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トルコのスカーフ、禁止が部分解除へ


 28日夜、トルコの与野党が、大学でのイスラム教スカーフ着用禁止令の解除で合意をしたが、その詳細がロイター伝で伝えられている。

 その前にだが、トルコの国民は99%近くがイスラム教徒だ。しかし、1923年の共和国としての建国(その前は、オットマン帝国と呼ばれた)以来、政教分離を国是としている。

 何故そうなったかの説明は長くなるが、欧州列強に負けないためには近代化、急激な西欧化が必要となった経緯がある。そこで、後に「建国の父」と呼ばれるケマル・アタチュルク氏が、これもすごく大雑把な説明だけれど、イスラム教=古い、アラビア語に似た文字表記=古い、として、徹底的な西欧化・近代化をはかる。宗教関係者で弾圧・殺された人も結構いるのである。そして、アルファベットを浸透させようとして、アタチュルク自身が国中を回って、新しい文字を教えたぐらいだ。フェズ(トルコ帽)やスカーフなどこれまでのイスラム教徒としての装束も=古い、ダメなもの、となり、洋服を着るようにという雰囲気が出来た。

 (追記:上記の「イスラム教=古い、アラビア語に似た文字表記=古い、として、徹底的な西欧化・近代化をはかる」の説明で、西欧化の説明だけでアラビア語表記が推進されたという説明は正しくないのでは、という指摘を頂き、アンカラ在住のトルコ語研究者からの説明を元に、以下に追加します。既に様々な書物で以下の内容が書かれてあるので、特に個人名を出す必要はないと言われましたので、ご了解ください。)

 まず、アラビア文字表記は、西欧化・近代化を推進するための国策という面があったが、そもそも、トルコ語の純化運動と言う大きな流れがあった。

 「言語学的にアルタイ語系に属するトルコ語をセム語系に属するアラビア文字で表記することは不自然であった。アラビア語では長母音以外の母音は表記されないが、これに対してトルコ語には8つの母音があり、さらに母音調和の原則がある。したがって、アラビア文字でトルコ語を表記するとトルコ語の微妙な特性が十分に表現されないのみならず、トルコ人にとっては難解であり、識字率と教育や学問の普及の障害になっていた」。

 「オスマントルコ帝国末期、支配階級や上流階級で話されるトルコ語の語彙には多数の外来語が含まれ、特にアラビア語とペルシャ語の影響が著しかった。これに対して国民の大多数をしめる農民の間で話されていたトルコ語は外来語の影響の比較的少ないものであり、民衆文学として保存されていたが、それでも長い間に本来のトルコ語の単語がペルシャ語やアラビア語の単語に置き換えられていた。これらの外来語を追放して純粋トルコ語作りの動きは、19世紀半ばに民族主義的思想が高揚し、啓蒙思想家Ibrahim Sinasiなどによって始められたが、国家的事業としても推し進められた」。

 建国の父と言われる「アタチュルクはこの目的を遂行するために、1932年にトルコ言語学協会を設立している」。アタチュルク自身がアルファベット表記を推進するために国内を回ったのはよく知られている。(以上、追加終わり。)


 といっても、人々の心から宗教を撤廃することはできず、今でもたくさんモスクがあるし、イスラム教がなくなったわけではないのだけれど(むしろ、根強く存在+熱心なイスラム教徒もたくさんー何しろ、90%以上がイスラム教徒なのだから)、国政の場からは消えた・・・ということである。公務員の女性はイスラム教を表すスカーフをかぶってはいけない。

 1980年の軍事クーデターが起きるまでは、大学ではスカーフ着用はそれほど厳しく規制されていなかったようだが、これ以降、事実上禁止となった。スカーフをかぶれないので大学に行くことをあきらめた女性も結構いるようなのである。スカーフ問題が政治問題になってしまい、スカーフの着用=国のイスラム化=政治的な動きと受け止められるようになってしまった。

 2002年から政権を担当した親イスラム政党の与党公正発展党(親イスラム政党が政権を担当するまでになったというだけでも、大きな一歩であった)は、スカーフ禁止を解除しようとしてきたが、これまでなかなかうまくいかなかった。軍部、司法関係者、高等教育関係者が、「スカーフ着用は世俗主義堅持を脅かす」として反対してきたからだ。

 そこで・・・というのが今回のロイターの記事になる。

 ロイターによると、トルコの与野党の2つの政党がスカーフ着用禁止で基本的に合意したことで、今後どうなるか?と心配げに見ているのが、世界の金融市場だそうである。それは、世俗主義者からの反対で、何らかの政治的緊張感が起きると(暴動や反対デモとか)、欧州連合(EU)に加盟を望むトルコにとって、悪いニュースにもなるからだ。「イスラム化が進み、民主化が遅れているトルコはEUには入れない」とか。

 両政党の合意の詳細を見ると、禁止解除は大学での女生徒のスカーフ着用に関するもの。公務員の女性や大学の教師陣は、今までどおり、スカーフ着用禁止は続く。従って、「部分解除」なのだ。

 そして、許されるスカーフは、端っこをあごの下で結ぶ、「通常のスカーフ」であって、はしっこを頭の後ろで結ぶ、「政治イスラムの象徴」のスカーフではない。結び方でさえ、意味があるのだ。

 これまでスカーフ着用禁止解除に反対してきた司法関係者や高等教育関係者は、既に、今回の禁止解除は「違憲である、社会の平和を乱す」と批判している。軍部そのものは何もまだコメントを出してないようだ。

 解除には憲法の2つの条項の改正が必要となる。1つは高等教育委員会(YOK)に関わる法律だ。YOKは世俗主義堅持の柱となってきたが、新たな委員長になってからはスカーフに関して柔軟な姿勢を示しているという。―以上、ロイター伝に私の見方を付け加えた。

 現時点では両政党の合意なので、実現にはまだ時間がかかる。

http://in.reuters.com/article/worldNews/idINIndia-31648820080129

関連
トルコのスカーフに関する、前のエントリー

http://ukmedia.exblog.jp/6841637/
by polimediauk | 2008-01-29 22:43 | トルコ