小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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英陪審制とメディア報道 (上)

 セルビア南部の自治州コソボの独立は「国連の承認なしに一方的に宣言されたもので、国際法違反だ」(セルビアとロシア)とする側と、「国連決議1244がある、合法」(米国、EU主要国)とする側とに、真っ二つに分かれている。私自身、「違法ではないか?」とひっかかる。しかし、米EU主要国側は「合法」とゆずらない。

 米国(+英国)が、国連を素通りしてイラクに武力侵攻してから(特に)、「国際法」の脆弱さ、あやむやさ、あるいは合法性がむちゃくちゃにされたな、と感じる。「全てが政治」と誰かが言っていたが、本当にそうなのだろう。また、一体私たちが今考えるところの「国際法とは何か?」という問いもあるだろう。国連を考えると分かり易いけれど、それでも、「一定数の国の間の合意」というのが基本とも言える。絶対に動かせないもの、ではないはずだ。・・・という議論が、2003年のイラク戦争開戦以降、ずい分と英国内であったことを思い出す。

 (いったんデンマークを途中保留し)、2月もそろそろ終わりに近づいてきたので、2月1日紙媒体に出た、法の話を出したい。ただし、国際法でなく、英国の法廷侮辱罪と日本の裁判員制度に関してである。

 裁判員制度が始まるようになったのは、何故なのか?

 朝日新聞の昨年4月22日付の記事「選択のとき 裁判員時代 あなたの参加、道のり10年」によると、2009年から始まるこの制度は、「政府の司法制度改革審議会の01年の意見書で方向付けられた」という。

 審議会は判決までに時間がかかる、裁判を活用しにくい、官僚的などといわれる司法の「大手術」をしようと1999年に始まったというので、10年後の実行となる。

 「有罪か無罪かだけを判断する陪審員と違い、裁判員は刑の重さも決める。多数決になれば、一票は裁判官と同じ。責任は重い」。

 同年4月18日の読売新聞の記事「あなたも裁判員 誕生の軌跡2」によれば、戦前に陪審員制度は存在していた。「刑事事件を対象に、1928年から15年、実施された。陪審員の資格があったのは、一定額の税金を納めた30歳以上の男性。12人の陪審員が多数決で有罪・無罪を答申し、裁判官がこれを基に、量刑を含めた判決を出す」方式だった。しかし、段々陪審員を使った裁判の数は減っていった。「被告が陪審制度を辞退することを認める制度だったため、裁判官での裁判を選択する被告が年々増えて行き、1943年、停止された」。

 そして、同記事によれば、日本の陪審制制度導入を提唱したのは、福沢諭吉で、英国の陪審について「西洋事情」で触れているというのだ。(この2つの記事、どこかで手に入るようだったら、是非読んでいただきたい。沢山取材したことが良く分かる、ためになる記事だった。)

 60年以上経って、日本で同様の制度がいわば復活することになった。民主主義制度の1つのやり方として、今回は根付くのかどうか?

 メディアの問題としてみると、前にも書いたのだが、どこまで規制をかけるかも一つのポイントだ。英国では陪審員への取材は基本的には不可能状態というか、あまりやられていない。判決に至る評決を外に漏らすことは厳禁されているからだ。また、過剰取材によって被告が後の裁判で不利にならないよう、法廷侮辱罪で報道規制がかかる。

 日本では、裁判員制度と報道のあり方に関して議論が続いている。この流れで、英国の事情を、改めて「新聞研究」2月号に書いた。以下に転載したい。(長いので2回に分ける。)


報道規制に果敢に挑戦するメディア
―英陪審制と報道とのかかわり (上)


 英国の裁判報道では、未成年(18歳未満)の個人情報報道には厳しい規制がかかる。レイプ事件の犠牲者の個人情報の報道も同様だ。開廷中の報道各社による写真撮影や録音は許されない。

 しかし、英メディアが規制を忠実に順守するのはここまでで、「メディアによる裁き」をけん制するため、陪審員に予見を与えるとされた報道に差し止め令や、編集者に禁固刑などを科せる法廷侮辱罪に関しては、抵触の可能性を承知しながらも、あえてこれに挑戦するような報道が続く。

 背景にあるのは、報道のグローバル化、インターネットの普及、表現の自由や司法審理のオープン化への要求に加え、メディア間の熾烈な競争だ。侮辱罪と報道のあり方を変えるべきだという声は日を追うごとに強くなるばかりだ。

 本稿では、陪審員制度を基本にした英国の司法審理と取材・報道の現状を、法廷侮辱罪の適用を中心に検証する。

―法廷侮辱罪の適用をめぐって

 まず、法制度の若干の説明だが、英国の法廷侮辱罪は、1981年、成文法となっている。これ以前は慣例法で処理されてきた。目的は、「司法審理の品位の維持」、「容疑者・被告に公正な裁判を保障」、「陪審員に予見を与えることを防ぐ」ことだ。

 司法審理の開始後の報道が対象となるが、いつから「開始」と見なされるかの解釈が一律ではない。刑事事件では容疑者の逮捕時、逮捕状発行時、起訴時などで、民事事件では公判時期の開始決定時あるいは開始時など。報道側からすると混乱を招く一因ともなっている。もし法律を厳守した場合、容疑者逮捕時から一切の報道ができなくなる。違反した場合、罰金か最大で2年の禁固刑だが、後者の例はほとんどない。

 ある報道が陪審団に重大な予見を与えたとすると判断されると、場合によっては陪審団の解散、裁判の一時停止となる。この場合、裁判終了までの費用や時間が大きく増大することから、裁判官は侮辱罪適用の効果とその影響を慎重に判断する必要に迫られる。地方により異なる司法制度を持つ英国だが、法廷侮辱罪は英国全体をカバーする。

 事件が発覚すると メディア側は、法廷侮辱罪を適用されないよう注意を払う。容疑者・被告にのみではなく、証言台に立つ人物やその他の審理関係者が、裁判所に個人情報報道規制願いを出している可能性もあり、その都度確認することが肝要となる。法廷侮辱罪の下、基本的には容疑者の名前、住所、年齢、職、逮捕あるいは起訴理由以外の情報を出せなくなる。裁判過程の報道には正確さが求められる。

 12人の陪審員は判決に至る評議の内容を外に漏らすことが禁止され、この禁止令は一生涯続く。陪審員の名前、人種といった個人情報の報道は不可で、陪審団の男女構成の比率のみが許される。1982年、裁判所内で陪審員の一人に話しかけたガーディアン紙記者が逮捕されている。

 ロンドンのテームズ・バレー大学でメディア法を教え、治安判事でもあるウルスラ・スマート講師によれば、法廷侮辱罪が適用されやすい報道は「起訴判断の批判」、「判決の憶測」、「容疑者・被告の前科や不利となる報道(過剰報道・扇情的報道など)」だが、「司法審理に重大な予見を与えると思われるすべて」が違反対象になるため、「どれほど経験を積んだジャーナリストであろうと、誰でもが侮辱罪抵触となる可能性がある」と指摘する。

 こうした状況下、メディア各社は自主的な報道対応や法的手段(「司法審理開始とは認知していなかった」、「議論を呼び起こす目的で公益にかなうと判断した」などと反論)を通じて対応し、時には適用を回避し、時には高額の罰金を払い、編集長が引責辞任(2002年のサッカー選手暴行事件に関わるサンデーミラー紙の報道)するなどの犠牲も払ってきた。

 ところが、「犠牲」の後でも、侮辱罪抵触とおぼしき報道は日常茶飯事となっている。法曹当局が扇情的な報道をけん制する声明を出すことはあっても、実際に侮辱罪適用に至るところまではいかない場合が多い。「連日、規制破りが行なわれているのが現状」(スマート氏)だ。

 侮辱罪適用寸前だったがスクープに転じさせたのは、昨年3月、巨額融資を受けた人物に労働党が上院議員の地位を売ったとの疑惑に関するガーディアンの報道だ。捜査中複数の人物にかかわる電子メールの存在をBBCが報道しようとしたところ、英法務長官が捜査の支障に関わるという理由から法廷侮辱罪を使っての報道差し止め令を依頼。これが裁判所に認められてBBCは報道をあきらめた。ほどなくして、ガーディアン紙が同様の報道を掲載し、法務長官側はこれも差し止めようとしたが、既に早版が配達途中であったことなどから断念した。

 ガーディアン編集長は「掲載した後で、これを批判され、罰金を払うのが英新聞の歴史」とし、掲載前の検閲を批判した。当局からの介入を退け、法律違反の可能性よりも、「国民の知る権利、報道の自由」を重視したガーディアンの決断は、BBCや扇情的報道が得意な大衆紙など他メディアとの競合に勝ったという意味でも、業界内で高い評価を受けた。

―グローバル化とネットの影響

 法曹界が侮辱罪適用に関しやや腰を引いているのではないか、と思わせたのが06年末発生した、英東部イプスイッチでの連続婦女殺害事件だった。当初事情聴取した男性が人気SNSサイトに個人情報を出していたこともあって、この男性を容疑者と見なした報道が各紙に大量に出た。高級紙デーリー・テレグラフ紙でも、この男性の自宅と殺害された女性たちの遺体が発見された場所を示す地図を大きく掲載するほどの超過熱取材が続いた。この後、別の男性が容疑者となり、殺人罪で起訴されたが、今度はこの男性の家族のインタビューを含め、さらに過熱取材が続いた。法務長官は後の裁判で容疑者が不利にならないような報道を求めるとメディアに注意を喚起したが、侮辱罪適用依頼には動かなかった。理由は明らかではないが、もし侮辱罪適用となれば、ほとんどのメディアが対象になり実際的ではないことや、起訴から裁判開始までに一定期間が置かれる(本格的な公判開始は08年の年明け)ため、報道の影響は薄れるとの判断があったと推測された。

 07年5月、当時の法務長官は「公正な司法審理と表現の自由について、メディアと定期的に論議したい」と講演で述べた。法廷侮辱罪できつく規制がかけられてきたはずの事件・裁判報道が、オープン化の方向に大きく動きつつある象徴として受け止められた。

 一方、先のスマート講師によれば、「報道の自由がすべてに優位性を持ち、裁判所で証拠が陪審員に届く前に、メディアが容疑者を裁く方向に、英国は向っている」。

 法廷侮辱罪法の成立前夜、1970年代にはサンデー・タイムズ紙の連載記事に差し止め令が出た。多くの奇形児を産んだ睡眠薬サリドマイドの製薬会社を相手取って、複数の民事訴訟が発生しており、訴訟が続行中の報道は「重大な予見」を与えるとして、最高裁(上院)で差し止め令が確定した。上級裁判官はメディアが「裁判所の役目を果たすことは避けるべき」と述べた。

 もし現在、「メディアによる裁判」の方向に向っているとすれば、司法審理の正当性が脅かされていることになるが、果たして、メディア報道は裁判の行方にいかほどの影響を及ぼしているのだろうか。その影響の程度はメディア界や学者、法曹界の中で意見が分かれる。容疑者の逮捕から起訴、裁判開始までに、数ヶ月から1年近くなど一定の時間を置く場合が多く、裁判開始までに人々の記憶から以前の報道の印象が消える「フェイド・ファクター」の存在を指摘し、「覚えていない人が多い」という見方もある。

 いずれにしろ、ニュース報道のグローバル化、インターネット利用の拡大で、ある国のニュースを国内にのみに限定しておくことができなくなったという点から法廷侮辱罪と報道のあり方を見直すべきという声は高まっている。

 2005年、ロンドンで同時爆破テロが起きたが、これに使われたと見られる爆発物の詳細を米メディアは報道できたが、英国では「捜査に支障が出る」、「後の司法審理に影響が出る」という理由で直ぐには報道されなかった。報道の自由を自負してきた英メディア界にとって、滑稽で、恥ずかしい顛末だった。

 また、ネットで検索すれば、容疑者の前歴を記す過去の報道に触れることは容易で、ブログなど個人が設定するウエブサイトの人気で個人の表現の場も拡大しており、既存報道機関を法廷侮辱罪で縛ったとしても、不特定多数の個人の表現を罰金で縛るのは非現実的となった。

 情報公開への国民の要求も拡大する一方で、どんな理由にせよ報道規制を科せば、司法制度への不信感につながる可能性もある。厳格に侮辱罪を順守し、容疑者逮捕時から報道を制限すれば、国民が最も事件に関して知りたい時に情報が遮断されることにもなる。

 現在のところ、予見を与える報道は法律に抵触するとしながらも、陪審員の評議内容が非公開のため、メディア報道がどのような影響を与えたかが分からない。調査目的の取材も許されないため、ある特定の報道が侮辱罪違反とする時の説明が説得力に欠ける。「重大な予見を与えるかどうか」の判断は個々の裁判官に頼るしか方法はなく、侮辱罪は「家父長的」、「押し付けがましい」、「陪審員の判断力を十分に信頼していない」と批判される一因になっている。(続く)
by polimediauk | 2008-02-22 23:07 | 英国事情