小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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2008年 パキスタンと日本の二極化


 夜中の12時を回る少し前から、花火を打ち上げる音が近所で響く。12時には一斉にその数が増した。クリスマスは家族で過ごし、12月31日は友人や恋人と一緒に過ごすという人が多いようだ。

 年末から気になっていることが2つある。パキスタンで元首相だったブット氏が暗殺された。パキスタンの歴史に関しては、ALL ABOUTのサイトが非常に分かりやすい。

http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20071129A/index.htm

 パキスタンは1947年英国の植民地の地位から独立したが、隣国インドと比べても民主化が遅いという見方が英国内でも一致している。今回の暗殺事件関連の記事を読むと、インドの識字率は65%でパキスタンは45%ほどと低く、しかもさらに低下傾向にあると言う。

 英国内で「パキ」(パキスタン人)と相手を呼べば、一種の侮蔑表現にもなる場合がある。パキスタン系英国人若者たちの失業率は他の人種に比べてダントツに高い。7・7のロンドンテロの実行犯4人のうち、3人がパキスタン系英国移民の青年たちだったこともあるし、あまり良いイメージはない。

 亡くなったブット夫人の19歳の息子が跡を継ぐことになったが、息子は今オックスフォード大学の学生だ。これでパキスタンの問題が英国民にとって、一段と身近になった。因縁というか、パキスタンと英国の仲は切っても切れない。核保有国でもあるパキスタンの安定化が世界の安定化に大きく貢献することは確かだ。息子もいつかは暗殺される可能性が少なからずあるだろう。何となく、はらはらしながら注目している。

 もう1つは日本の貧富の二極化現象だ。本当に二極化しているかどうか、小泉政権が悪かったという人もいたが、ほんの数年の統治でそれほど社会が変わるものかどうかーと思っていたが、「世界」1月号を読み、目からうろこが落ちる思いがした。

 内藤克人氏の対談の中の指摘で、日本は長い間「会社一元支配社会」の中に生きており、会社にロイヤリティを差し出しさえすれば、「会社福祉体系」の恩恵から排除されずに済んだ、とある。しかし、「その代償として、社会全体の近代的な福祉・社会保障体系は構築されないまま放置され」た。

 同じ「世界」で、後藤道夫氏が今度は戦後日本の貧困問題を分析する。欧州との比較の文脈も出てくる。「現在の日本の税制と社会保障は、勤労世帯の貧困急増を緩和する機能をほとんど持っておらず、しかも日本の政府はそうした機能がなければならないとは考えていない。これは先進国の政府としてはきわめて異例」だという。ワーキングプアーは常に存在していたが、忘れられた存在になっており、近年再び社会の強い関心を集めたに過ぎないのである。「勤労能力がある働き手を持つ世帯が貧困生活におちいるのは、例外的、あるいは一時的事態であるはずだ、という理解が支配的だった」。自分自身もそう思っていた。「貧困は一時的・恒常的な労働不能者(高齢、傷病・障害など)の問題だという『社会常識』は、高度経済成長後半期以降、強力に日本社会を覆っていた」-。

 そして、「日本の最低賃金が単身者の生計費にも達しない水準であり続けた最大の理由は、最低賃金が実際に規制する主婦パートや学生アルバイトの賃金が、それだけでその当人の生計費をみたすのではなく、日本型雇用で遇される男性世帯主の賃金収入の補助部分と考えられてきたからである」-。(これが男性に労働を頼る構造、つまり過労死を生みやすい構造にもつながるのだろうか?)

 後藤氏によると、英国で貧困の再発見が行われ、勤労低所得層が公的援助を受けやすい方向への制度改革が行われた時、日本では、公的扶助の対象を、能力欠如・欠陥に由来する弱者層に絞り込む転換が起きたという。つまり、勤労所得者は自分で働いて自分の生活をまかなうことが期待されるので、政府からは支援はあまりない方向になってしまったようだ。基本的考え方が違うようなのだ、欧州と日本では。

 英国で暮らしていると、様々な金銭上の扶助サービスが提供されているのを実感できる。低・中所得であるがゆえに提供されるサービスがどれか、今ここでは正確に分けられないので思うままに挙げてみると、例えばロンドン近辺在住で60歳になると、「フリーダムパス」という定期券のようなものが得られる。ロンドン市内の公共交通費(電車、バス)がすべて無料になる。朝のラッシュ時を除くので、午前9時半以降になるのだけれども、一日中無料とほぼ同じだ。英国全体の電車賃もディスカウントが受けられる。また、年金をもらうのは男性で65歳からだが、60歳を過ぎると、「ペンション・クレジット」という名称で、年金を先にもらうことができる(大雑把な説明で恐縮である。)企業を退職してもし年金をもらうまでにはまだ間がある人にとって、大変助かる補助となる。

 高齢者の例をあげたが、シングル・マザーであるとか、疾病のために働けないとか、様々なハンディがある場合にももちろん金銭的支援がある。冬には「燃料費」という名目でお金がもらえる。例えば、具体的には、我が家の場合、日本円にして6万円ほどをもらった。国民医療サービスは税金によってまかなわれるので、基本的に診察料は無料である。収入が少ない場合、薬代も無料になることがある。 

 細かい点の話でなく、全体的な考え方が違うのだろう。英政府は貧困撲滅を政策目標の1つとしている。

 かつて、私は、英国が貧困撲滅をマニフェストに入れているのを知った時、「先進国であるのに何故?」と思い、日本は既に先を行っていると思ったけれども、そうではなかった。低・中所得層に対し様々な財政支援がある英国で暮らすと、確かに、日本には欠けている部分があると感じ、いつまでも貧しい生活から抜け出せないシステムが、近い将来少しでも改善されることを願う。

 話がそれるようだが、日本社会の社会保障や雇用に関する厳しさを感じた具体例として、私の日本の家族の一人は障害者認定を受けているが、仕事を探し、昨年秋から2度、試用勤務をした。どちらも2週間ずつ。いずれの場合も交通費も日当も出ない。これが現実だ。2週間分の勤務時間と一日に1000円近くかかった交通費。「使えるかどうか分からないのだから、最初は給与は払わなくて当然」ということだろうか。日本にいたら、「仕方ない」と思ったのだろうが、英国に住んでいると、何と厳しい制度だろうと思う。自腹を切って、頭を下げて仕事をもらうのだから。

 「世界」同月号の「釜が崎」の賃金ピンハネ記事も残酷だ。

 他にもいろいろ思い当たるふしがあるが、結局のところ、自分自身うすうすそう思っていたのだけれど、指摘されてみて、「やっぱり」と思った。つまり、一旦会社のシステムから出てしまうと、かなり厳しいことになるのが日本ということになるのだろう。ワーキングプアは前からあったが、今になって、多くの人が気づきだした、と。・・・そうすると、昔のバブル経済も含めて、好景気で騒いでいたときも、こうした状態が一方ではあったことになる。愕然とする。「中流」というのは幻想だったんだな、と。

 日本の新聞を読んでいて、税金の記事で、「両親に子供2人・男親がホワイトカラー」というケースがよく具体例としてイラストつきで説明されてきた。ここ30年ぐらい、自分はこれに入らず、常に疎外感を感じてきたが、実は該当しない人の方が多かったのかもしれないな、と思ったりする。今となってみると。

 年末、某パーティーで会った日本からの特派員の方が、「日本に戻ったら、じっくりと地に足を下ろした取材をしてみたいと思っている」と話していた。二極化の文脈の中の話だったように記憶しているが、今になって、その意味が分かるような気がしている。
by polimediauk | 2008-01-01 21:32 | 日本関連