小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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BBC TODAYはどうやって作られる?

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(TODAYのジョン・ハンフリーズ氏。BBC提供)

 英国で最大の影響力を持つ時事番組を、もし一つ選ぶとすれば、28日に50周年を迎えたBBCのラジオ番組「TODAY」だと誰しもが答えるだろう。

 毎朝6時から3時間の番組には政府閣僚らが頻繁に出演し、「その日のコメント」が毎時のニュース速報、夕方からのテレビのゴールデンタイムのニュース番組で繰り返し報道される。自らが言わばニュースを作る一端をになう(この点は批判もされている)。時の政府から常に「反政府」と批判を受けながらも続いてきた番組はどうやって作られるのか。その舞台裏をのぞいてみた。

―24時間体制

  ロンドン西部、地下鉄ホワイト・シティーから歩いて数分にあるBBCテレビジョンセンターの受付は24時間開いている。ラジオ番組「TODAY」の制作にも一日中切れ目はない。

 ウイークデーでは朝6時からの放送開始のために、キャスター(「プレゼンター」という言葉がよく使われる)がスタジオ入りをするのは4時過ぎだ。現在のところ、常連のキャスターはジョン・ハンフリーズ、ジェームズ・ノクティー、サラ・モンタギュー、キャロリーン・クイン、エドワード・スタートンの4人だ。私が訪問したときは、サラ(セーラ)とキャロリーンの女性のコンビ。2人が1チームとなって毎朝出演する。TODAY制作スタッフは総勢で50人近くに上るようだ。

 制作チームは大きく2つの班に分かれている。夜のチームは午後8時ごろからスタジオ入りし、朝のチームが決めた翌朝の番組の流れがボードに書かれているので、これに沿って行動を起こす。「行動」とは、翌朝の出演者のアポ取りや新たにトピックを入れる必要があるかを決めるために、ニュースのチェックをすることだ。追加で入れることに決まったトピックに関して、ニュース原稿や資料も作る。キャスターは編集チームが作ってくれた資料などを元にしてしゃべるのだ。

 夜のチームは夜中から朝にかけてスタジオにいる。朝9時、番組が終了したら、反省会というか、ざっと振り返るためのミーティングを開く。(デブリーフィング・ミーティング。)そこで、一応、仕事は終わり。

 朝のチームは、夜のチームが仕事を終了した頃にスタジオに入り、10時ぐらいから編集会議。何を翌朝のトピックにするかを全員で話し合って決める。その日の朝刊を見たり、ニュースをネットで拾ったりして、10人ほどが会議で意見を出し合う。

 トピックが決まったら、誰に取材できるかを練る。必ず守る原則が、ある一定の見方があったら、それとは反対の見方も出すようにすること。片一方の意見だけしか出ないときは、トピックを見直すこともある。

 大体決めたら、会議は終了。それぞれがコンピューターで資料を作ったり、電話にかじりついて、アポ取りに熱中。このアポ取りが非常に重要になる。出演してくれる人がいなければ、番組は成り立たないのだ。

 朝放映したばかりの番組をウエブサイト上から後で聞けるようにと、別の編集作業に入る人もいる。

 朝6時から始まる番組は、最初の1時間ほどは、主なトピックに関し、担当の記者からの報告をスタジオのプレゼンターが聞くという形で進む。次の2時間で、同じトピックをさらに発展させた形で、電話あるいはスタジオでの生のインタビューを挟み込んでいく。大学の教授、専門家、市民団体の代表、政治家、企業のトップなど、その日に話題になるであろうトピックに関しての直接のコメントが入るのが「売り」だ。

 ラジオ番組の番組作りを知っている人にとっては、珍しくもなんともない光景だけれど、ガラスの向こうにいるサラとキャロリンがヘッドフォンをつけ、マイクに向かって話す様子を見ていると、自分の自宅でTODAYを聞くのとはまた違った印象がある。2人ともリラックスした感じで、机の上には飲みかけのコーヒーや新聞がバサっと置いてある。コントロール・ルームにいるメインのエディター(デイ・エディター、ナイト・エディターがそれぞれ交代する)が番組の行進を管理して、時々サラやキャロリンにメッセージを送る。アシストする人が2人ぐらいエディターのとなりにいて、次に出演する人と電話で連絡をしあう。

 私も前にラジオなどで声のみの出演をしたことがあるが、こうやってつながれるのだなあと思って、興味深く見ていた。

 スタジオ、コントロール・ルームの外は普通のオフィスのようになっていて、コンピューターやテレビスクリーンがいたるところにある。スナックをつまむためにあるような小部屋も隅にあった。デーニッシュや紅茶、コーヒー、新聞が置かれていた。何せ24時間の作業だから、いつでも軽いものを食べれるようになっているのだろう。(ただし、社員食堂は別にある。)

 朝の編集会議を見学して思ったのだが、何がニュースか?どうしてこれを入れるべきか?に時間を費やしていたようだ。本当に重要なニュースなのかどうか?どこかで洪水があったとしても、そこは毎年洪水が起きている国ではなかったかどうか?何故今回特別なのか-。朝刊を片手に話していることも、驚きだった。朝刊は前の日のニュースだから。翌朝でもニュースであり得るかどうか?その判断が難しいかも?とも思った。
 
 編集会議の後、スタッフは一斉に原稿作りやアポ取りを始めた。「前に連絡してからもうそろそろ1週間発つのですが、お返事はいかがでしょうか?」「昨日も今日も連絡したのですが」などの声が聞こえた。「・・・まったくもう」と電話を切ってから大きなため息をつく人もいた。しんどいなあと思ってみていた。

 TODAYのキャスターは徹底した反体制的態度や対立的な姿勢を保つ。「何故このばか者が俺に嘘をついているんだろう?」という態度で(やや大げさかもしれないが)相手に取材する。つまり、最初から相手が嘘を言っていることを前提にインタビューするわけである。

 こういうやり方は、英国の政治の議論を低下させた、という考え方がある。

 例えば元フィナンシャルタイムズの雑誌「FTマガジン」の編集長ジョン・ロイド氏がそう言っている。メディアがあまりにも政治や政治家をシニカルに批判する態度で報道するので、国民も政治や政治家に対してシニカルになり、まともな政治議論ができなくなっている、という論理だ。「メディアが悪い」と。

 しかし、政治家は社会全体のルールを変えるほどのパワーを持っているわけだから、「厳しく、対立的な態度でインタビューするのは当然」という考えも一方にある。これがBB及びTODAYの考え方だ。

 前回書いた、イラク戦争開戦を巡る政府文書とBBCの大喧嘩だが、この舞台になったのが、TODAYだった。その後、政治とメディアに関する議論が噴出した。

 この喧嘩事件の後でBBCの経営トップが交代したこともあって、「BBCのジャーナリズムは大丈夫なのか?」「メディアは政治を悪くしているのではないか?」というトピックが、メディアだけでなく、国民の間でもひんぱんに話題になった。

 BBCの存在感自体も疑問視され、「受信料は廃止されるべきだ。視聴したい人が視聴料を払うシステムを採用するべきだ」という声も出た。当時(2004年ごろ)、受信料廃止の声は、いささかショッキングに聞こえたものだ。しかし、現在、「それもアリかな」と思う国民は決して少なくないようだ。

 時代は随分変わってしまったものだ。何しろ、「後から見れる」キャッチアップのサービスや、オンデマンドが人気だし、ユーチューブももちろんあるしで、BBCも何かしら変わることが期待されるようになったのだ。

  NHKも存在の危機というと大げさだろうけれども、近年大きな議論の対象になったことを考えると、やはり公共放送というのは難しい立場にあるのかな、とも思う。BBCの場合はデジタル化が変化をうながす強い要因ではあるけれど。

 さらに興味のある方は、オブザーバーの21日付記事 The mayhem behind the microphone もご参考に。キャスターの一人、サラ・モンタギューは本当に女優エマ・トンプソンにそっくりである。
by polimediauk | 2007-10-28 01:14 | 放送業界