小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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チャンネル4のBRITZ 自爆テロ犯の心

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(BRITZより 警察に連行される姉)

 31日と1日の夜、チャンネル4で「BRITZ」というドラマのパート1、パート2が放映された。

http://www.channel4.com/culture/microsites/
B/britz/index.html

 (英国とアイルランドに住んでいる場合は、4ODというソフトをサイトからダウンロードすると、PC画面で再視聴できる。)

 あるイスラム教徒の兄弟の話。両親はパキスタン出身だ。ロンドンで自爆テロを行おうとする人の話、ということで、「イスラム教徒=テロリスト」という見方を強めるだけなのではないか、あるいは監督(50代、白人男性、キリスト教徒)には、「ムスリムの心は分からないのではないか?」という懸念があった。白人50代だからムスリムの若者の心・生態が分からない、というのも乱暴な考え方だが、どのニュース番組でも、監督はこの点を聞かれていた。(後で考えると、この監督にとって、ムスリムのことがどれだけ切実なのかを聞きたかったのかもしれない。)

 7・7ロンドンテロに遭遇した英国民向けの番組だったので、日本で公開の可能性が低いと思い、あらすじを紹介したい。

 英北部のイスラム教徒が多い町に住むパキスタン系英国人家族の物語。話の中心は兄弟で、画面で見た感じではどっちが年上なのか良く分からなかった。便宜上、弟と姉としておく。パート1は弟の話で、法学部の学生だ。頭がよく、情報機関に勤めるようになった。英国には移民の家族として世話になったと思い、「恩返しをしたい」というのが志望動機だ。

 そこで、スパイ活動に従事するのだが、対象がイスラム教徒の国民で、そのうち自分の友人たちの活動も調査の対象になってゆく。つらい立場だ。

 パート2は姉(医学部の学生)の話だ。英国の外交政策などに不満を抱く。親友(女性)が、テロ法の下で自宅軟禁状態になり、衝撃を受ける。この自宅軟禁はコントロール・オーダーと名づけられ、行動に厳しい規制がつく。控訴することができない。足には電子タグがつけられ、どこに行くのでも当局の監視下にある。夜は外に出られない。姉は次第に英政府に対し不信感を抱く。親友が自殺をしたことで、姉は大きなショック状態になる。

  この姉は同じく医学生で黒人男性とつきあっていたが、ムスリム以外の男性で、しかも異なる人種(黒人)をボーイフレンドにするのは、パキスタン系英国人の家庭では考えられないことだった。「本当のことを話したい」とボーイフレンドのことを父に告げた姉は、翌朝、パキスタンの両親の実家に送られてしまう。ここで、姉は親が決めた結婚相手と結婚しなければならなくなる。

 ムスリムではない、人種も違う男性とつきあっているだけで、祖国パキスタンに送られてしまうこと、親が決めた結婚相手と結婚する羽目になること、など、いかに英国のパキスタン系家庭が、他の家庭の価値観とはかけ離れているかが、如実になった。せっかく医学生であるのに、一旦は勉学をすてて、パキスタンに送られ、それに文句を言う様子も見られないので、「変だなあ」と思った。男親の言う通りに、ここまでしなければならないのが驚きだった。

 後を追ってきた黒人のボーイフレンドに対し、親類の男性たちに暴力を振るわれ、姉は家を逃げる。それ以前から考えていたこと、つまり、ムスリム戦士として修行を受けることを実行に移す。

 一方の弟は、姉がパキスタンに送られ、いなくなったと聞いて、自分もパキスタンに飛ぶ。何物かに殺されたらしい姉の焼け焦げた死体(これは後で別人だったことが分かる)を見て、涙を流す。葬式を経て、職場に戻った弟は、第2のロンドンテロが起きるかもしれない情報を、諜報活動から得る。ロンドンのカナリー・ウオーフで何かが起きると思った弟は、自爆テロ犯を探す。

 テロ犯は女性である可能性もあり、弟は目をこらしあたりを探すうちに、髪の長い白い装束の女性にあたりをつける。肩に手をかけると、振り向いたのは、死んだと思っていた姉だった。弟は、「テロをやってはいけない」と止める。

 姉はパキスタンで自爆テロ犯になるためのトレーニング(爆弾作りも含む。この場面が非常に詳しい)を受けて、ロンドンに戻り、金融機関が多いカナリー・ワーフで、爆弾を体にまきつけ、それを白い装束でおおって、爆弾のスイッチを押そうとする。

 押す寸前で、弟が「テロをするな」と肩をつかむ。何事かとやってきた警官数人が弟を姉から引き離そうとする。それを振り切って、弟は姉に抱きつく。「やるんじゃない」。姉の顔のクローズアップで、目が涙に一杯たまっていた。しかし、とうとう姉は爆弾のスイッチを押した。

 その瞬間、画像が切れて、テレビ画面には粒子が流れる様子が出た。次に真っ黒の画面になって、「英国に住む90%のイスラム教徒がテロは英国の外交政策のせいだと思っている」、「ムスリムに対する戦争が起きていると思っている」という文字が出る。押し付けがましい気がした。キャンペーンっぽい感じだった。

 画面が黒いままで、「自分たちが無実だと思っている?でも、無実じゃない」と女性の声が響く。

 姉が自爆テロの前に撮っていた、ビデオが写る。細かい言葉は忘れたけれども、自爆テロを何故するのか、ということを話していた。「無実のムスリムを殺す戦争を支持したあなた(ビデオを見ている人、視聴者)にも責任がある」と。

 7・7ロンドンテロの実行者たちもこうしたビデオを作っていた。文言がそっくりだった。

 ムスリム側に偏ったドラマだと思ったし、放映前の批評にもあったように(ニューズナイトの金曜レビューなど)「何故こんなに頭のいい人たちが、自爆テロをやろうとするのか、その過程が十分に説明されていない」とも思った。

 それでも、いろいろ考えさせてくれる良質のドラマだと思った。チャンネル4は今週で放送開始から25年だ。「ビッグ・ブラザー」でひんしゅくをかった(人種差別発言など)けれども、「新鮮な、挑発的な番組をこれからも作る」と、チャンネル4のトップ、アンディー・ダンカン氏が、2日付のラジオTODAYで言っていた。

 私の英国のムスリムに対する見方は、最近、結構変わった。前は、テロが起きるのは英外交政策やイラク戦争などの影響もある、という考えにシンパシーを感じていた。今は、そういう論理には破綻があると思うようになった。「世界中でムスリムに対する戦争が起きている」ことを理由に、例えば英国で自爆テロ、というのも論理に破綻があるように思う。第一、「世界中でムスリムに対する戦争」・・・というのも納得できない。デンマークや他の欧州の国のムスリムたちに会って、英国のムスリムの一部の人がいかに政治的存在・ポリティカル・イスラムであるかも分かった。英国にいると、ポリティカル・イスラム=イスラム、と思いがちだが。

 考えが変わったのは、元イスラム過激派集団ヒズボタヒリールにいた、エド・フセイン(本名ではない)の「ザ・イスラミスト」という本を読んでからだ。パキスタン出身の移民の家庭に生まれ、宗教熱心なフセイン氏は、真実を求めて右往左往する。モスクでポリティカル・イスラムに染まり、ヒズボタヒリールに。この本で、人をポリティカル・イスラムに引っ張るときに使う問答というか、論旨がひんぱんに出てくる。読んでいておそろしいが、からくりが分かる。著者はシリア、サウジアラビアなどでも生活し、イスラム教国だからといってすべてがパーフェクトではないことを知る。(ヒズボタヒリールはイスラム国家の創立を目指している。)また、「闘え!」とけしかけていた仲間が、実際にアフガニスタンに行ってトレーニングを受けた後に命を落としたりなどの経験があって、自分たちの言葉の意味、若者への影響の大きさをはじめて知るようになる。

 先日、スペインのマドリードテロ(2004年)の実行犯への判決が下されたけれども、欧州に住むムスリムの男性たちで広がる(自爆)テロは、前に元CIAのロバート・ベイアー氏が言っていたように、一種のカルトではないかと思う。もしそうだとすると、外交政策を変えるよりも、論理の破綻をつく、及びこのカルトにはまりがちな若者たちの社会からの疎外感を取り去ることに政治家やメディアは力を注ぐべきではないか?

 それにしても、ムスリムの女性だったら、結婚相手はムスリムの男性でないとだめで、それに逆らうと、父親が娘をパキスタン(やインド)に送ってしまう・・・というのは相当ひどくはないだろうか。英国社会の価値観(男女平等、個人の人権などなど)から、かなりかけ離れている。こっちの方が問題なような気がする。「多文化主義」英国で、結婚相手の決め方に介入したら、「余計なお世話!!」と叱られ、批判され、メディアでめちゃくちゃにされる可能性もある。日本とはまた違った意味で、気を使って発言しなければならないことがたくさんある。



 
by polimediauk | 2007-11-03 02:43 | 放送業界