デンマークで総選挙 前夜の見方
13日は、デンマークの総選挙の投票日だった。まだ結果は分かっていないが、僅差で与党自由党が政権を再び握ることになるのではないかと言われている。
結果が出る前の現時点で、例のムハンマド風刺画、ムスリム移民の要素が気になっている。
右派中道のラスムセン首相は、好景気が続き、世論調査も上々ということで、2009年予定だった総選挙を今年に繰り上げることにしたようだ。BBCによると、税金問題が議論に上るのに先駆け、まず選挙で勝っておきたい、という要素があった。
現政権が成立する前の政権は社会民主党系で、こちらも一定の支持を拡大すると言われており、台風の目になりそうなのが、、新党「ナショナル・アライアンス」のナッサー・カーダーと言う社会党系議員だ。
この議員は、風刺画事件の時に、「民主ムスリムネットワーク」という市民組織を立ち上げている。自分は「世俗派ムスリム」と言っており、「イスラム教徒でも穏健派を支持する」という市民を集めるためのネットワーク作りで、急速に人気を高めた。
もともとの風刺画掲載(2005年秋)から2年経ち、デンマーク国内はイスラム教徒を「良いムスリム=穏健・民主ムスリム」、「悪いムスリム=イスラミスト、宗教熱心なムスリム」と2つに分ける傾向があると現地のムスリムたちから、聞いた。前者を代表するのがカーダー議員。イスラム教徒であれば「自分は民主ムスリムだ」と声をあげなければ、「イスラミスト」と言われてしまうので、生きにくい、と言うのだ。
選挙運動の中で、右派国民党(現政権に閣外協力)が、新たなムハンマドの風刺画を使ったポスターを作り、これも議論を呼んだ。昨日、BBCニュースを聞いていたら(ラジオ)、国民党に対し、このようなポスターを何故作ったのか?とインタビューしていた。答えは、「これがこの国の価値観だ。いやなら、極論を言えば、出て行けばいい」。デンマークで生まれた移民の2世、3世はどうなるのか、と思った。
風刺画を掲載したユランズ・ポステン紙の文化部長フレミング・ローズ氏のブログを見る(タイトルは「ノーザン・ライツ」)と、「イスラム教徒は預言者に関する風刺を受け入れるべき」「表現の自由は最優先」という態度を崩しておらず、ポスターにも一理あるという見方を示している。議論はいつまでも平行線だなあとしみじみ思う。
ローズ氏は、欧州ムスリムの「融和」論者タリク・ラマダン氏との対話をロンドンでしたそうだ。結果、「やっぱりムスリムはダメだ」というような思いをしたようだ。スウェーデンでも風刺画事件があって、画家が警備状態になったことも、ムスリムが宗教への批判を受け入れないことの証拠として否定的な意味で認識しているようだ。
私が気になるのは、ローズ氏が「自分は絶対正しい」、「表現の自由の死守」とかたくなに考えているように見えることだ。何をどこまで言うべきかは、その時代や国民の気持ちによって変わる・・・という可能性を全く考えていないのかなあ、と。
‘デンマーク国内のムスリムの、今回の国民党のムハンマド諷刺画に対する反応は、落ち着いたものだったようだ。BBCラジオで、「一切反応しないことにした。いかに世界的にマイナスの反応を引き起こすかがわかったから」と述べていた。
一方、イスラム教を批判してきた元オランダの国会議員ヒルシ・アリ氏の警備費用(批判した映画を作った脚本を書いたことで過激派から狙われたため厳重警備がつく)を、オランダ政府が支払いを停止したことで(本人が米国に移住したため)、デンマーク首相はオランダを厳しく批判した。
これに合わせて、デンマークの複数の都市が、「ヒルシ・アリ氏にぜひ住民になって欲しい」と声をあげ、保護を申し出たそうだ。フランスのリベラシオン紙も、ヒルシ・アリ氏をフランス国民にして、警備をフランス国民の税金で払ってはどうか、と提案した。行き過ぎのような感じがしないでもないが。
イスラム教徒の風刺に関わる「表現の自由」を巡り、欧州内の一部の国の知識人(特にフランス、デンマーク、オランダ)には、一種の「表現の自由原理主義・ファンダメンタリズム」が存在し、英国の知識人(ムスリムに敬意を払いながらも表現の自由を守る)や欧州内のムスリムたちとの間に起きた亀裂は、ますます深くなっているように思う。融和、あるいは議論の解決の方向に向っていかない。デンマークの場合は、「右派中道」がより「右派」に、国全体が右にシフトしたような感じがする。こうした状態が何時まで続くのかな、とも思う。ある意味では外国人・ムスリム人口がまだ少ないからこそ、「少数民族は大多数の価値観に従え」という考えが有効なのかもしれない。
総選挙の結果、分析が楽しみである。(13日夜中までには判明するそうだ。)