんなことが起きたのか?ヤントブ氏によると、「イマジン」はアート系、クリエイティブ系の、遊び心の番組で、様々なクリップを切ったりつないだりする。全てに自分が目を通し、自分が取材したものかというと、自信がなかったのだそうだ。そこであいまいな答えをしていたら、大きな事件と思われてしまったとのこと。やれやれであった。

by polimediauk | 2007-10-07 06:40 | 放送業界