小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ノーザン・ロック事件の教訓

信用危機に揺れた英金融街


 英住宅金融大手ノーザン・ロックが資金繰り難に陥り、英中央銀行から金融支援を受けることになったー。9月中旬、BBCが報じたスクープは、顧客にパニックを引き起こした。「債務超過に陥っているわけではない」という金融当局の声をよそに、預金を引き出そうとする人が銀行の前に行列を作り、19世紀末以来の「取り付け」騒ぎとなった。元はと言えば、米国の住宅ローンの焦げ付きに端を発した金融市場の混乱が原因だ。「英国ニュースダイジェスト」の今週号に書いたものに付け加えてみた。(注:この件は動いているので、9月末の情報です。)

 英国が世界に誇る金融サービス業界で、あってはならない事態が起きた。住宅金融が中心の中堅銀行ノーザン・ロックで、過去150年間初めての取り付け騒ぎが発生したのだ。8月、ノーザン・ロックは、米サプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン)の焦げ付き問題に端を発した世界的信用収縮で資金繰りが悪化し、イングランド銀行(英中央銀行)に緊急支援を要請していた。これが9月になって明るみに出ると、「破綻か?」とパニック状態に陥ったノーザン・ロックの預金者は、一斉に、預金の全額引き上げに動いた。

銀行は「破綻状態にはない」、「短期の資金繰りがひっ迫しているだけ」と金融当局はメディアを通して国民に訴えたが、効き目はなかった。ノーザン・ロックの株価や他の住宅金融界社の株価は急落し、英国の金融システム全体に大きな不安感が漂った。

 事態打開のため、中央銀行はノーザン・ロックへの金融支援を実行した上に、システムの安定化のため、短期金融市場へ100億ポンド(約2兆3000万円)の資金供給を発表した。また、ダーリング財務相はノーザン・ロックの顧客に対して預金全額保護を確約する(通常は一定の限度がある)など、異例の対策を取った。

 9月20日、ノーザンロック問題を検証するために開催された下院財務問題委員会に呼ばれたキング中央銀行総裁は、信用収縮の解消に、欧州中銀や米金融当局が資金注入などの手を打っていた中で、英中央銀行だけが「何もしないでいた」責任を問われた。総裁は、早い段階で行動を起こせば金融不安を引き起こし、かつ秘密裏に金融支援を行なうことは英国及び欧州連合の規制の下では「不可能」だったと説明した。安易な資金供給で銀行側が「モラル・ハザード」に陥ることを避けた、とも述べた。(注:私はこの時のやり取りをクリップや新聞で読んで、非常に感心した。小学生=質問をしていた議員と大学教授=総裁の会話のようだった・・・。議員たちの負け。それにしても、こういう人たちが財務問題の委員たちとは一体どうしたことか???)

 英中央銀行は1997年、ブラウン現首相が財務相だった時に政府から独立した機関となったが、ノーザン・ロック救済には財務省や金融業界の自主規制団体、金融サービス庁から圧力があった、と噂され、その独立性に疑問が呈された。一方の財務省も、住宅価格の高騰や審査がゆるい住宅ローン市場の拡大を許した責任がある、とする見方が出た。

 また、ノーザン・ロック自体の内情は、実は必ずしも誉められる状態ではなかった。預金ベースが少なく、資金調達の大半を大口の短期金融市場から行なっており、流動性のひっ迫に影響を受け易い状況にあった。既に8月頃からロイズTSBなど他銀行への身売り交渉を開始していた。株価は1年前と比較して80%以上落ちており、新聞の金融アナリストらは株主に対し、「損をしたくなかったら、今のうちに売れ」とアドバイスをするほどだ。支店前に行列を作った顧客の「勘」は、「虫が知らせた」結果だったのかもしれない。

用語解説
SUBPRIME LOAN
サブプライム・ローン。元々は、米金融機関が、信用力の低い人(低所得者や過去に破産、担保差し押さえなどの経歴がある人)に貸し出すローンだが、狭義では住宅ローンに限定される。優遇金利をプライムと呼ぶのに対し、補助的なローンということから「サブ」と名づけられた。審査基準が通常のローンよりもゆるく、最初の2-3年は金利がゼロあるいは低く設定されているため、米国では、2004年半ば以降の住宅投資ブームに乗って、利用者が増加した。3年目以降は10%を越える高金利となるが、住宅価格が高騰を続けたため、借入者は価格上昇分を担保にして通常の住宅ローンに乗り換える(=借り換え)などをしてきた。しかし、長期金利の上昇と住宅価格の伸びが鈍化し、借り換えが不可能になると、急激に増えた返済額を払えなくなる人が増えた。世界中に信用収縮懸念を引き起こし、英ノーザン・ロックも短期資金繰りに苦しむことになった。

経緯(9月25日まで)
2007年春:住宅ローン専門の金融会社ノーザン・ロックが、米国で人気を博していた、融資の審査基準がゆるい「サブプライム・ローン」の取り扱いを開始。本家米国では、長期金利の上昇や住宅価格の伸びの鈍化から、ローン返済を出来なくなる人が増える。このローンを主に扱ってきた米金融会社数社が破産状態に陥る。
6-7月:米サブプライム・ローンの焦げ付き問題が世界の信用収縮懸念につながってゆく。ノーザン・ロック経営陣は、リスクがあることを承知でサブプライム・ローンの貸し出しを続行。
8月8日:英イングランド銀行(中央銀行)総裁が世界の金融市場で信用収縮懸念が起きていると述べる。「(融資)リスクの慎重な査定が必要」と警告し、利上げを示唆。
8月9日:欧州金融市場で金利が高騰。貸し渋り状態を解消するため、欧州中央銀行は市場に大量の資金を導入。米連邦準備銀行も同様の措置を取る。英中銀は何もせず、後に批判の対象に。
8月14日:ノーザンロックの代表が中銀に対し、資金繰りが厳しくなったことを相談。国内の銀行業務を監督する金融サービス庁がノーザン・ロックの会計を検査。追い詰められたノーザン・ロックは十数行の銀行に融資ビジネスの引継ぎを打診。
9月4日:ロンドン銀行間取引金利が過去9年で最高に達する。
9月10日:ロイズ銀行との交渉が決裂。ノーザン・ロックは中銀に対し、緊急融資を依頼。
9月12日:キング中銀総裁は、財務省に対し、リスクの高いビジネスを行なった銀行に資金援助をして救い出すのは「将来の金融危機の種をまく」ため、良くないとする書簡を出す。
13日:金融市場の安定化のため、中銀が市中銀行に44億ポンド(約1兆円)の資金を提供。ノーザン・ロックが資金繰りに悩んでいるという噂から、株価が過去4年で最低値に落ちる。BBCが、中銀がノーザンロックに財政支援をするとスクープ報道。
14日:140万人の顧客がノーザン・ロックから預金引き出しに走る。一日で10億ポンド(約2300億円)が引き落とされる。他の金融会社の株価も一斉に下がる。中銀がノーザンロックに緊急融資。
15日:財務相は預金者を支援するとメディアで保証したが、預金引き落としのために並ぶ人は増すばかり。金融正常化支援のため、中銀が100億ポンド(約2兆3000億円)を短期金融市場に資金供給すると発表。
17日:財務相、ノーザンロックの預金を全額政府と中銀が保証すると宣言。
18日:銀行前に並ぶ預金者の数が次第に減少。米連邦準備銀行が、金融市場の流動性向上のため金利をカット。金融サービス庁のマッカーシー会長が、資金繰りの73%を資本市場に頼るノーザン・ロックのビジネスモデルは「過激すぎる」と表明。
19日:キング総裁、英金融界全体に広がった貸し渋り状態を緩和するため、10億ポンド相当を市場に注入すると発表。
20日:総裁が下院財務委員会で、中銀の判断を釈明する。
25日:ノーザン・ロック、中間配当の配当金の支払いを断念。

参考記事:FT,サンデータイムズのTen days that shook the City, Sept. 23

by polimediauk | 2007-10-10 19:23 | 英国事情