小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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「プリンセス・マサコ」を読んで


 オーストラリアの作家ベン・ヒルズ氏が書いた本の邦訳「完訳:プリンセス・マサコ」を読んだが(英語原本―訂正の前―も買ったのだが、何と言っても日本語の方が読むのが早いので)、最後まで読む前に、翻訳をした藤田真利子さんという方が、著作を「ある人権侵害の記録」として読んだ、とあとがきを先に見た。

 「人権侵害」(皇室の人間の)として、確かに読めなくもないだろうけれど、やはりストレートには、ある女性の物語、ということになるだろうか。ある一人の日本人女性の人生の話。雅子妃は私よりも5歳ほど若い。35歳から45歳(+)の日本人女性にとっては、多かれ少なかれ、自分自身の人生と重ねあわせる部分があるのではないだろうか。

 結論から言うと、読んで良かったと思った。が、感想をもし一言で言うなら、「肩すかし」だった。

 何故肩すかしだったと思ったのか?それは後で英ジャーナリストの指摘でやっぱり・・と思うのだが、その前にまず、日本の様々なしきたり、皇室の説明など、外国人向けに書かれた部分は結構おもしろく読んだ。知らなかったこともたくさんあった。

 しかし、読み始めてすぐ感じたのは、おそらく自分が日本人のせいだろうと思うけれど、所々、どきっとするほど露骨でいやな感じの表現があった。皇太子の顔の表現で、「遠くから見ると目を開けているのか閉じているのか見分けにくい」という部分(23頁)や、「少なくとも片方は性体験のないであろう新郎新婦は」(36頁)など、ここに書くとなんでもないような感じだが、本を読んでいると、目に飛び込んでくる感じ。「性体験」うんぬんは、事実かもしれないが、「ここまで言われたくない」思いがした。

 ヒルズ氏はたくさんの人を取材している。雅子妃の恩師など。しかし、内情を深く知る人たちにせっかく時間を割いてもらったにも関わらず、この人たちからのコメントが非常に短く、浅く、さらっとしている。(ふと、本当に自分で会ったのかな??という疑問も出てきたが。リサーチャーを使ったと言うことはないのだろうか?)あまりにも取材からヒルズ氏が得た印象が薄いので、これでは雑誌や新聞の切抜きからコメントを取っただけでも足りたのではないか、と思えてくる。

 取材で会ってくれた人から、殆どたいしたコメントが取れていないー。これが非常に不思議だった。

 最後まで読み終えると、雅子妃の人生に、ヒルズ氏が一生懸命肉薄しようとし、たくさんの取材源にあたった「プリンセス・マサコ」は、雅子妃に対する熱い思いが出ていたと思った。

 しかし、ヒルズ氏の本には何かが欠けているような気もした。それは新しい発見と言うか、何らかの洞察、「あ!」という部分がなかった。私にとっての新しい発見がなかった、というよりも、ヒルズ氏にとって、取材や執筆を通して、新たな洞察がなかったのではないか?

 ・・・という説明は分かりにくいかもしれないので、フィナンシャル・タイムズのデビッド・ピリング氏の書評を紹介したいのだが、彼が読んだところでは、「プリンセス・マサコ」は雑誌や新聞記事の切り取りを集めただけのように見えた、という。(2006年12月23日付。The Daily and the Devine, by David Pilling)。著作は「部分的には楽しめるし、考えさせられるところもある。・・・しかし、絶望的な結婚の真実を見抜くことにも、日本の女性、子育て、精神病、皇室に対する考え方といった問題への納得のいくような説明を提供することにも失敗している。代わりに、当てこすりやステレオタイプだけだ」。「軽薄な表現」も絶えず、「近代日本の父であり、5人の別々の女性たちに産ませた15人の子供の父でもあった、放蕩な、外国人嫌いの、明治天皇」という表現を例にあげている。将来的に、雅子妃に関するもっと良い本が出たら、この本は棄てられる、として終わっている。

 「プリンセス・マサコ」―これはこれだが、もう少し、ヒルズ氏の洞察・新たな発見が知りたかった。いずれかは誰かが書くだろう。
by polimediauk | 2008-01-08 20:19 | 日本関連