ネットワーク・レール社への巨額罰金の意味は?
そこで思い出されるのが最近のあるニュース(以下は、3月13日発行の「英国ニュースダイジェスト」誌の筆者記事に補足)。
年末年始、英中部を中心に予定されていた、ウエスト・コースト本線の鉄道工事の遅れで、数十万人の鉄道利用者に影響が及んだ。直接の原因は「来るはずの作業者が現場に姿を見せなかったため」(!なんという理由だろう)。
公共交通機関の遅れや工事遅延による不都合には慣れている英国民もクリスマス明けの災難には大立腹となり、2月末、鉄道規制局ORRが、工事の責任者で英国の鉄道施設を所有・管理するネットワーク・レール社に、1400万ポンド(約28億7000万円)の支払いを命じたのだ。ORRが鉄道会社に科した罰金の中では最高額となる。
問題の工事はロンドンのリバプール・ストリート駅、英中部ラグビー駅、北はグラスゴーを中心に予定されていたが、ウエスト・コースト本線で必要とされる全ての工事を年内に終了するためには、今後も一部駅の閉鎖など、鉄道利用者にとって不便な状況が続く見込み。
ネットワーク・レール側は工事遅延の主原因を特殊技能を持った作業員の不足としており、平たく言えば、必要な人材が予定された日に工事現場に現れず、作業が進まない状態となってしまったのだ。
ORRは、ネットワーク・レール社側の「現場管理が不十分だった」、「リスク査定の失敗があった」ことを指摘した。「大規模な工事を一貫性を持って管理することができないことが露呈された」(ORRのトップ)。
罰金が巨額になったのは、信号機不良や路線管理を巡る問題がこれまでにも表面化し、ネットワーク・レール社に対する不信感が高まっていたことが背景にある。
英国の鉄道は1990年代半ばから民営化されていったが、軌道とインフラを所有・運営したのがレールトラック社(ネットワーク・レール社の前身)だった。しかし、民営化後に事故が相次いだ。1999年、レールトラック社も管理不行き届きで760万ポンド(約15億円)もの罰金の支払いをORRから命じられている。
2000年、英南部ハットフィールドで起きた鉄道事故では4人が死亡、70人が負傷した。線路上の微小なひび割れが主原因だったが、国営企業レールトラック社の管理のずさんさを表した事件でもあった。レールトラック社は緊急速度制限を発令し、高予算の全国軌道改良計画を実施したが、事故が継続して発生し、最終的に倒産となった。これを引き継いだのが国有企業ネットワーク・レール社だった。
ネットワーク・レール社によると、安全性は向上しており、電車発着の遅延率もここ3-4年で2割から3割減少しているとするが、昨年2月、イングランド北西部カンブリア州のグレイリッグで起きた鉄道事故や年末年始の工事遅延で、管理能力への大きな疑問符がついた。
―「二重課税」?
今回の罰金に関し、一部野党からは批判も出た。それは、ORRのガイドラインによると、ネットワーク・レール社は罰金を交通省に納めるが、交通省はこれを財務省に送ることになっているからだ。通常、ネットワーク・レール社の利益は全て鉄道施設の向上のために使われるが、罰金が財務省に入れば、鉄道や交通関連の使途に使われる可能性はないかあるいは低くなる。ネットワーク・レール社に巨大な罰金支払いを命じることで、本来の目的である鉄道施設の維持管理や運営の向上から、一歩遠のいてしまうのではないか、という懸念がある。
さらに、国有のネットワーク・レール社には株主がおらず、運営費の元々は国民の税金である。国民の側からすれば、「税金の二重払い」になりはしないか。ネットワーク・レールの存在の意義が問われているのかもしれない。(参考:BBC他)
―ネットワーク・レール社とは?
発足:英国の鉄道施設を所有するグループ会社レールトラックが安全性の問題や膨れ上がった債務が原因で破綻し、これを引き継ぐ形で2002年から活動を開始した国有会社。レールトラック社が民間資本で運営されたことも破綻の一因とされたことから、政府が公的資金を用いて発足させた。
事業目的:全国の鉄道インフラ(線路、信号、駅施設、トンネル、ふみきりなど)を管理する。
経営:株主はいないが、100人で構成される監視グループが運営する。グループのメンバーは鉄道関連企業あるいは一般人。交通省が取締役を任命し、その業績を監視する。
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収入:全ての利益は鉄道網の改善のために投資される。2007年3月決算で年間利益は10億ポンド(約2000億円)。収入の半分は政府から。残りは線路を使う鉄道会社が払う使用料や所有不動産の賃貸費など。 線路使用料の額は、規制局が、政府の指導の下、設定する。
管轄路線の合計の長さ:2万マイル、鉄道信号所の数:1万、橋とトンネルの総数:4万、管理下にある主要駅の数:18、従業員数:3万2000人、利用乗客数:1日で300万人。
―英国の鉄道の歴史(19世紀から現在)
19世紀から20世紀:小規模の民間地方鉄道が運営する地方路線が発展する。
その後、全国の鉄道網が政府の管理下に。
1923年:1921年鉄道法の下、四大鉄道会社(「ビッグ・フォー」)に集約される。ビッグ・フォーとは、グレートウェスタン鉄道、ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道、ロンドン・ミドランド・スコティッシュ鉄道、サザン鉄道。共同株式所有会社としてのビッグ・フォーは1947年12月31日まで運行。
1920年代―1930年代:道路輸送の急成長。鉄道会社の収入は大きく減少。鉄道業界の縮小。
1948年:ビッグ・フォーが国有化され、英運輸委員会傘下の英国鉄となる。運行地域によって6つの地域組織に分割される。
1954年: ライフスタイルの変化にともない鉄道収入が減少し、1955年までに赤字に。ディーゼルと電気車両の導入もあまり効果なし。
1960年代半ば:大規模な路線縮小へ。鉄道界、再編へ。
1970年代:都市間の高速鉄道の導入。
1980年代:政府の援助が大きく削減される。
1994年―1997年: 上下分離方式での分割民営化が実施へ。軌道とインフラの所有はレイルトラック社に受け継がれた。
2002年:破綻したレールトラック社をネットワーク・レール社が引き継ぐ。
(参考:ウイキペディア他)
―OFFICE OF RAIL REGULATION(ORR)とは
鉄道規制局。鉄道交通安全法の下、2005年発足した独立機関。全国の鉄道インフラの所有者のネットワーク・レールが効率的にかつ鉄道利用者のニーズを満たすように運営されるよう、規制をかけるとともに、衛生・安全上のパフォーマンス向上を監視し、場合によっては罰金を課せるなど、その勧告は重い意味を持つ。鉄道施設の所有者に免許を発行する役目も持つ。交通大臣が任命する取締役が運営している。