風刺画論争後のデンマーク 5
ユランズ・ポステン紙の該当英語記事と、問題となった風刺画の1枚は以下のアドレスから、ユランズポステンのサイトに入り、右端のターバンを巻いた画像下の英語の表記をクリックすると見れる。
http://jp.dk/
コペンハーゲンポスト紙によると、2005年9月には他のデンマーク紙はユランズポステンの風刺画を再掲載しなかったが、今回は、大手新聞の殆ど全紙が再掲載したという。
http://www.cphpost.dk/get/105596.html
昨年初頭、コペンハーゲンで風刺画問題の背景を探った連載をベリタに出した。その5から8を出してゆきたいが、今回はムスリムたちに話を聞いた。(文章の中で年月の表記は2007年当時の表記になっています。今年=2007年など。ご留意ください。)
風刺画論争から1年のデンマーク・5
「イスラム系移民への雇用提供に奔走」 民主ムスリム・ネットワークのエルベド氏
日刊ベリタ 2007年01月20日10時34分掲載

▽「人気は上々」
―結成からそろそろ1年だが、最近の状況は?
エルベド氏:人気は上々だ。「カチネット」という会社が昨年7月に行った調査によると、イスラム教徒の国民の中で、ネットワークは14%の支持率を得た。正式には3月結成なのでほんの数ヶ月でこれほど人気が出たことになる。一方、(風刺画を抱えて中東を訪問した)イマームのアーマド・アブラバン導師が率いるイスラム教徒のグループへの支持率はたった3%だった。
掲載から1年経ち、カーダー議員はネットワーク立ち上げが表現の自由に貢献したということで、ユランズ・ポステン紙が創設した「表現の自由賞」を受賞した。
―会員数は?
エルベド氏:「正会員」としては1100人だが、支援者と言う部類の人も入れると何倍にもなる。今まではコペンハーゲンが中心だったので、全国に地方支部を作ろうとしているところだ。
―活動内容は?
エルベド氏:一つにはセミナーやワークショップの開催だが、昨年9月30日には「風刺画掲載から1年―何を学んだか?」というテーマで国際会議を開いた。米国、フランス、エジプトなどから学者やパネリストを呼び、イスラム教を批判的に見ることをテーマに議論を行った。メディアでも大きく報道された。
もう一つは労働市場に関しても行動を開始している。ムスリムのバックグラウンドを持つ人を対象に求職フェアを開くために奔走している。8月末開催したフェアは非常に好評で、23社が参加し1000人が訪れた。移民融合省や「新デンマーク人」という団体、それに商工会議所とも協力をし合っている。今後は2,3ヶ月ごとに同様のフェアを開催していくつもりだ。社会融合と雇用市場の開拓の支援に力を入れている。
―ムスリムたちの失業率は高いのか?
エルベド氏:残念だがそうだ。理由はいろいろある。景気は良く失業率も全体では低いのだが、イスラム教徒となると失業率は高めになる。ネットワークの力で雇用の機会を提供したい。
―活動の資金源は?
エルベド氏:人材を必要としている企業などからの寄付が主だ。このネットワークの支援団体が資金集めを専門に行なっている。
―何故企業はネットワークの活動を助けるのか?
エルベド氏:利益にかなうからだ。私たちは、企業に話しかけるとき、こう言う。「イスラム系青年たちの雇用はネットワークだけの仕事ではなくて、社会全体の義務でもある」と。もし私たちが過激主義、原理主義などから若者たちを遠ざけておきたいなら、若者たちに何かやること、つまり仕事を与えなければならない、と。雇用を見つけることで、ムスリムの若者たちに対しては、「社会があなたたちのことをケアしていますよ」、というメッセージを伝えることができる。雇用を提供することは自分たちの会社だけでなく社会全体にとって恩恵がある、という認識を持ってもらうようにする。
▽「イスラム教徒」ひとくくり視は減る
―イスラム教徒の観点からすると、デンマークは事件後どう変わったか?
エルベド氏:もはやデンマークでは、「イスラム教徒は…」とは誰も言わない。「この宗派の」あるいは「こういうグループのイスラム教徒は…」という言い方をする。デンマークに住む20万人のイスラム教徒は一人ひとりが違う。それを「イスラム教徒は…」として、ひとくくりにして言って欲しくない、というのが、ネットワーク結成時の私たちの言いたかったことだった。今からすると当たり前のことだし、デンマークの政治の現場ではもう既にそうなっている。
―「政治の現場では」とは?
エルベド氏:例えば、(反移民で右派の)デンマーク国民党は、かつて「イスラム教徒は」と言っていたが、今は、「イスラミスト(イスラム原理主義者、過激主義者)は」と言う。区別をするようになったということだ。
─国内ではネットワークに対する批判が高いと聞く。デンマークでイスラム教徒だと「民主的ムスリムだ」と表明しないと、イスラミスト、つまりテロリスト予備軍に見られてしまうことの窮屈さを指摘する人もいるが、どう思うか。
エルアベド氏:確かにそういう状況はある。しかし、批判者たちの言うことを聞くと、実はこのネットワーク自体を否定しているのではなく、リーダーとなっているカーダー議員を批判している場合がほとんどだ。「このネットワークの悪いところを言って欲しい」と言っても、相手からの答えはない。ネットワークはイスラム教徒のために活動をしているので、反論ができないのだ。
このネットワークの活動の中で強調しているのは、「自分たちがデンマーク人だ」と表明することの重要性だ。まず最初に来るのがデンマーク人であること。次にパレスチナやトルコ出身だという要素もある。しかし、とにかく第一がデンマーク人であることなんだ。自分が生活している社会を受け入れることが社会融合の最初のステップになる。どうやって自分が住む社会を受け入れるか?それはその社会の価値観を受け入れることだ。
―カーダー議員はネットワークを母体にして新しい政党を作ろうとしていると言われているが?
エルベド氏:ない。絶対にない。
―何故か?
エルベド氏:それは、ネットワークの目的は自分たちがこの社会の中の一部であることを示すことだ。独自の政策を実行するためではない。このネットワークには様々な政党、様々な意見を持った人がいる。多様性がある。一つの政治的考えがあるのではない。
▽「イスラム政党はいらない」
―国内にイスラム教の政党があるべきだと思うか?
エルベド氏:全く思わない。そんなものができないように闘うだろう。
ここデンマークでは宗教には何の意味もない。だから、一定の政治的影響を及ぼしたいと考える時、宗教は問題にならない。既に政党があるし、それで十分なんだ。もし新しい政党を作りたいんだったら、環境に優しい政党とかを作ればいい。イスラム教の政党を作りたいなんて考えている人はいない。
よく誤解されるけれど、このネットワークを新政党の母体に、ということは絶対にない。カーダー議員は社会自由党の議員で満足している。
▽風刺画事件の功罪
―ユランズ・ポステンに掲載された12枚の風刺画についてどう思うか?振り返ってみて、デンマークにとっては良かった点もあると思うか?
エルベド氏:ある意味ではそうだ。風刺画事件の後で、良いこともたくさん起きた。結果として、イスラム教徒に対しての関心が高まったし、社会全体で何かをしよう、イスラム教のバックグラウンドを持つ人と対話しよう、仕事の面で助けよう、とう意識的な動きが出てきた。
―マイナス面は?
エルベド氏:右派政党が支持を増やしたことだろう。事件の直後、非常に支持を増やした。今はそうでもないが。右派の国民党の支持率は現在3%ほどで、これ以上大きな影響力を持つようにならないことを願っている。
―1年経って状況は落ち着いたようだが。
エルベド氏:そうだと思う。
―ユランズ・ポステン紙は例の風刺画を掲載するべきではなかったと思うか?
エルベド氏:掲載する権利はある。もっと知恵を働かせた風刺画だったらな、と思う。風刺画と同時に掲載された、ユランズ・ポステンの文化部長フレミング・ローズ氏の文章には怒りを感じた。その記事の方が風刺画よりも悪影響を及ぼしたと思う。 ローズ氏は「お前たちイスラム教徒は侮辱されることを受け入れるべきだ」と書いていた。
―攻撃対象はイスラム教徒だった、ということか?
エルベド氏:そうだと思う。記事がなかったら誰も反応しなかったのではないか。絶対にそうだ。世俗派ムスリムと自分を呼ぶほど、イスラム教が生活の中にほとんど入ってこない私でも、侮辱されたと感じた。風刺画よりも記事のほうに侮辱を感じたのだ。「これをお前たちは受け止めるんだ」という形で出されたからだ。
私自身もユランズ・ポステン側に対して怒りを感じたが、それでも、デンマークのイマームたちやイスラム諸国に住むイスラム教徒の抗議者たちの過剰反応は、風刺画自体よりももっと大きな損害をイスラム教徒たちに与えたと思う。
ローマ法王の預言者ムハンマドに関する否定的な発言でも同様な反応が起きた。批判されたからと言って、あんなふうに過剰反応しないことが重要だと思う。デンマークの風刺画事件が、人々が何かを学ぶ機会になれたらと思う。(つづく)