小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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タイムズ編集長とマードック(上)

 タイムズの編集長ロバート・トムソン氏が、今月上旬、ロンドン市内のクラブで、メディア・コラムニストから取材を受けた。その様子と会場からの一問一答の部分を、紹介したい。

 トムソン氏はオーストラリア出身で、メルボルン・ヘラルド紙で勤務を開始した時、17歳だったと言う。下っ端から始めて、英国の高級紙の編集長にまで上りつめたことになる。シドニー・モーニング・ヘラルド紙に勤務していた時、北京に派遣される。そこで後に結婚する女性と出会う。一時、フリーでもやっていたようだ。その後、フィナンシャル・タイムズに雇われ、再度北京、それから東京へ。FTウイークエンドを経て、米国(NY)支局へ。2002年から現職。

 インタビューの中ではニューズ社のトップ、ルパート・マードック氏とどれぐらい親しいのかを何度か聞かれた。マードック氏もオーストラリア人で、トムソン氏はマードック氏のお気に入りと言われている。来年からは、ニューズ社が買収したウオール・ストリート・ジャーナル紙の経営陣かあるいは編集に加わるのではないか、と噂されている。

  タイムズ紙では、マードック氏があれこれと編集に指図しているのではないか?と聞かれたが、トムソン氏はこれを全面否定した。

 ところが、ある時、トムソン氏は政府が国民の生活に干渉しすぎるのではないか、政府関連機関に勤める人が増えていることは問題なのではないかと語った。私も含めて、聞いている方は、「まるでマードックがしゃべっているようだ」と思ったのも事実だった。

 ロンドンで取材されているところを見た限りでは、やや恥ずかしがり屋の人に見えた。

―今でもタイムズは「ニューズペーパー・オブ・ザ・レコード」(質の高い新聞、政府が正式な通知をするために使えるほどの新聞)と言えるだろうか?

トムソン氏:タイムズは社会のトップの人のための新聞と言われてきた。しかし英国は変わった。大学に行く人も増えた。以前は、トップの人といえばピンストライプのスーツを着た人だった。しかし今はそれだけではなく、様々な人が入るようになった。また、読者の興味範囲も多様だ。読者がネットなどを通じて、新聞の画面を作る(=カスタマイズ)ようにもなった。

―それでは、タイムズはありとあらゆる人のための新聞か?

 違う。高い質を維持する新聞だし、読み手を高水準のジャーナリズムに連れてゆくことが重要だと考えている。

―かつて、タイムズは安値競争を主導した。DVDを付録につけたりなど、本来の新聞のやることではないことをやったりしている。質を低下させる動きではないか?

 まずどうやって「質」を定義するかだ。私はジャーナリズムの質が問題なのだと思う。元来、タイムズは国際記事に強かった。そこで、この分野のジャーナリズムに投資してきた。特派員を増やし、広い範囲の視点を提供している。新聞の大きさは小型化したけれども、エッセンスはジャーナリズムの質だ。低級化はしていない。

―編集長ということだが、どれくらい現場の編集作業に関わっているのか?営業など、他にやらなければならない業務もたくさんあるのではないか?

 私はシニア・エディター(部長クラスのデスク)に信頼を置いている。通常は干渉しないが、口をはさむこともある。例えば、新聞のリズムやマイナーな直しなど。他の業務があって忙しいからではなく、必要性を感じて、(あえて)様々な人からアドバイスも受ける。

―タイムズは、他の新聞(例えばインディペンデント紙など)と違い、(ある目的を達成するための)キャンペーン運動を紙面を使ってやらないようだ。何か事件が起きて、それに反応する、というタイプの新聞だ。これでは、記事にパンチを効かせにくいのではないか。

  私は(インディペンデント紙のような)意見を表に出す、いわゆる「ビュー(意見)ペーパー」は、新聞の堕落だと思う。インディペンデントのサイモン・ケルナー編集長のやり方には同意しない。新聞が客観性を持とうとするのは重要だと思う。

 ビューペーパーにならなくても、タイムズではスクープの数が他の高級紙と比べても一番多い。古い考え方と言われるかもしれないが、新聞がキャンペーン運動をすることには居心地の悪さを感じる。

 しかし別の意味でキャンペーンをしているとも言える。例えばあるトピック関して、時間を割く、人を投入するなどリソースに力を入れれば、そのトピックに関するキャンペーにもなる、とも言える。

―最近のスクープにはどんなものがあったのか?

 (やや顔を赤らめてー恥ずかしかったのだろう)イラクの英軍向け通訳者に政府が支援を差し伸べるという記事だ。また、労働党党大会ではゴードン・ブラウン首相・党首のスピーチ内容をスクープした。スピーチ自体は、内容を聞いていて、「これはまずい(ことを言っているな)」と思ったが(注:ここは、タイムズが現政権にやや距離を置きだした、と解釈されるようだ。どこが「まずい」と思ったのか、後で説明があった。)

―タイムズなどはニューズ・コーポレーションが所有する。ルパート・マードック氏との関係はどうなっているのか?

  ああしろ、こうしろ、と言われたことはないが、良く話はする。週に(電話で)2,3度だ。話の内容は日本、ロシア・・・多様だ。マードック氏はおもしろい人物だ。

ー翌日の紙面に何を入れるべきか、という話は?

 一度もない。話題には上らない。

―何故この記事がこんな形で出たのか、と聞かれることはないのか?

 全くない。ただ、マードック氏がロンドンにいれば、写真のテクニカルな話や文字のタイプの話など話すこともあるが。干渉は一度もない。一度も。

―つまり、トムソン氏が自己検閲する、ということはないのだろうか?マードック氏が気に入りそうなトピックを入れるとか?

 ない。そう言っている人はいたら、嘘だ。ただ、マードック氏は国際分野に興味があるし、マーケット至上主義でもあると言っておこう。

―つまり、マードック氏は、あなたが既にこうした価値観を共有することを知っていた、と?

 そうだ。

―マードック氏が買収する米ウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)について聞きたい。WSJをどう見るか。

 すばらしい新聞だ。FT米国版で働いていた時、WSJはライバルだった。同時に、ニューヨークタイムズも注視していた。

―マードック氏は何故WSJを買ったのだろう?

 (答えにくそうに)WSJには投資が欠けていた。ジャーナリズムにどうやって投資するのか、これはどの新聞にとっても課題だ。

 今、タイムズは35の海外提携のパートナーを持っている。(一方のWSJの現在の所有者ダウ・ジョーンズは国内中心だ。)結果として、収入を増やした。

―マードック氏は、現在有料のWSJのオンライン購読料を無料にしようと思っているようだ。タイムズは随分オンラインに投資している。新聞とネットとの関係をどう思うか?紙の新聞はもう将来がないのだろうか?

 紙に印刷する新聞の将来は暗いかもしれないが、タイムズの発行部数を見ると、米国の新聞ほどには落ちていない。タイムズはグローバルな市場を持っている。もし英国新聞市場だけを見れば、印刷の新聞の将来は暗いかもしれないが。

 英国の新聞のウエブサイトは非常に進んでいると思う。タイムズの収入も増えたのもオンラインのおかげだ。だからこそ、紙にはプレッシャーがかかるのだろう。しかし、日本や韓国ではそうではない。オンラインよりも紙が上だ。

 ネットをやって思うのは、オンラインのサイトを通じて、毎日新しいことを発見している。本当にそうだ。ジャーナリズムの面からもそうだ。他の人が何を書いているか、やっているか、サイトで見て、人は何かを学ぶ。ああ、こうやっているのか、と。

 私たちの仕事の中核になるのはコンテンツだ。優れたジャーナリズム、ジャーナリスト、専門家がいないと、読者から見放されてしまう。今は、ユーザーが王様だ。ユーザーはコンテンツに厳しい判断を下す。タイムズはジャーナリズムに投資してきたので、ネットの時代でも人を減らす必要がない。

 米国の新聞で、紙に対する人気が下降してだめになっていくかどうかは、その新聞による。紙だけでなく、携帯や、オンラインのサイトなど、様々な場所を通じてコンテンツを出していかないと、ユーザーに罰せられる。(下に続く)
by polimediauk | 2007-11-22 05:43 | 新聞業界