小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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英社会を悩ます貧困問題


英国の「ワーキング・プア」が生み出す現実

 それでは英国の貧困問題はどうなっているだろう?

 最近、「児童貧困」がニュースになった。政府統計によると、英国の児童の22%が貧困家庭で生活しているという。政府はこうした児童の親が無職あるいは適切な職を得ていないことに注目して、手当ての支給の他に雇用奨励策に特に力を入れてきた。しかし、職を得たとしても、今度は低賃金という問題が立ちはだかったために、貧困児童の総数は思うようには減少していない。英国のワーキング・プアの背景を分析した。(「英国ニュースダイジェスト」今週号に加筆。)

 まず貧困の定義だが、統計でよく使われるのは、世帯単位の計算だ。ある世帯の収入が国内全世帯の平均収入の60%未満である場合、貧困状態にあると見なされる。住宅費、光熱費、住宅ローン支払いなどの住宅関連費を差し引いた後の所得での比較と差し引く前の所得での比較がある。

 具体的には、1人暮らしの家庭:住宅関連費を引いたネット所得が週に108ポンド(約23000円)未満、子供がいない夫婦の家庭では、ネット所得が週に186ポンド(39000円)未満、子供が2人に両親がいる家庭は週に301ポンド(64000円)未満、子供が2人の母子・父子家庭は週に223ポンド(47000円)未満。英国の物価は日本よりも高い点を考えると、一人暮らしで週に23000円、月に96000円と言っても、日本での生活と比べて、使い勝手ははるかに小さくなる。

 チャリティー団体Joseph Rowntree Foundationの調べ(BBC記事より)では、貧困家庭にいる児童の中で、両親が揃った家庭で、少なくとも親の1人が働くのは全体の43%、無職の1人親家庭は33%、両親共に無職の家庭は15%、働く1人親家庭は9%。

 貧困の比率は人種によっても大きく変わる。白人家庭よりも南アジア系家庭が高くなる。(ちなみに、失業率も南アジア系が高い。)白人家庭の貧困率は十数%であるのに対し、パキスタン系は54%、バングラディシュ系は64%、他アジア系は30%、カリブ海系は21%、アフリカ系は38%、中国系は27%となる。(Households Below Average Income, 2005/06)

 地域別を見ると、英国全体の貧困家庭の比率は全体の22・7%にあるのに対し、ロンドンは28.1%。ロンドンは英国内での住宅費を含む生活費が高い。平均より低いのはイングランド南西部、南東部、東部。スコットランドは20・4%だった。

 近年日本で話題になっている「社会の二極化」、「ワーキング・プア」の存在は、かつてに比べて階級間の格差が減少したといわれる英国でも、議論が続いている。いかに貧困層を減らすか?は常に政策課題となってきたが、1997年発足の労働党政権で、1999年、ブレア首相(当時)が、貧困児童の数を2010年までに半減させ、2020年には撲滅すると宣言したのが記憶に新しい。

 貧困世帯とは同様の家族構成の世帯の平均所得の60%未満を得る世帯を指すと説明したが、一つの目安は、週に35時間勤務で年収約12000ポンド(約260万円)以下である場合。政府によれば、1997年時点で、貧困の危機にさらされている世帯に420万人の児童がいた。児童全体の27%が貧困家庭で生活をしており、これは欧州連合(EU)諸国の中でも最高だった。

 こうした世帯の多くでは適切な働き手がおらず、貧困撲滅にはまず親を職に就かせることが鍵となった。特に雇用率が低い一人親家庭で、11歳以下の子供のいる家庭の親が仕事に関係のある活動に参加した場合には支援金を払う、トライアルで仕事を始めてもらうなどの積極的な雇用支援策に政府は力を入れてきた。現在までに貧困世帯の57%に働き手がおり、60万人-80万人の児童が貧困状態から抜け出すことができたとの調査結果もある。

 しかし、貧困児童の総数は思ったほどには減少していない。昨年3月発表された、平均所得以下の世帯に関する政府統計によると、2005年―2006年時点で、貧困児童数は280万人。これは全児童の22%にあたり、前年よりも10万人増加していた。住宅費や光熱費、住宅ローンの支払いなど、収入の大小に関わらず出費が必要になる、住宅関連費用を差し引いた所得を基準にして比較すると、380万人の児童が貧困家庭に住み、これは全児童の30%にもなる。

 シンク・タンク「インスティテュート・フォー・パブリック・ポリシー・リサーチ」(ippr)が今月上旬発表した調査も、貧困児童の全体数はここ10年で殆ど変わっていないことを指摘した。働き手のいない貧困家庭にいる児童の数は200万人から140万人に減少したが、手当ての増加や税金優遇策の追加が実行されたものの、そのスピードや量が十分ではなく効果をあげるところまでいっておらず、職を持ちながらも貧困から抜け出せない家庭、つまりワーキング・プアが増えたのがその理由、とシンク・タンクは分析した。

―低賃金、人種、雇用体系

 生活が楽にならない原因の主因は低賃金だ。1999年からは最低賃金額が定められているものの、最低賃金以上だが貧困から抜け出せない少額の所得を得る世帯への政府の支援策が少ないと、ipprは分析する。

 労働が十分な報酬に結びつかない理由として、ipprは労働者の技術不足、該当する労働の低生産性に加え、人種、性別、雇用形態による不平等を挙げている。さらに近年の住宅費高騰も低所得者にとっては大きな打撃となる。打開策として、ipprは最低賃金額の上昇、現在は22歳以上が対象となる成人最低賃金額の21歳からの適用、住宅費が特に高いロンドンでは通常の最低賃金額に上乗せした額を適用、また、一世帯で2人の働き手を奨励するような税金優遇策を提供する(2人目が働くことで、それまで提供されてきた扶助金額が減少され、生活が逆に貧しくなるなどの事態が起きないように)などを推奨している。英国における児童貧困問題とは、ここ10年に渡って好景気を謳歌してきた英国の経済システムと密接に関連した、根深い問題とも言える。

 日英の貧困に関する認識度の違いがあるとすれば、おそらく、日本は戦後の高度経済成長以降、「国民=全て中流」とする考えが広く流布し、「貧困」が目に見えなくなった(先述の「論座」、「世界」のコラム指摘)のに対し、英国では社会格差があること自体がーおそらく階級制度の存在のためにー常に意識されてきた、という部分がまずあるかもしれない。また、英国では、貧困に限らず、「社会的に疎外された人々」(貧困、人種、言語、女性、心身の障害など)の生活水準をいかにして上げ、社会参加させるかも大きな政策課題の1つになってきた経緯がある。未だに解決すべき大きな問題であるという点で、英国の状況が日本より良い、とも言えない。起点が違うのだと思う。

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NATIONAL MINIMUM WAGE

全国最低賃金。全国最低賃金法(1998年)に基づき、1999年から実施。額は政府とは独立の低賃金委員会が決定する。昨年10月以降、22歳以上(成人賃金)は時給5・52ポンド(約1150円―日本円にするとずいぶん高いが、英国の物価を加味すると低いのである)、18歳から21歳までは4・60ポンド(958円)、16―17歳は3・40ポンド(708円)に。対象者は約130万人。21歳を成人扱いにするかどうかが政府と労組側の争点になっている。20世紀初頭、一部産業の労働者に最低賃金が定められたが、労働市場の硬直化や生産性低下などを理由に、1993年保守党政権下で廃止され、労働党政権になって復活した。

「英国ニュースダイジェスト」
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by polimediauk | 2008-01-16 18:22 | 英国事情